プレスリリース
(研究成果) 1回の天敵昆虫導入でクリの侵入害虫による被害防除効果が約40年持続していることを明らかに

- 伝統的生物的防除の持続事例を解明 -

情報公開日:2024年5月15日 (水曜日)

ポイント

中国から導入し、1982年に放飼した天敵寄生蜂1)チュウゴクオナガコバチ2)が、クリの侵入害虫クリタマバチ3)による被害を導入から40年余りも抑制し続けていることが、農研機構による長期定点調査データの解析から明らかとなりました。化学農薬や耐虫性品種の育成では対応しきれなかった害虫被害に対して、天敵寄生蜂の1回の放飼が極めて効果的な防除法として機能していたことを科学的に明らかにしたことで、クリの安定的生産のための伝統的生物的防除4)の持続的な有効性を世界で初めて示しました。

概要

海外からの侵入害虫は、多くの場合、侵入先には自身の天敵がいないため、個体数が急速に増加しやすく、結果、餌となる作物に大きな被害を及ぼします。そこで侵入害虫を永続的に防除することを目的として、害虫の原産地から有力な天敵昆虫を導入・放飼する防除法があり、「伝統的生物的防除」と呼ばれています。

農研機構では、中国大陸から侵入したと考えられているクリの難防除害虫・クリタマバチの伝統的生物的防除を目的として、中国から導入した天敵寄生蜂チュウゴクオナガコバチの最初の本格的放飼を1982年に農研機構敷地内(茨城県つくば市)で行いました。以来その放飼地点における当該害虫と天敵の動態調査を2023年まで継続してきました。今回、長期的な防除効果を判定するために、放飼後40年間におよぶ調査データを解析した結果、害虫密度が一時的に高まってもそれに連動して天敵が寄生・増殖することで速やかに害虫密度が低下し、被害が長期間低く抑えられていたことが明らかとなりました。

チュウゴクオナガコバチは、1982年以降、日本各地で国や県の事業として順次放飼され、近年ではクリタマバチの被害は問題視されなくなっています。本成果は、害虫と天敵の連動した動態を長期間調査することで、天敵による被害抑制効果の持続性を科学的に明らかにした、世界でも研究事例の少ない貴重な報告になります。一度定着すれば導入天敵により長期間にわたり害虫が抑制され、化学農薬のみでは防除が困難であった害虫種に対し、伝統的生物的防除により、被害を心配することなくクリが生産できていることが示されました。

本成果は、2023年10月28日にSpringerおよび日本応用動物昆虫学会が発行する国際学術誌「Applied Entomology and Zoology」にオンライン掲載されました。

関連情報

本成果の一部はJSPS科学研究費(JP22K05663, JP19380037, JP09306003)の助成を受けたものです。

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 植物防疫研究部門 所長大藤 泰雄
研究担当者 :
同 果樹茶病害虫防除研究領域 上級研究員屋良 佳緒利
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム長久保田 健嗣

詳細情報

社会的背景と研究の経緯

クリタマバチ(図1A)は1940年代に日本への侵入が確認されたクリの害虫で、クリの新芽に産卵することで「虫こぶ5)」(図1B)を作ります。虫こぶが多数作られると樹勢が弱り、減収や枯死に繋がります。1960年代半ばには、クリが分布していない沖縄県を除く日本全国に分布を広げ大きな被害をもたらしました。

クリタマバチは一生のほとんどを虫こぶの中で過ごすため、農薬散布による殺虫は困難です。そのため、クリタマバチに耐性を持つクリ品種が育成されましたが、その耐性を打ち破るクリタマバチが出現し加害されるようになりました。このように防除が難航する中、クリタマバチの侵入源が中国であることが判明し(1975年)、これを契機に中国に生息する寄生蜂チュウゴクオナガコバチ(図1C)が有望天敵として見いだされました。

農研機構はクリタマバチによる被害沈静化を目指し、天敵寄生蜂・チュウゴクオナガコバチを中国から導入し、1982年春に、茨城県つくば市内にある農研機構敷地内で国内初の本格的な放飼を行いました。放飼後10年間の調査結果から、クリタマバチ防除は成功したと判断されました。本結果を受け、日本各地で国や県の事業としてチュウゴクオナガコバチが順次放飼されています。

こうしてクリタマバチの被害は日本国内において問題視されなくなったことから、クリの品種育成においてもクリタマバチ耐性付与から果実品質の改良に重点を置くことが進められ、渋皮が簡単に剥ける「ぽろたん」等の育成につながっています。また、2002年にはクリタマバチがイタリアへも侵入したため、欧州全域のクリ産地でも深刻な問題となりましたが、日本でのこれまでの成果をもとに、日本で採集されたチュウゴクオナガコバチが2005年にイタリアへ導入・放飼されています。

このようにチュウゴクオナガコバチの放飼はクリの生産現場で多大な効果を上げましたが、その後も本防除法の効果の長期的な持続性を検証するために、2023年まで放飼地点におけるクリタマバチの被害調査とチュウゴクオナガコバチの発生調査を引き続き行うことにより、防除効果を確認しました。

