プレスリリース
(研究成果) 食肉を食べるときに感じる「複雑さ」の数値化方法を考案

- 国産畜産物の「おいしさの数値化」を目指して -

情報公開日:2023年11月15日 (水曜日)

ポイント

食肉の「おいしさ」は味、匂い、食感が複雑に寄与して形成されるため、食べるときに感じる「複雑さ」は食肉の重要な品質評価の要素になると考えられます。しかし、これまで「複雑さ」を数値化する方法はありませんでした。そこで、農研機構は、味と匂いについて食肉などを食べた際に感じられる「複雑さ」の指標を見出し、客観的に数値化する方法を考案しました。今後、本成果により得られた指標と実際に消費者が主観的に感じる複雑さの関係を明らかにすることで、食肉のおいしさにとって重要な要素と考えられる「複雑さ」の数値化が可能となり、国産畜産物の品質評価や高付加価値化に役立ちます。

概要

食品を食べるときに感じられる味、匂い、食感の複合(以下、「複雑さ」)は食べ物の好き嫌いに直結する重要な感覚要素です。例えば、コーヒーにおいては豆の種類や焙煎の程度が「酸味」、「苦味」および「匂い」といった様々な感覚要素に影響し、その組み合わせにより生み出される複雑な風味が「おいしさ」に影響します。また、ワインにおいては、複雑な味わいのワインを好む消費者とシンプルな味わいを好む消費者がどちらも存在することが知られています。食肉はうま味成分などが引き起こす「味」、加熱時に発生する「匂い」、筋肉内の脂肪含量の違いや加熱の程度が影響する「食感」など、多くの感覚要素が寄与する複雑な官能特性を有する食品です。よって、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」は食肉の「好ましさ」や「おいしさ」に関係する重要な品質要素の一つと考えられます。しかし、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」は、食肉を食べた一人一人が主観的に評価しているのが現状であり、「複雑さ」を客観的に評価するためには、「複雑さ」を数値化する方法が必要でした(図1)。

そこで、農研機構は食肉を食べるときに感じる「複雑さ」を数値化する方法として、味や匂いなど「評価中に注目を引き付けた感覚の数」、「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」、「同じ時点での感覚の入り組み度合い」という3種類の指標を考案し、食肉のエキスを用いたモデル実験でこれらの指標が複雑さの評価に活用可能であることを明らかにしました。

今後、本成果により得られた指標と実際に消費者が主観的に感じる複雑さの関係を明らかにすることで、食肉のおいしさにとって重要な要素と考えられる「複雑さ」の数値化が可能となり、国産畜産物の品質評価や高付加価値化への活用が期待されます。

図1 主観に基づく「複雑さ」の評価の問題点と「複雑さ」の数値化の必要性

関連情報

予算 : JSPS科研費18K13029および22K13608、運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構畜産研究部門 所長三森 眞琴
研究担当者 :
同 食肉用家畜研究領域 主任研究員渡邊 源哉
広報担当者 :
同 研究推進室粕谷 悦子

詳細情報

開発の社会的背景

ワイン、コーヒーおよびチョコレートなど様々な食品群において、食べるときに感じる「複雑さ」が「好み」や「おいしさ」に影響することが知られています。食肉は、味、匂い、食感など様々な感覚が寄与し、複雑な官能特性を有することから、食肉の「好ましさ」や「おいしさ」にとって、「複雑さ」は重要な品質要素の一つと考えられます。一方、食肉を食べるときに感じる「複雑さ」を一つの意味として理解できる定義づけは行われていません。このため、「複雑さ」を標的として食肉の品質評価を行う場合、被験者の主観に基づいた「複雑さ」を評価せざるを得ず、「複雑さ」に対する認識の個人差を包含したあいまいな評価しかできないのが現状でした(図1)。この問題を解決するためにはすべての人が同じ意味として理解可能な客観的な「複雑さの数値化方法」が必要でした(図1)。

