プレスリリース
(研究成果) ブドウ・ミカン施設栽培用
天敵を主体とした果樹のハダニ類防除体系標準作業手順書を公開

情報公開日:2022年9月14日 (水曜日)

ポイント

農研機構を代表機関とする農食事業28022Cコンソーシアムは、果樹の難防除害虫ハダニについて、ブドウおよびミカンの施設栽培で利用可能な天敵を主体とした新規で実用的な防除体系(<w天(ダブてん)>防除体系1))を確立しました。本防除体系は、土着天敵と天敵製剤の2つの天敵利用技術を適宜に組み合わせて使用します。農研機構は、本防除体系の普及を進めるため、標準作業手順書(SOP)2)を作成し、本日ウェブサイトで公開しました。

概要

高温乾燥条件下で多発しやすいハダニは、施設栽培においてとりわけ防除が難しく、持続性や労力軽減の観点から新しい防除技術が求められてきました。<w天>防除体系のフレームワークは施設栽培にも応用でき、ハウスブドウおよびハウスミカンでモデル体系が作られています。今回、これら体系の導入の手助けとして、標準作業手順書(SOP)を作成しました。

ハダニは増殖が早く、化学合成農薬(殺ダニ剤3))に対して薬剤抵抗性4)を発達させやすい(薬剤が効きにくくなりやすい)ため、多くの産地で防除効果を補完する農薬の追加散布が常態化しています。新規薬剤が唯一の頼りになりますが、その開発スピードがハダニの薬剤抵抗性発達のスピードに間に合わなくなることが懸念されており、持続的な果樹生産に向け「殺ダニ剤だけに依存しない実用的な害虫管理体系への転換」が望まれています。

私たちは、ハダニの有力な天敵であるカブリダニ5)に着目し、"果樹園に自然に生息する土着のカブリダニ"と"製剤化されたカブリダニ6)"の長所を最大限に活かすことで、殺ダニ剤への依存を大幅に減らした新しいハダニ防除体系(<w天>防除体系)を確立し、この体系を現場に導入するための説明書として、これまで、天敵を主体とした果樹のハダニ類防除体系標準作業手順書(SOP)「基礎・資料編」「リンゴ編」「ナシ編」の3編を作成して技術を紹介してきました。

このたび、これら露地栽培向けのSOPに加え、新たに「施設編」としてハウスブドウおよびハウスミカン栽培を対象とした<w天>防除体系のSOPを作成し、本日、農研機構の以下のウェブサイトに公開しました。

https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/154557.html

本SOPは、殺ダニ剤による防除が困難な産地での<w天>防除体系のスムーズな導入を可能にするとともに、現状では薬剤防除に問題がない産地においても<w天>防除体系のさらなる普及を促すことにより、殺ダニ剤の使用頻度の抑制とその持続的利用を可能にし、果樹の生産力の向上と環境負荷低減の両立に貢献します。

関連情報

予算 : 生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)
「土着天敵と天敵製剤<w天敵>を用いた果樹の持続的ハダニ防除体系の確立」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構植物防疫研究部門 所長眞岡 哲夫
研究担当者 :
同 果樹茶病害虫防除研究領域 上級研究員外山(とやま) 晶敏、上級研究員岸本 英成
広報担当者 :
同 渉外チーム長松下 陽介

詳細情報

開発の社会的背景

近年、SDGsの達成が世界的目標となるなか、農業生産においても生産力向上と持続性の両立がますます重要な課題となっています。病害虫防除においては、環境負荷軽減と薬剤抵抗性の発達回避のため、化学合成農薬だけに頼らない技術の開発と普及が求められています。

ハダニは体長0.5mmほどの小さな害虫です。高温乾燥条件で増殖が非常に早いことから、特に施設栽培では被害が深刻となります。さらに、ハダニは化学合成農薬(殺ダニ剤)に薬剤抵抗性を発達させやすく、防除効果を補うために行われる追加散布がさらなる薬剤抵抗性を発達させる悪循環が産地で問題となっています。こうした背景から、新たなハダニ防除戦略として開発された<w天>防除体系の導入を、施設栽培においても容易にするため、実践的な作業手順書の作成が求められていました。

研究の経緯

農研機構が代表を務める農食事業28022Cコンソーシアムでは、"果樹園に自然に生息する土着のカブリダニ(土着天敵)"と"製剤化されたカブリダニ(天敵製剤)"のそれぞれの長所をうまく活かした経済性と実用性に優れた天敵主体の防除体系「<w天>防除体系」を構築しました。<w天>防除体系は、1)天敵に配慮した病害虫防除薬剤の選択、2)土着天敵の住処となる草生管理、3)補完的な天敵製剤の利用、4)協働的な殺ダニ剤の利用の4つのステップから構成されます(図1)。とりわけ、土着天敵の活動が制限される施設栽培では、3)の効率的な利用が求められます。

