プレスリリース
(研究成果) 要侵入警戒ウイルスToBRFVのトマトやピーマンにおける種子伝染の仕組みを解明

- 国内未発生のウイルスの侵入リスクを下げることに貢献 -

情報公開日:2024年5月14日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、トマトに大きな被害をもたらすtomato brown rugose fruit virus (ToBRFV1))がトマトだけでなくピーマンにおいて種子伝染2)することを世界で初めて明らかにしました。また、トマトやピーマンの種皮にToBRFVが蓄積されることを示しました。本成果は、ToBRFVの侵入を防止するため種子への厳密な検疫が重要であることを示しており、また、伝染部位を特定したことで検査技術の向上にもつながることが期待されます。今後の種子検査技術の向上に役立つことで、国内未発生のウイルスの侵入リスクを下げることに貢献するものと期待されます。

概要

Tomato brown rugose fruit virus(以下、ToBRFV)は、トマトに生育不良や果実異常を引き起こし大きな被害をもたらすウイルスで、2014年にイスラエルで発生が初めて確認されました。 ToBRFVは、ほ場内で急速にまん延し、感染したトマトは生育不良による収量の低下につながります。ToBRFVは農林水産省の植物防疫法施行規則において、検疫有害植物として規定されているウイルスで、2024年1月現在、日本国内では未発生です。しかし、既に30カ国以上に発生が急拡大し(2024年1月時点)、世界中で生産現場や種子業界がその侵入・感染拡大を警戒しています。このウイルスの急速かつ世界的な感染拡大は主にToBRFVに汚染された種子の流通によるものと推察されています。

一方、ToBRFVはトマト以外にピーマン・トウガラシ類にも感染し、葉のモザイク症状や果実の奇形などが生じることで収量を低下させます(図1)。トマトにおいては、このウイルスが種子伝染することが報告されていますが、ピーマンでは種子における伝染形態については明らかになっていませんでした。このたび農研機構は、トマトだけでなくピーマンにおいてもToBRFVが種子伝染することを明らかにし、感染種子の国際的な流通がToBRFVを世界的にまん延させている可能性を示しました。

種子伝染のメカニズムの解明のため、まずトマトを用いた試験で、ToBRFVは受粉後、胚珠3)が種子へと発達する段階で胚珠の珠皮4)(種子の種皮となる組織)に侵入し、これが種皮の感染を引き起こす可能性が示されました。さらに、トマトやピーマンおいて、種皮内部に蓄積されたToBRFVが発芽時に種皮から幼苗に侵入するという種子伝染のメカニズムの一部を初めて明らかにしました。

本成果は種子への厳密な検疫がToBRFVの日本国内への侵入と世界的な感染拡大の阻止に重要であることを示すものであり、国内未発生のウイルスが侵入するリスクを下げること、ひいては世界的な健全種子流通に貢献するものと期待されます。また、種子における感染部位が明らかになったことで、今後の種子検査技術向上につながります。

図1 ToBRFVに感染したピーマンのモザイク症状
矢印で示した部分がモザイク症状

関連情報

予算 : 農林水産省「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(Tomato brown rugose fruit virus の多検体診断技術および防除技術の開発)」(JPJ008617.20320466)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 植物防疫研究部門 所長大藤 泰雄
研究担当者 :
同 基盤防除技術研究領域 上級研究員松下 陽介
同 研究推進室 渉外チーム長 (兼 基盤防除技術研究領域)久保田 健嗣
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム長久保田 健嗣

詳細情報

開発の社会的背景

2014年にイスラエルのトマトから確認された新種のウイルスであるToBRFVは、トマトに全身感染し、葉のモザイク症状、果実の変色などを引き起こします。同じトバモウイルス属5)の一種であるToMV6)に対しては、抵抗性遺伝子を持つ品種が多く実用化されていますが、ToBRFVはこれらの抵抗性品種でも全身感染し、生育不良や果実異常を呈するため、各国で侵入が警戒されてきました。しかしその後、欧州、北米、中東、中国等30カ国以上で発生が報告され、イタリアやシリア、ヨルダン、イランではピーマン・トウガラシ類での発生も確認されています。ToBRFVは他のトバモウイルスと同様にトマトで種子伝染することが報告され、世界的な感染の拡大は種子の流通によるものと推察されています。そのため、各国で種子による持ち込みが厳重に警戒されるとともに、発生が広がった国ではその根絶のために多大な労力が払われています。一方、ToBRFVが感染すると報告されているピーマンでは種子伝染についてはほとんど知見がありませんでした。

