プレスリリース (研究成果) 環境DNAで特定外来生物アライグマを検出する新技術
- 特定外来生物の早期モニタリングやネイチャーポジティブな取り組みの評価に貢献 -
ポイント
農研機構は、環境DNA1) 分析を用いた特定外来生物アライグマの検出手法を開発しました。本手法は、アライグマの未定着地域での迅速な侵入確認や農作物等への加害種がアライグマであるか否かの迅速かつ低コストな判定に役立ちます。これにより、アライグマの早期の捕獲やアライグマに適した被害対策の実施が可能となり、経済損失や生態系への影響軽減などへの貢献が期待できます。
概要
農研機構は、野外環境中の河川水などからアライグマ由来のDNAを特異的に検出する環境DNA分析法を開発しました。
アライグマは、深刻な農業被害を引き起こし、生物多様性を脅かすおそれがあることから特定外来生物2) に指定されています。さらに、アライグマが、人やペットで感染例が増えている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などのウイルスを媒介するマダニを、人の生活圏に運ぶ可能性も指摘されています。こうした被害やリスクを抑えるためには、まずは侵入や被害を早期に検出し、個体の捕獲やアライグマに適した被害対策を速やかに実施することが非常に重要です。外来生物法の基本方針においても、国内に定着した特定外来生物について、都道府県は早期発見のためのモニタリングおよび被害防止を行う責務があること、市町村、国民、事業者は都道府県や国と連携して被害対策に努めることとされています。しかし、農作物への食害痕のみでは動物種の判別が難しい場合が多いことや、動物の姿が見えていても正しく種同定されないケースが多くあり、迅速な対策につながりにくいという課題がありました。
そこで我々は、水域での環境DNA分析技術を陸上動物に応用し、アライグマに特異的なプライマーとプローブ3) を設計することにより、迅速かつ低コストでアライグマ由来のDNAを検出できる技術を開発しました。本検出法は、痕跡が全くない場合でも、アライグマの侵入や被害の有無を把握できるため、早期の捕獲やアライグマに適した対策の実施に貢献し、防除のコストや、経済、人々の健康、生態系への損失を最小限にすることができます。具体的には、都道府県の公設試験場などでの分析が期待されます。さらに、民間の分析業者へ依頼することで、生産者自身がアライグマの被害有無を確認したり、市町村、企業、市民団体などが行うネイチャーポジティブな活動の成果を客観的に評価する手段として活用できる可能性があります(例 : アライグマの防除により、対象地域ではアライグマDNAが検出されなくなった等)。
関連情報
予算 : 運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 畜産研究部門 所長石井 和雄
研究担当 者 :
同 畜産研究部門 動物行動管理研究領域主任研究員小坂井 千夏
広報担当 者 :
同 畜産研究部門 渉外チーム丸尾 幸絵
詳細情報
開発の社会的背景
特定外来生物による問題点
アライグマなどの特定外来生物は、深刻な農業被害を引き起こすとともに、希少な在来種を捕食するなど、生物多様性を低下させるおそれがあります。さらに、アライグマなどの哺乳類は、SFTSなどのウイルスを保有するマダニを体表に付着させ、人の生活圏に運ぶ可能性が指摘されています。農業被害の軽減、生物多様性の保全、そして人・動物・生態系の健康が互いに関係する「ワンヘルス」の観点からも、アライグマなどの外来種への対策は急務の課題です。
種判別の難しさ
外来種対策では、早期に分布の拡大や被害を検出し、迅速に対策を実施することで、防除コストや被害を最小化することができます。しかし、侵入の検出や加害種の正確な判別は容易ではありません。例えば、専門家であっても、食害痕や足跡などの痕跡だけでは動物種を特定できない場合があります。また、一般の住民から「〇〇らしき動物」の目撃情報が行政に寄せられることは多いものの、真偽の確認が難しく、迅速な対策につながりにくいのが現状です。
研究の経緯
環境DNAによる種判別
環境DNA分析は、環境中に存在する生物由来のDNAを検出する技術で、主に水域の生物を対象に飛躍的に発展してきました。陸上動物においても、痕跡の形状では判断できない場合や、痕跡自体が残らない場合でも、河川水などの環境サンプルがあれば、侵入(分布拡大)の有無や加害した動物種を判別できる可能性があります。しかし、環境DNA分析の陸上動物への応用例はまだ多くありません。これまでに、哺乳類全般を対象とした「網羅的解析法4) 」は開発されていましたが、分析機材や費用が高額で専門的な知識が必要なことや、分析に要する時間がかかるため、迅速な対策には結び付きにくいという課題がありました。
そこで、アライグマ由来のDNA(以下、アライグマDNA)に特化して検出できる「種特異解析法4) 」を開発し、その有効性を明らかにしました。種特異解析法は、網羅的解析法と比較して安価かつ容易で、迅速に分析を行うことができます。
研究の内容・意義
アライグマDNAを特異的に増幅するプライマーとプローブを新たに開発し、リアルタイムPCR5) を用いてアライグマDNAのみを高感度に検出できるようになりました(図1 )。
図1 本研究で開発した検出法の種特異性
アライグマの組織片から抽出したサンプル(1~3)のみにバンドが確認されました。一方、本州に広く生息し、鳥獣被害を引き起こす可能性のあるその他の動物種の組織片から抽出したサンプル(4~20)ではバンドが確認されず、アライグマを特異的に識別することが示されました。
