開発の社会的背景と研究の経緯
土壌伝染性の農作物の病害(土壌病害)の発生は、農作物の収量や品質に大きな被害を与えるだけでなく、近年では圃場の耕作放棄や産地崩壊の契機となることもあり、その対策がますます重要となっています。土壌病害は、圃場での栽培期間中に一旦発生するとその後の対策が一般には困難となるので、多くの現地では最悪の事態を避けるために、土壌消毒剤をすべての圃場に一斉に使用する防除が行われています。しかし、この防除方法では実際には使用する必要がない圃場にも消毒剤を使用してしまうことがあり、結果的に過剰な作業労力や農薬代などを招く事態が生じています。土壌消毒剤の使用を低減しつつ、効率的に土壌病害を管理するためには、圃場単位で栽培前に「土壌病害の発生しやすさ(=発病ポテンシャル)」の程度(レベル)を診断・評価し、発病ポテンシャルレベルに応じた対策手段を講じる病害管理法が有効です。この管理法は、健康診断を活用した人の健康管理(予防医学)と同じであることから、農研機構では「健康診断の発想に基づく土壌病害管理」の英語表現(Health checkup based Soil-borne Disease Management)の頭文字を取って「ヘソディム(HeSoDiM)」と名付け、全国の公設試験研究機関などと共同で代表的な土壌病害に対するヘソディムを開発するとともに、その手法をマニュアル化しました。これまでの実証試験では、ヘソディムの導入によって過剰な土壌消毒剤の使用を回避出来るようになり、消毒コストの削減に成功できることも確認されていることから、ヘソディムの普及により、土壌消毒剤の使用や防除の効率化が図られ、生産者の収益性の向上が期待されます(図2)。
しかし、圃場環境や農作物の栽培条件は圃場毎に多様であり、発病ポテンシャルの診断方法もその条件に応じて改変する必要があります。このため、多くの圃場でヘソディムによる土壌病害管理を実践してもらうためには、圃場の環境や栽培条件に適した発病ポテンシャルの診断を行えるシステム作りが必要でした。
そこで、農研機構と株式会社システム計画研究所/ISPでは、13の公設試験研究機関、1大学および民間企業2社との共同で、農林水産省の委託プロジェクト研究「AIを活用した土壌病害診断技術の開発」(2017~2021年度)において、さまざまな圃場条件に対応して指導者的立場で圃場の発病ポテンシャルを診断・評価できるAIを開発するとともに、そのAIを活用して土壌病害対策の支援が行えるシステムを構築するプロジェクト研究に取り組み、多くの圃場でヘソディムに基づく土壌病害管理の支援を可能とするAIアプリ「HeSo+(ヘソプラス)」を開発しました(図3)。
研究の内容・意義
- 「HeSo+」は、現地での被害が問題となっている主要な土壌病害である、アブラナ科野菜(キャベツ・ブロッコリー・ナバナ)根こぶ病、ネギ黒腐菌核病、バーティシリウム病害(ハクサイ黄化病、キク半身萎凋病)、卵菌類病害(タマネギべと病、ショウガ根茎腐敗病)、トマトおよびショウガ青枯病を対象(表1)に、AIによって圃場の発病ポテンシャルレベルを診断し、診断結果に応じた対策法等が提示されるように設計されています。
- 圃場の発病ポテンシャルを診断するAI(予測器)は、栽培地域や栽培方法が異なる多くの圃場から収集されたデータ(土壌の理化学性および生物性データ、肥培管理や栽培管理に関するデータ、対象病害の発生状況データなど)を基に開発されています。対象病害(アブラナ科野菜根こぶ病、ネギ黒腐菌核病、バーティシリウム病害、卵菌類病害、青枯病)毎の予測器の正確度(予測器により算出された発病ポテンシャルのレべルに応じた対策を行った場合に、対象病害の防除が成功した圃場の割合)を実証試験で検証したところ、各予測器の正確度は73.6~86.5%の範囲となり、実用可能な水準であることが確認されました(表2)。
- 「HeSo+」による発病ポテンシャルの診断手順は、以下のようになっています。
- アプリのマップ上で診断対象圃場を選定して、提示された診断項目の情報(各種土壌理化学性情報の他に、前作や周辺圃場での対象病害の発生程度など、診断対象とする病害や圃場の場所によって異なります)を入力(図4)します。