研究の経緯

現時点ではToBRFVの日本国内での発生報告はありません。しかし、トマトやピーマンの種子は諸外国から輸入されていることから、種子を介したToBRFV の侵入を防止する必要があります。そのため、トマト以外に感染事例が報告されているピーマンにおいても伝染経路を明らかにする必要があります。ToBRFVはトマトやピーマンの葉や茎などに感染しますが、花や発達中の種子においてどのように感染しているかほとんど知られていませんでした。ToBRFVの種子伝染のメカニズムや種子の感染部位を知ることは、より感度が高く効率的な種子の検査技術の開発に欠かせない知見です。そこで農研機構では、令和2~4年度に実施された農林水産省レギュラトリーサイエンス事業において、ToBRFVの国内侵入の阻止、および万一国内で発生した際の迅速な対処に貢献する知見の収集や技術の開発を目的とした研究の一環として、ToBRFVの種子伝染に関する研究を実施しました。その中で、ピーマンにおけるToBRFVの種子伝染を明らかにするとともに、ToBRFVの種子伝染のメカニズムおよび種子における感染部位を明らかにしました。

研究の内容・意義

  • ToBRFVはピーマンにおいて種子伝染する

    ToBRFVに感染したピーマンおよびトマトから種子を採取し、それらを播種し発芽した苗からRNAウイルスであるToBRFVの検出をRT-PCR法7)によって試みました。その結果、ピーマンもトマトと同様にToBRFVが種子伝染することを世界で初めて明らかにしました(表1)。

    表1 ピーマンおよびトマトにおけるToBRFVの種子伝染率
  • ToBRFVは受粉後に胚珠の珠皮に感染する

    ToBRFVはトマトやピーマンでは全身感染しますが、花や種子の発達過程(図2)における感染プロセスについてほとんど知られていませんでした。そこで、以前から種子伝染することが知られていたトマトをモデルとして用い、ToBRFVに感染した植物の花の分裂組織から受粉後までの種子の形成過程におけるToBRFVの局在をin situ hybridization法8)によって明らかにしました。ToBRFVは、分裂組織が花芽に分化する前後の茎頂には認められず(図3A, 3B)、花芽が一定の段階に発達すると、花の基部やがくの維管束にわずかに見られました(図3C, 3D)。開花期には子房の基部および胎座の維管束で観察され(図3E)、 さらに受粉後に果実および種子が発達する段階では、子房壁や胚珠に接している胎座の大部分および胚珠の珠皮(種子の種皮となる部分)において感染が認められました(図3F)。本研究により受粉後には珠皮にまで感染が進むことが初めて明らかになり、この珠皮の感染が種皮における感染の原因である可能性を示すことができました。

    図2 種子植物における花の形成から胚珠が発達して種子となる過程
    図3 ToBRFV感染トマトの種子形成過程におけるウイルスの局在
    紫色の部分がToBRFVへの感染を示す。図中の矢印は維管束に存在するToBRFVを示す。
    (A~F)ToBRFV感染トマト、(G)は健全トマト(開花期)。
    (A)茎頂、(B~D)発達中の花、(E、G)開花期、(F)受粉後の果実発達期。
    ca(内皮); fp(花芽分裂組織); in(珠皮); ov(胚珠); ow(子房壁); pe(花弁); pl(胎座); se(がく); st(雄ずい)
    スケールバーは100 μm (A-C)、200 μm (D-G)
    (Journal of General Plant Pathology 90,23-34, 2024より転載)
  • ToBRFVはピーマンでも種皮の内部に感染する

    種子のどの部位にウイルスが存在しているのかは、種子検査の実施にあたり非常に重要な情報です。そこで、感染種子に対してToBRFVの抗体を用いた免疫染色9)を行い、ToBRFVの蓄積を可視化しました。その結果、トマトと同様にピーマンの種皮の内部に、ToBRFVの蓄積を示す濃い紫色が観察されました(図4)。これより、ピーマンおよびトマトでは、種皮に蓄積されたToBRFVに発芽した幼苗が感染するという種子伝染のメカニズムが示唆されるとともに、本ウイルスの防疫対策の種子検査等において、種皮に蓄積したウイルスをターゲットにすることで、より有効な検出法が開発できるものと考えられました。

    図4 ToBRFV感染植物から採取した種子におけるウイルスの局在
    切断した種子にToBRFV抗体を用いて染色した免疫染色像。紫色がToBRFVの存在を示している。トマトおよびピーマンの種皮(白矢尻)において染色されている(A, C)。胚乳(en)における薄い紫色は非特異反応であり、ToBRFVの存在を示してはいない(A, C)
    (A, B)トマト(品種「フルティカ」)、(C, D)ピーマン(品種「昌介」)、(A, C)は感染植物由来種子、(B, D)は同品種の健全種子。 en(胚乳)、sc(種皮) スケールバーは100 μm.
    (Journal of General Plant Pathology 90,23-34, 2024より転載)