アライグマの飼育ケージに給水ボウルを設置した実験では、ごく短時間の接触であっても、ボウルからアライグマDNAを検出できることが確認されました(表1 )。
表1 飼育ケージ内の給水ボウルにアライグマが触れた時間とアライグマ由来のDNAの検出有無
野外の貯水池や小河川などでの調査では、目視で足跡などの生息痕跡が確認されなかった地点においても、アライグマDNAを検出でき、開発した手法の有効性が示されました(図2 )。さらに、哺乳類全般を対象とした「網羅的解析法」では検出できなかった地点でも、今回開発した「種特異解析法」ではアライグマDNAが検出できる場合がありました(図2 )。本手法はアライグマ1種のみの判別に特化していますが、非専門家でも迅速な分析が可能であり、費用も抑えられます。
図2 野外での実証調査地の景観と検出有無
種特異解析で検出ができた地点において網羅的解析を行いました。アライグマの痕跡が認められた地点Dに加え、痕跡が確認されなかった地点F、Gにおいて、今回開発したアライグマに特異的な検出法でのみアライグマDNAが検出できました。地点Fでのみ、網羅的解析および今回開発したアライグマの種特異解析の両方で検出されました。
今後の予定・期待
今回開発したアライグマに特異的なプライマーとプローブは、本研究で扱った水だけでなく、大気、食痕、糞など、様々な環境サンプルからのアライグマDNAの検出に応用できます。痕跡が全くない場合でも、アライグマの侵入や被害の有無を把握できるため、早期の捕獲やアライグマに適した対策の実施に貢献し、防除のコストと経済、人々の健康、生態系への損失を最小化させることができます。生物種ごとに特異的なプライマーを開発することで、アライグマ以外の特定外来生物や危険生物への応用も可能です。
分析は、都道府県の公設試験場などで既存の分析機器で容易に行うことができます。また、民間の分析業者へ依頼することで、生産者がアライグマによる被害であるか否かや、ほ場周辺での被害リスクを事前に把握することも可能です。同様に、市町村、企業、市民団体などが行うネイチャーポジティブな活動の成果を客観的に評価する手段として活用できる可能性があります(例 : アライグマの防除により、対象地域ではアライグマDNAが検出されなくなった等)。
用語の解説
環境DNA
水中や土壌などの環境中に存在する、生物由来の(生物の体外に排出された)DNAを指します。このDNAを分析することで、周辺に生息する生物の種類(存在の有無)や、おおよその生物量などを把握することができます。
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特定外来生物
海外起源の外来生物のうち、「特定外来生物による生態系などに係る被害の防止に関する法律 (外来生物法)」に基づき、生態系や人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼす、またはそのおそれがあるものとして指定された生物を指します。輸入、放出、飼養、譲渡などが厳しく規制されています。既に定着してしまった場合でも、都道府県には被害防止を行う責務、市町村は被害防止に努める責務があります。
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プライマー、プローブ
プライマーはDNA複製時の起点となる短いDNA配列、プローブはリアルタイムPCRでDNAの増幅量を測定するために蛍光色素で標識したDNA配列です。本研究では、アライグマに特異的なDNA配列を増幅するプライマーとプローブを設計しました。
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種特異解析と網羅的解析
環境DNA分析には、ある特定の種のDNAを特異的に増やすプライマーを用いた「種特異解析」と特定の分類群のDNAをまとめて増やすユニバーサルプライマーを用いた網羅的解析(メタバーコーディング解析とも呼ばれる)があります。
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リアルタイムPCR
DNAポリメラーゼという酵素を使って特定のDNA領域を連鎖的に増幅する反応をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と言います。リアルタイムPCRは、このDNA増幅過程におけるDNA量を経時的(リアルタイム)に測定する手法です。
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発表論文
Hiroyoshi KOYAMA, Chinatsu KOZAKAI*, Hiroki MATSUMURA and Hiroyuki SHIBAIKE. (2026) Development of Species-Specific Primers for Detecting Raccoon (Procyon lotor ) eDNA from Field Water. Japan Agricultural Research Quarterly (JARQ):60(1) 39-48. https://www.jircas.go.jp/ja/publication/jarq/2024j25
研究担当者の声
畜産研究部門 動物行動管理研究領域主任研究員 小坂井 千夏
農研機構に依頼研究員として滞在された埼玉県農業技術研究センター等の公設試験場の方と行った研究です。依頼研究員の皆さんのおかげで飛躍的に研究が進みました。今後も各地域との連携を大切に、現場で使いやすい技術開発を進めます!
「環境DNA分析で鳥獣害対策の前進を目指します!」