- AIがその圃場の発病ポテンシャルを診断し、マップ上でポテンシャルレベルを色別に3段階(低いレベル=レベル1:青色、中程度のレベル=レベル2:黄色、高いレベル=レベル3:赤色)で表示されます。加えて、この発病ポテンシャルの自信度(AI がどの程度の確度で結果を導き出しているかの指標)も★の数(1~3つ)として大まかに3段階で表示されます(図5)。
- 「HeSo+」では、発病ポテンシャルレベルの診断結果に応じて推奨する対策技術も提示されるようになっており、その際には、利用者の目指すゴール別(①例年どおりの収量確保を優先したい場合、②増収増益を優先したい場合、③生産物の高付加価値化を優先したい場合、④圃場の持続的利用を優先したい場合)に適した対策技術が提示されるようになっています。
- 「HeSo+」のその他の機能として、圃場で発生した病害の症状の写真撮影機能や病害発生箇所の記録機能などが付属されています。
- 「HeSo+」は農家、企業(土壌診断サービス事業者等)、技術普及・試験研究機関等での利用が想定され、2022年4月に販売を開始しました。
今後の予定・期待
「HeSo+」は、営農指導者と生産者が土壌病害の防除や対策に関する意思決定の合意形成を支援するツールとして活用できます。「HeSo+」を活用することで、営農指導者と生産者との間で土壌病害防除の要否や手段の決定の意思疎通が円滑に行われ、土壌消毒剤の使用や防除の効率化を通じて、生産者の収益性の向上に貢献することが期待できます。「HeSo+」の利用には、土壌病害に関してのある程度の専門的知識が必要であり、「HeSo+」を使用できる人材の育成も本アプリの普及のためには重要となります。このため、「HeSo+」を使いこなせる人材を育成する活動にも取り組み、本アプリの一層の普及を目指しています。
利用などに関するお問い合わせ
「HeSo+」の利用に関しては、株式会社システム計画研究所/ISP、技術的な問い合わせは、農研機構にお問い合わせください。
用語の解説
- 共同研究機関
- 「HeSo+」は、農研機構が研究代表機関となり、以下の公設試験研究機関、大学および民間企業との共同研究により開発しました。
北海道立総合研究機構 農業研究本部中央農業試験場、宮城県農業・園芸総合研究所、群馬県農業技術センター、千葉県農林総合研究センター、神奈川県農業技術センター、長野県野菜花き試験場、静岡県農林技術研究所、富山県農林水産総合技術センター、岐阜県農業技術センター、三重県農業研究所、香川県農業試験場、高知県農業技術センター、熊本県農業研究センター、東京農業大学、(株)システム計画研究所/ISP、アグロ カネショウ(株)、(株)CTIフロンティア[ポイントへ戻る]
- 圃場の発病ポテンシャル
- 対象圃場における土壌病害の発生のしやすさの程度を表します。下記の3)のヘソディムでは大まかに3段階(高、中、低)程度のレベルに分けて表現します。[概要へ戻る]
- HeSoDiM(ヘソディム)
- 「健康診断の発想に基づく土壌病害管理」の英語表現(Health checkup based Soil-borne Disease Management)の略称です。人間の健康診断では、診断項目ごとに血液検査などから得られた数値と基準値の比較に基づいて、医師が対策を指導しています。ヘソディムは、この考え方を土壌病害対策に取り入れ、畑の健康診断の結果をもとに、土壌病害に対して予防的に対処しようとする土壌病害管理手法です。2012年に農研機構が開発しました。
参考)農業環境技術研究所(現:農研機構農業環境研究部門)HeSoDiM マニュアル
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/hesodim/[概要へ戻る]
- HeSo+(ヘソプラス)
- 対象圃場の環境や栽培条件に応じて、土壌病害の発病ポテンシャルをAIで診断するアプリです。この製品名には、「ヘソディムにAIをプラスして、土壌病害管理のさらなる推進を図る」ことを実現したいという思いが込められています。[概要へ戻る]
参考図