開発の社会的背景
近年、外来カミキリムシの被害が日本各地で相次いで報告されています。モモやサクラの害虫であるクビアカツヤカミキリ(図1A )は、わが国では2012年に初めて確認されてから2023年6月時点で13都府県に拡大し、発生都府県内の被害地点数も増加しています。2020年から2021年にかけては、ツヤハダゴマダラカミキリ(図1B )が複数県で発見されるとともに、2021年には、サビイロクワカミキリ(図1C )が福島県内の複数地点で発見されました。外来カミキリムシが果樹や街路樹、各地の名木等に寄生すると、樹勢が衰え最終的に枯死することから、果樹園において甚大な経済的被害をもたらすほか、街路樹などでは、倒木による事故の危険性もあります。そのため果実の大産地を抱える発生県や隣接県では、発生の検出や被害地点の拡大防止対策に取り組み始めています。
カミキリムシ類の被害拡大防止には、早期に寄生を確認し、寄生樹の伐採や薬剤処理といった適切な対応をおこなうことが有効とされています。防除のために使用する薬剤の選択には、種の同定が不可欠です。複数の外来カミキリムシが同時多発的に日本各地で発生している状況において、その木にどの外来カミキリムシ種が寄生しているのか迅速かつ確実に検出・同定できる方法が切に望まれていました。
研究の経緯
カミキリムシに限らず、樹内に生息する穿孔性害虫の種を判定するためには、樹を一部解体して虫を取り出し、成虫まで育て形態観察で同定するケースが一般的です。しかし、調査樹に大きなダメージを与えること、最終的な特定まで時間がかかること、幼虫を木から取りだす際に傷つけてしまい、羽化まで至らず同定できないなどの問題があります。
一方、カミキリムシ幼虫が樹内で食害するに伴い、木くずと虫糞が混じった「フラス」を樹外に排出することがあり、特にクビアカツヤカミキリは樹皮上で孵化した後、樹内に侵入した直後からフラスを排出しはじめるため、寄生発見の手がかりとして広く認知されています。2020年以降、このフラス内の遺伝情報を用いた同定法が開発されてきましたが、フラスが野外で直射日光や風雨にさらされることで遺伝情報物質が劣化し、検出が難しい場合がありました。
そこで私たちは、フラスに含まれる虫や樹木に由来する複数の物質のうち、化学的に安定で昆虫の体表面に多く存在することが知られている炭化水素成分に着目し、どのようなフラスからも安定的かつ迅速にカミキリムシ種の寄生が確認できる検出法の開発に着手しました。
研究の内容・意義
体表炭化水素組成から種を特定
農林業上、警戒すべき外来カミキリムシであるクビアカツヤカミキリ・ツヤハダゴマダラカミキリ・サビイロクワカミキリの3種およびツヤハダゴマダラカミキリと形態が類似した近縁の在来種ゴマダラカミキリ(図1D )の各幼虫について、幼虫の体表およびその幼虫が排出したフラスから物質抽出し、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)8) を用いて分析・比較しました。その結果、幼虫の体表成分と同じ炭化水素成分がフラスに含まれていることが確認できました(図2 )。カミキリムシ類成虫の体表炭化水素組成は、種特異的であることが知られています。幼虫の場合も同様に種特異的な成分から構成されており(図3 )、その成分と組成比で樹内に生息している外来カミキリムシ種をフラスから特定する検出法を確立しました。
異なる樹種でも検出が可能
同一種のカミキリムシでは、樹種が異なるフラスからも同じ炭化水素成分が検出され、本検出法は寄生樹種の影響を受けないことを明らかにしました。クビアカツヤカミキリの場合、寄主として報告のあるサクラ・モモ・ウメ・ネクタリンから寄生の検出が可能でした。
野外や時間が経過したフラスサンプルにも適用可能
風雨や直射日光、高温にさらされた野外のフラスでも同じ炭化水素組成が確認できます。また、保存していた3年前のフラスからも同様に検出が可能でした。
耳かき1杯程度のフラスサンプルで種を特定
種の特定には0.1g程度(耳かき1杯程度)のフラス量があれば十分です。また、フラスからGC-MS用試料を抽出し、カミキリムシ種の寄生の有無および種の特定までにかかる時間は1時間以内です。
今後の予定・期待
相次いで日本国内への侵入が確認されたカミキリムシは、外来種として海外でも問題となっています。国内の農産業において、すでに大きな被害を与えているもの、与える可能性が高いものが含まれます。これら樹木にとって脅威となるカミキリムシの寄生を早期に検出できれば、まだ虫が樹皮表面近くにいる小さな幼虫の段階で効果的な薬剤処理がおこなえます。寄生の早期検出とそれに続く薬剤・伐採処理は、カミキリムシによる被害を最小限にするとともに、被害地の拡大抑制にもつながります。