今後の予定・期待

現在も諸外国においてToBRFVの発生が相次いで報告されており、最も侵入を警戒する植物ウイルスの1つです。ピーマンにおいてもToBRFVの種子伝染が明らかになったことで、国内外におけるピーマンの種子検査の必要性および重要性が示されました。今後、国際的な種子の流通においてToBRFVの種子検査が拡大し、ToBRFVのまん延防止につながることが期待されます。また、種子での感染部位が明らかになったことで、効率的な種子検査技術の開発が期待されます。

これまでToBRFV を含むトバモウイルス属では種子感染のメカニズムについてはほとんど知見がありませんでしたが、このたび花から種子へのToBRFVの感染動態が明らかになったことで、種子感染の抑制技術開発などにつながることが期待されます。

用語の解説

ToBRFV(tomato brown rugose fruit virus)
ToBRFVは、2014年にイスラエルで初めて確認され、その後、世界的に深刻な問題になっているトマトの病原ウイルスで、トバモウイルス属のウイルスです。トマト以外ではピーマン・トウガラシ類での発生が確認されています。2024年1月現在、日本では未発生のウイルスで、日本国内への侵入と世界的な感染拡大の阻止が求められています。なお、農林水産省では従来よりとうがらし(ピーマンを含む。)及びトマトの種子の輸入にあたりToBRFVの検査を輸出国に要求しています。[ポイントへ戻る]
種子伝染
種子の内部に潜伏または種子に付着している病原により病気が伝搬すること。ウイルスの種類によって種子の表面、種皮、種子の内部にある胚など、感染する部位が異なります。[ポイントへ戻る]
胚珠
種子植物のめしべの子房内にある組織で、受精の後に種子となります(図23参照)。[概要へ戻る]
珠皮
種子植物の胚珠の外側にある組織で、胚珠が種子になる時に種皮となります(図3参照)。[概要へ戻る]
トバモウイルス属
TMV(タバコモザイクウイルス)、ToMV6)、CGMMV(スイカ緑斑モザイクウイルス)、PMMoV(トウガラシ微斑ウイルス)、ToBRFVなど 農作物に大きな被害をもたらすウイルスが含まれる、プラス鎖RNAウイルスで、Virgaviridae科に分類されるウイルス属です。このウイルス粒子は物理的な安定性も極めて高いため、ほ場でいったん発生すると、農作業における接触や汁液などで容易に感染が拡大します。また、感染植物の残渣が土壌中に残ることによって、ウイルスが長期にわたって残存します。[開発の社会的背景へ戻る]
ToMV (トマトモザイクウイルス)
ToBRFVと同じトバモウイルス属のウイルスで、トマトに感染すると葉のモザイク症状や細葉奇形が現れます。また,着果が不良となるとともに、着果した果実も茶色の着色や内部汚斑が生じるため、品質が大きく低下してしまいます。現在、販売されているトマト品種の多くにはこのウイルスに対する抵抗性が付与されています。[開発の社会的背景へ戻る]
RT-PCR法
PCRとは、耐熱性DNA合成酵素を用いて人工的に特定のDNA断片を増幅する技術で、微量のDNA試料から標的とするDNA断片を検出でき、病気の診断等にも用いられます。このPCRではRNAを直接複製することができないので、一度RNAからDNAへと変換する逆転写(RT: Reverse Transcription)と呼ばれる反応を行い、得られたDNAを鋳型としてPCRを行うことで、RNAをDNAとして大量に複製して、そのDNA断片を検出します。[研究の内容・意義へ戻る]
in situ hybridization法
生体の組織にある特定のRNAやDNAなどの核酸を細胞単位で検出する技術です。細胞内にあるウイルスのRNAを検出する際にもこの技術を用いることができます。[研究の内容・意義へ戻る]
免疫染色
抗体を用いて組織内の抗原を検出する方法です。抗体の特異性を利用して抗原を検出して、染色することで抗原の存在を視覚化することができます。ここではウイルスに反応する抗体を用いて、抗原であるウイルスに反応・染色させることで組織内の存在を視覚化しています。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Yosuke Matsushita, Sawana Takeyama, Yasuhiro Tomitaka, Momoko Matsuyama, Kazuhiro Ishibashi, Hibiki Shinosaka, Kohei Osaki, Kenji Kubota (2024) Elucidating the nature of seed-borne transmission of tomato brown rugose fruit virus in tomato, bell pepper, and eggplant. Journal of General Plant Pathology. 90, 23-34.
https://doi.org/10.1007/s10327-023-01159-9