研究の経緯
持続可能な畜産業には、環境と調和した家畜管理や悪臭対策、ふん尿処理が必要です。畜舎排水の浄化処理には、法令に準じた適正処理が義務付けられています。畜産業は深刻な人手不足であり、自動化による対策技術の開発が急務になっています。
畜産排水処理では、浄化槽で発生する汚泥の脱水、または原水の前絞りに凝集剤を使った固液分離が行われています(図1)。固液分離は2段階で行われます。第1段階では凝集剤により排水中の浮遊物質を凝集させます。第2段階では凝集した排水を機械的に絞り、固形分と液分に分離します。第1段階における凝集剤の添加量は大変重要で、添加量が多すぎても少なすぎても固液分離に失敗します。汚泥や原水の濃度は変動するので、添加量を適正に制御しなければなりません。しかし、排水の凝集の程度を測定する既存のセンサは、存在しません。このため、凝集剤の添加量を自動で制御することは事実上、不可能でした。一部の養豚場では排水の濃度が大きく変動しており、農家は毎日凝集の状態を見回る必要があり、新しい自動制御技術の開発が求められています。
これまで凝集度の測定には、濁度計や汚泥濃度計など光学的手法による測定が試みられてきました。しかし、排水は光を透過しづらいので、これらの方法で凝集度を測定することはできませんでした。農家は目視で凝集度を判定して、凝集剤の添加量を調整しています。近年のAIによる画像認識のレベルは、人と同程度までに到達しています。これは、人が目視で判断している作業をAIで代替できることを意味しています。そこでAIを使った凝集センサの開発に取り組みました。
研究の内容・意義
AIに適正な凝集画像と凝集剤が不足または過剰の画像を学習させることで、凝集度を認識できるようになります(図2)。AIモデル3)とはAIの核心部であり、画像から凝集度を出力する計算部を担っています。これまで多くのAIモデルが開発されてきました。これらのモデルは、例えばイヌとネコを判別するような画像の「分類」用に開発されており、センサの開発に必要な画像の「数値化」用には開発されていません。
そこで凝集画像の数値化に適したAIモデルを見つけるために、10個のモデルを検証しました。その結果、ConvNeXt4)モデルが最も優れたモデル(測定誤差が最小)であることが分かりました(図3)。さらに、ファインチューニング5)と呼ばれる学習法が凝集画像に適していることも明らかにしました。
次にConvNeXtを用いて外部出力を備えた新しいAI凝集センサを開発しました(図4)。センサは、固液分離機の凝集槽内部を撮影するカメラとAI演算に特化した本体から構成されています。センサはインバータを介して凝集剤を添加するポンプに接続されており、ポンプの流速を制御します。PCまたはスマホでセンサの操作と測定結果を閲覧できます。
図5は、凝集度を0.7に制御する実験の結果を示しています。実験開始時の凝集度はゼロであり、ここに排水を連続的に投入します。センサは凝集度を測定して凝集剤の添加量を制御します。凝集度は徐々に上昇して目的値の0.7に達したところで上昇が止まり、その後、凝集度が一定に保たれています。これは、センサによる自動制御が成功していることを示しています。
本センサにより排水の濃度変化に対応できる固液分離プロセスが初めて可能になります。この技術により保守管理作業が省力化されるので、農家は家畜の飼養管理に集中できます。また、凝集剤のコストは、排水処理のランニングコストの約40%を占めています。本センサにより添加量が適正化されるので、添加過剰の施設ではコスト低減につながります。
今後の予定・期待
本AI技術を固液分離機メーカーやセンサメーカー、排水処理施設施工企業等に技術移転を行って畜産排水処理施設への実装を図り、環境調和型畜産および人手不足への貢献が期待されます。
用語の解説
- 凝集剤
- 排水に含まれている浮遊性の固形分を互いに結合させて凝集させる作用を持つ薬剤です。凝集した排水はスクリュープレスなどの装置で絞られて、固形分と液分に分離されます(図4)。汚泥や原水の凝集では、カチオン性高分子が凝集剤として使われます。[ポイントへ戻る]
- 凝集度
- 排水の凝集の程度を表す指標です。本研究では、全く凝集していない排水の凝集度を0、凝集剤を大過剰に加えた排水の凝集度を1として、0~1の連続した値をとります。[概要へ戻る]
- AIモデル
- 画像認識におけるAIモデルとは、人工的なニューラルネットワーク(NN)を指しています。NNを使うことで画像を認識する複雑な計算を実行できます。NNには様々な種類があり、代表的なモデルとして畳み込みニューラルネットワーク(CNN)が知られています。CNNの中にも様々な構造のCNNが報告されています。[研究の内容・意義へ戻る]
- ConvNeXt
- Facebook AI Researchが2022年に発表した新しいCNN モデルです。ResNetをベースにして最新の手法を取り入れることで、高い精度と大幅な計算量の削減を実現しています。安価なデバイスにも搭載できるAIモデルです。[研究の内容・意義へ戻る]
- ファインチューニング(Fine-tuning:微調整)
- 学習済みモデルを使う転移学習法の一種です。転移学習法とは、例えば事前にAIモデルをイヌやネコなど1,000個以上の様々な対象を認識できるように機械学習を行います。その学習済みのAIモデルに対象となる画像を追加で学習することで、効率的に学習する手法です。本研究におけるファインチューニングとは、追加学習の際にAIモデルの一部ではなく全体を学習する方法を指しています。[研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
Yokoyama H. et al., Deep learning-based flocculation sensor for automatic control of flocculant dose in sludge dewatering processes during wastewater treatment (2024), Water Research, vol.260,p121890
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0043135424007917