また、本検出法では、文化的・歴史的な価値をもつ樹木にもダメージを与えることなく、警戒すべきカミキリムシ種の寄生を迅速に検出することが可能となります。このような点からも、農林分野のみならず、日本の樹木を侵略的外来種から保護できる技術として今後の幅広い活用が期待されます。
用語の解説
穿孔性害虫
幼虫が樹皮下を摂食し、樹勢を弱らせ、場合によっては枯死させる虫を指し、主にコウチュウ虫目、ハエ目、チョウ目およびハチ目に属するものが知られています。[ポイントへ戻る]
フラス
穿孔性昆虫の排泄物(フン)と木くずなどの植物組織片が混ざったもので、樹木の外に排出されます。穿孔性昆虫の摂食活動にともなって確認されるため、木の内部が食害されているサインとなります。[ポイントへ戻る]
クビアカツヤカミキリ
サクラやウメ、モモなどのバラ科樹木に寄生し、幼虫が樹の内部を食べて枯らしてしまう外来カミキリムシ。2012年に愛知県で被害が確認されて以降分布を拡げ、2023年時点で13都府県にて確認されています。2018年に特定外来生物に指定されました。[概要へ戻る]
ツヤハダゴマダラカミキリ
国際自然保護連合により「世界の侵略的外来種ワースト100」に認定されており、世界中の幅広い樹種で被害が報告されています。日本では過去横浜市への侵入が確認され、根絶された記録があります。しかしながら、2020年を皮切りに各地で発見されるようになり、2023年時点で10県に分布しています。現在では街路樹を中心に被害が出ていますが、果樹等への被害拡大も懸念されています。2023年9月に特定外来生物に指定されました。[概要へ戻る]
サビイロクワカミキリ
エンジュ、イヌエンジュなどを寄主とし、中国では街路樹を枯らす害虫として知られています。日本では2021年に福島県内で発見され、2022年時点の調査では福島県内の19市町村において発生が確認されています。2023年9月に特定外来生物に指定されました。[概要へ戻る]
ゴマダラカミキリ
日本全土に分布する在来のカミキリムシで、非常に広範な寄主範囲をもちます。農業上は、カンキツ類などの果樹における害虫として知られています。形態的にはツヤハダゴマダラカミキリと類似しています。[概要へ戻る]
昆虫の体表炭化水素
炭素と水素からなる有機化合物の総称を炭化水素といい、昆虫の体表面を覆うワックス層の主成分です。昆虫の体表ワックスは通常、複数の炭化水素を含む不揮発性成分が混合され、水分の蒸発防止および化学コミュニケーションに利用されていることが知られています。[概要へ戻る]
ガスクロマトグラフ質量分析計
化学物質の分離を行うガスクロマトグラフと質量分離を行う質量分析計という分離手法が異なる2つの装置から構成されます。有機化合物の定量や化学構造の情報を得られ、微量成分の分析に適しています。[研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
Nao FUJIWARA-TSUJII and Hiroe YASUI (2023) Detection of invasive and native beetle
species within trees by chemical analysis of frass. Scientific Reports 13, 11837.
https://doi.org/10.1038/s41598-023-38835-x
参考図
図2 クビアカツヤカミキリ幼虫の体表炭化水素成分(A)およびその幼虫がモモ材内部から排出したフラスに含まれる炭化水素成分(B)のGC-MS分析結果
各炭化水素成分は省略形で示しています。C23 :n-トリコサン、C24 :n-テトラコサン、6,9-C25:2 :6,9-ペンタコサジエン、C25 :n-ペンタコサン、6,9-C27:2 :6,9-ヘプタコサジエン
図3 各カミキリムシ種幼虫の体表炭化水素成分(ツヤハダゴマダラカミキリ(A)、サビイロクワカミキリ(B)、ゴマダラカミキリ(C))
幼虫の体表炭化水素成分は種によって異なりました。フラスと共通して検出される各炭化水素成分の省略形で示しています。C23:1 :トリコセン、C23 :n-トリコサン、C24 :n-テトラコサン、C25:1 :ペンタコセン、C25 :n-ペンタコサン、C27:1 :ヘプタコセン、C27 :n-ヘプタコサン、C28 :n-オクタコサン、4Me-C28 :4-メチルオクタコサン、C29 :n-ノナコサン
研究担当者の声
植物防疫研究部門基盤防除技術研究領域上級研究員辻井 直
被害木を見つけるため、木の幹や樹冠を眺めるクセがつきました。散歩していても、家族との旅行先でも。おまけとして、その時々の空も眺められます。
この研究により、農業分野のみならず、重要な樹木の保護が実現できるよう、これからも研究を進めていきます。
写真 ツヤハダゴマダラカミキリの産卵痕がみられる樹木と冬の空