プレスリリース
(研究成果) 乳用牛の胃から、メタン産生抑制効果が期待される新規の細菌種を発見

- 牛のげっぷ由来のメタン排出削減への貢献に期待 -

情報公開日:2021年11月30日 (火曜日)

農研機構

ポイント

農研機構は、乳用牛の第一胃から、プロピオン酸前駆物質を既知の近縁菌より多く産生する新種の嫌気性細菌を発見しました。牛の第一胃では、プロピオン酸が多く産生されると、メタン産生が抑制されることが知られています。今後、本菌の機能を詳しく調べることで、牛のげっぷ由来のメタン排出削減に貢献すると期待されます。

概要

牛は、第一胃に共生する微生物の作用により飼料を分解、発酵し、発酵で生じるプロピオン酸などの短鎖脂肪酸を主要なエネルギー源として利用しています。本研究では、農研機構が保有する胃液中のプロピオン酸濃度の高い乳用牛から、コハク酸、乳酸、リンゴ酸などのプロピオン酸前駆物質を産生する新規の嫌気性細菌(Prevotella属細菌)を分離しました。本菌は、第一胃内に生息する既知のPrevotella属細菌よりもプロピオン酸の前駆物質を多く生成する特徴があります。

第一胃においてプロピオン酸が多く産生されると、メタン産生が抑制されることが知られています。本菌の発酵機能や増殖促進条件を明らかにすることで、乳用牛のげっぷ由来のメタン排出削減、さらには地球温暖化の緩和に貢献すると期待されます。

また、プロピオン酸産生の促進は飼料利用性の改善にもつながることから、本成果は乳用牛の生産性向上にも貢献すると期待されます。

関連情報

予算 : ムーンショット型農林水産研究開発事業「牛ルーメンマイクロバイオーム完全制御によるメタン80%削減に向けた新たな家畜生産システムの実現」、農林水産省委託プロジェクト研究 脱炭素・環境対応プロジェクト「農業分野における気候変動緩和技術の開発」

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構畜産研究部門 所長髙橋 清也
研究担当者 :
同 乳牛精密管理研究領域 主任研究員真貝 拓三
広報担当者 :
同 研究推進室粕谷 悦子

詳細情報

開発の社会的背景

牛などの反すう動物のげっぷには、消化管内発酵により産生する温室効果ガスであるメタンが含まれています。牛1頭からは1日あたり、200~600Lのメタンがげっぷとして放出されています。反すう家畜の消化管内発酵に由来するメタンは、全世界で年間約20億トン(CO2換算)と推定され、全世界で発生している温室効果ガスの約4%(CO2換算)を占めるため、地球温暖化の原因のひとつと考えられています。一方、反すう動物にとってメタンを大気中に放出することは、飼料として摂取したエネルギーの2~15%を失うことになります。そのため、家畜として飼養されている反すう動物からのメタン産生量の削減は、「地球温暖化の緩和」および「反すう家畜の生産性向上」の両面で期待されています。

研究開発の経緯

乳用牛の第一胃内では微生物による発酵が行われていますが、同じ飼料を同じ量摂取した場合でも第一胃内発酵に個体差があり、プロピオン酸やメタン産生量などに影響します。第一胃内では、プロピオン酸が多く産生されると、メタン産生が抑制されることが知られています。プロピオン酸産生が盛んな第一胃内発酵の仕組みを解明して、その産生を促進することでメタン削減と生産性向上を両立できる技術の開発が期待されます。

研究の内容・意義

  • 牛などの反すう動物には胃が4つあります。そのうちの第一胃と第二胃には胃内容液1Lあたり10兆個以上の微生物(細菌、古細菌1)等)が生息し、牛が摂取する飼料の分解に貢献しています。プロピオン酸、およびメタンは、それぞれ細菌、および古細菌の代表的な代謝産物です()。
  • 第一胃内細菌の代謝産物のうち短鎖脂肪酸2)にはプロピオン酸の他にも酢酸や酪酸などがあり、多くの細菌は主に酢酸を生成しています。一般的に短鎖脂肪酸中のプロピオン酸の割合は15~20%程度です。代表的な第一胃内細菌は約2,400種が知られていますが、特殊な栄養環境であるため、培養可能なものは2割程度で、機能の分かっていない細菌が未だ多いのが現状です。
  • 本研究で分離した細菌株はPrevotella属に分類されますが、既知のPrevotella属細菌とは保有する遺伝子や生理特性が異なる新種の細菌であることが分かりました。
  • 本菌は、既知のPrevotella属細菌よりもプロピオン酸の前駆物質を多く産生する特徴があります。

今後の予定・期待

反すう家畜の頭数は世界的に増加しており、げっぷに由来するメタンは今後さらに増えると見込まれています。一方で、世界では地域によって様々な飼育管理方法が取られるため、複数のメタン削減技術の開発が不可欠です。本研究は、メタン削減という持続可能性の向上とプロピオン酸産生の増加という生産性の向上の両立を目指した技術への発展が見込まれます。今後、本菌による飼料分解や発酵機能、第一胃内での増殖促進条件を明らかにすることで、乳用牛をはじめとした反すう家畜での生産性向上やメタン削減への貢献が期待されます。

用語の解説

古細菌
一般的な分類学では、全ての生物は真核生物(動植物や酵母など)、古細菌(アーキア)、および真正細菌(バクテリア)の3つに分けられており、古細菌は分類学上、細菌とは異なる生物です。牛の第一胃に生息する古細菌の多くは、二酸化炭素と水素(またはギ酸)からエネルギーを獲得する特殊な代謝経路を持っており、その結果としてメタンを生成します。牛の第一胃では細菌が活発に発酵することで、メタン産生の材料となる二酸化炭素、水素、およびギ酸が多量に作られます。このため、牛の第一胃内にはメタン産生古細菌が高密度に生息しており、げっぷ中にたくさんのメタンが含まれる原因になっています。[研究の内容・意義へ戻る]
短鎖脂肪酸
分子中の炭素数が5つ以下の脂肪酸で、酢酸(炭素数2)やプロピオン酸(炭素数3)などが含まれます。牛の第一胃内で細菌の発酵産物として生成した短鎖脂肪酸は胃壁等から吸収され、牛の主要なエネルギー源として利用されます。特にプロピオン酸は牛の肝臓でブドウ糖に変換されるため牛の代謝において重要です。[研究の内容・意義へ戻る]

参考図

図 牛の第一胃内発酵の概略図
発酵で生じる水素は、メタン産生やプロピオン酸産生等によって消費されます。
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