研究の経緯

農研機構では、食品を食べている間に被験者が感じた様々な感覚要素の中から、評価中に「最も注目を引きつける」と評価された感覚を経時的に解析できるTemporal Dominance of Sensations (TDS)法1)という官能評価法を用いて、主に食肉を食べたときの感覚の変化を測定してきました。食品の「複雑さ」は、食品を食べている間に次々と生じる感覚の複合的な変化を感じ取ることで認識されると考えられます。そこで、TDS法により得られる経時的な感覚変化のデータから、「複雑さ」の意味に合致する指標が開発できるのではないかと考えました。

研究の内容・意義

  • 2種類の鶏肉エキスを調製

    食肉において、脂肪は「複雑さ」を引き起こす成分と考えられることから、鶏モモ肉から熱水抽出したエキスとこれにチキンオイルを添加したエキスをそれぞれ調製し、両者を比較するモデル実験を行いました。

  • TDS法による感覚の経時変化を記録

    1.で調製した2種類の鶏肉エキスを、TDS法を用いて訓練された被験者に評価させました。具体的には、コンピュータスクリーン上に8種類の感覚を表す用語を提示し、評価を開始した直後に最も注目を引き付けた感覚用語をこの中から一つだけ選択させました(図2)。その後、評価中に注目を引き付ける感覚が変わったと感じるたびに新たな感覚用語を次々と選択させ、これを感覚が感じられなくなるか、評価開始から60秒が経過するまで継続して行いました。選択された感覚用語は、評価開始から終了まで0.2秒ごとに記録しました。

    図2 TDS法における評価画面
  • 感覚の数と感覚が切り替わった回数により「複雑さ」を数値化

    TDS法により得たデータは、図3に示すように被験者が感じた感覚をタイムラインとして表現することができます。そこで、このタイムラインから、「複雑さ」の意味に合致する数値化の指標を考案しました。辞書(広辞苑第5版)において「複雑」は『物事の事情や関係、また心理などが込み入っていること。いりくんでいること』と定義されています。「込み入っている」、「入り組んでいる」はどちらも「様々なことが交ざりあうこと」を意味し、「評価中に様々な感覚が感じられること」を前述のタイムライン上で表現できる「注目を引き付けた感覚の数」により、「様々な感覚が入り交じりながら次々と感じられること」を「注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」により、それぞれ表現できるではないかと着想しました(図3)。

    図3 「評価中に注目を引き付けた感覚の数」と「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」による「複雑さ」の数値化方法の概念図
  • 「複雑さ」の数値化指標の有用性の検証

    2.で得た鶏肉エキスの評価データを用いて、3.で考案した指標を解析したところ、「評価中に注目を引き付けた感覚の数」(図4A)、「評価中に注目を引き付けた感覚が切り替わった回数」(図4B)ともに、チキンオイルを添加し「複雑さ」が付与されたと考えられるエキスにおいて増加したことから、食肉の味や匂いの「複雑さ」の数値化指標として有用であることが明らかとなりました。

    図4 鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による「複雑さ」の指標の変化
    (A)、(B)ともに評価回数42回の最小二乗平均値。エラーバーは標準誤差。P値が0.05未満の場合、チキンオイルの添加がそれぞれの指標に有意に影響を及ぼしたとみなした。
  • 同じ時点での感覚の入り組み度合いから「複雑さ」を経時的に数値化