図1 虫と虫こぶの写真
A:クリタマバチ成虫。初夏にクリの新芽(休眠芽)に産卵する。B:クリタマバチにより形成された虫こぶ(矢印)。ふ化幼虫の生育が急速に進む翌春に虫こぶができる。C:チュウゴクオナガコバチ成虫。虫こぶを見つけて内部にいるクリタマバチ幼虫体表に産卵し(外部寄生)、ふ化した幼虫が食い殺す。

研究の内容・意義

今回、放飼後40年間におよぶ継続的な調査結果を用いて、天敵放飼地点の害虫(クリタマバチ)密度と天敵(チュウゴクオナガコバチ)密度を指標として各々の数の年次変動を解析し検証しました(図2)。その結果、最初の10年でクリタマバチの密度は速やかに減少していましたが、その後の30年間で3回の密度の上昇が認められました(2000年、2008年、2014年)。しかし、これらのクリタマバチ増加に連動するようにチュウゴクオナガコバチが速やかに増加しました。これによりクリタマバチも速やかに減少して被害が抑制される現象が3回とも認められました。つまり害虫であるクリタマバチが高密度で維持、蔓延することはなく、天敵であるチュウゴクオナガコバチにより長期的に制御されていることが明らかとなりました。

今回用いられた伝統的生物的防除は、クリタマバチに限らず永続的な防除効果を狙うものですが、これまでは天敵導入・放飼後数年間の防除の成否のみが注視され、長期的調査に基づいた防除効果の持続性評価はありませんでした。本研究において、農薬による防除が困難で、耐虫性品種に対して加害性を獲得したクリタマバチを、チュウゴクオナガコバチの導入により防除できること、クリタマバチが低密度になる期間もチュウゴクオナガコバチは低密度で維持されており、1回の放飼で長期にわたりクリタマバチ密度を制御できることを明示しました。

図2 クリタマバチとチュウゴクオナガコバチの長期動態
クリタマバチが一度減少した1999年以降に見られる3回のクリタマバチの増加ピーク(2000年、2008年、2014年)では、直後にチュウゴクオナガコバチが増加し、その後、速やかにクリタマバチが減少しており、クリタマバチの増殖をチュウゴクオナガコバチが長期的に抑制したことが読み取れる。

今後の予定・期待

本成果により、チュウゴクオナガコバチによるクリタマバチ制御が長期間持続していることが明らかになったため、今後もクリタマバチによる被害を心配することなくクリを安定的に生産できることが期待されます。

また、クリタマバチ制御の長期持続性については、本寄生蜂が2005年にイタリアへ導入・放飼されたことから、イタリアはじめ欧州全域のクリ生産関係者の間で関心は高く、本研究成果は欧州での将来を予測するうえでも注目されます。

用語の解説

天敵寄生蜂
ある生物を捕食や寄生によって殺す他の生物のことを天敵と言いますが、そのうち特に害虫防除に利用されうる、害虫に寄生し最終的に殺虫する蜂のことを指します。[ポイントへ戻る]
チュウゴクオナガコバチ
体長2~3 mm、体色は金属光沢のある濃緑色の蜂(ハチ目オナガコバチ科)。クリの害虫クリタマバチに寄生します。もともと中国に生息しており、産卵管を守る鞘(産卵管鞘)が長いことから、このような名前(和名)が付けられました。[ポイントへ戻る]
クリタマバチ
体長約2 mm、体色は黒色の蜂(ハチ目タマバチ科)。クリをはじめクリ属に寄生し、新芽に虫こぶを形成させることで、結実量減少や樹勢低下を引き起こします。1940年代に中国から日本に侵入したクリの害虫です。[ポイントへ戻る]
伝統的生物的防除
海外から侵入した農業害虫を防除するために、害虫の原産地から有力な天敵を導入・放飼して永続的な被害抑制効果を狙う防除法のこと。害虫の侵入直後は被害の沈静化が最優先となるため、長期的な調査はほとんどありません。[ポイントへ戻る]
虫こぶ
植物体に昆虫などが産卵寄生し、その刺激による異常発育で形成される癭(こぶ)のこと。「虫癭」と書きますが「むしこぶ」とも「ちゅうえい」とも読まれます。また「ゴール(gall)」と呼ばれることもあります。[社会的背景と研究の経緯へ戻る]

発表論文

Seiichi Moriya, Masakazu Shiga, Ishizue Adachi, Hidenari Kishimoto, Koji Mishiro, Fumio Ihara, Masahiro Yamanaka, Takeshi Shimoda, Kaori Yara "Long-term influence (1982 - 2023) of the introduced parasitoid Torymus sinensis (Hymenoptera: Torymidae) on the invasive pest, the chestnut gall wasp Dryocosmus kuriphilus (Hymenoptera: Cynipidae), at a starting point of the classical biological control in Japan"Applied Entomology and Zoology
https://doi.org/10.1007/s13355-023-00847-4

研究担当者の声

植物防疫研究部門 果樹茶病害虫防除研究領域
上級研究員屋良佳緒利

天敵放飼当時、私はこのような虫達がいることもクリが大被害を受けていることも知らない都市部に住む中学生でした。今回、農研機構の先輩方が永年に渡り取得したデータを再解析する機会に恵まれた幸運に感謝しています。今後、もし新たな侵入害虫が問題になった場合にも、本成果は役立つと思っています。

写真:チュウゴクオナガコバチを放飼している発表論文の第一著者、守屋成一博士(元職員)(1982年撮影)