露地栽培のリンゴ、ナシについては、SOPを昨年に公開し、広く普及に活用されているところですが、施設栽培については、マニュアルにより<w天>防除体系の技術の紹介と普及に努めてきました。そこで、より一層の普及を図るために、今回、内容をより実践的な標準作業手順書(SOP)として充実させました。

研究の内容・意義

天敵を主体とした果樹のハダニ類防除体系のSOPは、<w天>防除体系を実際に導入するための説明書として、本防除体系の理解に必要な知識や情報をまとめた「基礎・資料編」、樹種別に体系導入の手順や留意点を解説する「樹種編」の構成となっています。今回公開したSOP「施設編 ブドウ/ミカン」(図2)は、ハダニの増殖が顕著で薬剤抵抗性が深刻な施設栽培向けに、<w天>防除体系を実際に導入するうえでの手順や留意点をまとめたものです。特に、施設栽培では環境条件や栽培管理の影響から、土着天敵の働きが露地ほど期待できないため、天敵製剤の利用方法に重点が置かれています。果樹の栽培環境は多様であり、また天敵の利用技術は、樹種や栽培法および園地の環境に大きく依存します。そのため、安定した防除効果を得るためには、それぞれの地域や環境に適合した体系の調整・アレンジが必要となります。本SOPはそのお手伝いができるよう、基礎から応用にわたり必要な情報を提供します。

  • 施設編のI章では、<w天>防除体系の基本構造や導入における留意点を解説しています。
  • 同編II章では、ブドウ栽培への導入のため、<w天>防除体系の構築から個別技術の導入や実践までのノウハウを解説し、モデル体系や導入事例を紹介しています(図3)。
  • 同編III章では、ミカン栽培への導入のため、<w天>防除体系の構築から個別技術の導入や実践までのノウハウを解説し、モデル体系や導入事例を紹介しています(図4)。
  • 同編IV章には、カブリダニに対する各種殺虫剤・殺ダニ剤、殺菌剤の影響を網羅したリストが掲載されています。

今後の予定・期待

<w天>防除体系は、施設栽培においても省力的で減農薬が期待できる、人にも環境にもやさしい技術です。本SOPにより、果樹の露地栽培だけなく施設栽培でも<w天>防除体系の活用が進むことで、さらなるIPM(総合的病害虫管理)7)や環境保全型農業の発展、普及が期待されます。

農研機構ではこれからも<w天>防除体系の改良・発展に努め、より使いやすく、そして効率的な病害虫防除をめざし、個別技術の開発をさらに進めます。

用語の解説

<w天>防除体系
果樹のハダニ防除について持続的管理を目標に開発された、天敵利用を主体とし、果樹園に自然に生息する土着天敵、製剤化された天敵(天敵製剤)、化学農薬を合理的に組み合わせるIPMの概念に基づく技術です。リンゴ、ナシ、オウトウ、ハウスブドウ、ハウスミカンでモデル体系があります。[ポイントへ戻る]
標準作業手順書(SOP: Standard Operating Procedures)
技術の必要性、導入条件、具体的な導入手順、導入例、効果等を記載した手順書。農研機構は重要な技術についてSOPを作成し、社会実装(普及)を進める指針としています。[ポイントへ戻る]
殺ダニ剤
ダニ類防除を目的とした薬剤(農薬)。ここでは特に化学合成剤を指します。[概要へ戻る]
薬剤抵抗性
薬剤(農薬)に対する虫の耐性のことです。[概要へ戻る]
カブリダニ
ハダニ類の主要な天敵。体長0.4mmほどで、国内では90種以上が知られています。果樹園内では、地域や樹種ごとに異なった複数の種が生息しており、土着天敵としてハダニ防除に貢献しています。[概要へ戻る]
製剤化されたカブリダニ
人工的に増やし、生物農薬として登録・製品化されたカブリダニ。[概要へ戻る]
IPM(総合的病害虫管理)
利用可能な全ての防除手段を、経済性、人や環境へのリスクなど、多角的な観点から評価し適切に組み合わせることにより防除しようという有害生物の管理概念です。[今後の予定・期待へ戻る]

参考図

図1. <w天>防除体系を構成する4つのステップ
図2. <w天>防除体系の標準作業手順書
図3. ハウスブドウ<w天>防除体系の概念図
図4. ハウスミカン<w天>防除体系の概念図