    一方、3.で考案した「複雑さ」の指標はどちらも評価時間全体の感覚を総括して得られる情報であり、評価開始直後において複雑なのか、それとも評価の半ばにおいて複雑なのかといった、「複雑さ」の経時的な変化を比較することができません。そこで、「同じ時点での感覚の入り組み度合い」を、「各感覚が選択された比率の分散」を用いて数値化することを着想しました(図5)。具体的には、サンプルを食べるときの感覚が複雑な場合、同じタイミングで様々な感覚が入り組んだ状態で注目を引きつけるため、同じタイミングで様々な感覚用語が選択されると考えられます(図5A)。その結果、「各感覚が選択された比率」の値が近くなり、各感覚が選択された比率の分散(ばらつき)が小さくなると考えられます(図5A)。これに対して、サンプルを食べるときの感覚が単純な場合、同じタイミングで特定の感覚のみが注目を引きつけるため、同じタイミングで同じ感覚用語が選択されると考えられます(図5B)。その結果、「各感覚が選択された比率」の差が大きくなり、各感覚が選択された比率の分散が大きくなると考えられます(図5B)。よって、各感覚が選択された比率の分散を、感覚用語を測定した時点ごとに計算し、曲線として描写することで、「複雑さ」の経時的な変化を数値として表現することが可能になると考えました。

    図5 「複雑さ」の経時的な評価方法の概念図
  • 「複雑さ」の経時的な数値化指標の有用性の検証

    2.で得た鶏肉エキスの評価データを用いて、5.で考案した指標を解析しました。評価開始直後から評価開始25秒ごろまで各感覚が選択された比率の分散は、チキンオイルを添加し「複雑さ」を付与したと考えられるエキスにおいて低く、「複雑さ」の高さを示しています(図6)。よって、この各感覚が選択された比率の分散は食肉を食べるときの「複雑さ」の経時的な変化を表す数値化指標として有用であることが明らかとなりました。

    図6 鶏肉エキスへのチキンオイルの添加による各感覚が選択された比率の分散の経時変化

今後の予定・期待

本成果により、食肉を食べるときに感じられる「複雑さ」を定義するための数値化指標を考案することができました。本成果では、考案した「複雑さ」の指標の有用性を検証するため、鶏肉エキスの味と匂いを評価対象としましたが、今後、精肉においても評価を実施することで、食感を含む「複雑さ」の評価に開発した指標が適用可能か検証する予定です。また、本研究により得られた複雑さの指標と、実際に消費者が主観的に感じる複雑さの関係を解析することで、食肉などの「複雑さ」の評価技術を確立していく予定です。これにより、日本が世界に誇る和牛など、国産畜産物が有する「おいしさ」を「複雑さ」という新たな指標により伝えやすくなることで、国内のみならず、海外へのマーケティングでの活用など、国産畜産物の輸出やインバウンドの推進への貢献が期待されます。また、食肉以外の食品群においても、本成果により得られた「複雑さ」の数値化方法が適用可能か検証することで、様々な食品において商品間の複雑さの比較や理想とする複雑さを有する製品の設計などが可能になると期待されます。

用語の解説

Temporal Dominance of Sensations (TDS)法
食品を食べるときに感じる感覚から、最も注目を引き付ける感覚を被験者が選択し、注目を引き付ける感覚が変わったと感じたら、選択する感覚を次々に変えていき、これを感覚がなくなるまで続けて測定する経時的な官能評価の方法。調理方法や食べ方の違いが食品の味、匂い、食感の感じ方に及ぼす影響の解析や化粧品の塗っている間の感触の変化の解析など、様々な分野で感覚の経時的な分析に用いられている。[研究の経緯へ戻る]

発表論文

A novel quantitative method for evaluating food sensory complexity using the temporal dominance of sensations method. Watanabe G, Ishida S, Komai S, Motoyama M, Duconseille A, Nakajima I, Tajima A and Sasaki K. Food Quality and Preference
DOI: https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2023.105005

研究担当者の声

官能評価の準備風景

畜産研究部門 食肉用家畜研究領域
主任研究員 渡邊源哉

食べ物を食べたときの感覚を表現する言葉は、日常的に使うものでありながら、意味があいまいなものが多く存在します。本成果も、あいまいな「複雑さ」を数値化するにはどうすればよいか、たくさんの方法を考え、実際のデータを用いて検証する中で開発できました。今後も、国産畜産物の「おいしさ」をよりわかりやすく表現することができるよう、感覚を数値化する方法などについて研究を進めていきます。