開発の社会的背景
根頭がんしゅ病は、病原細菌(Allorhizobium vitis(別名Rhizobium vitis)=根頭がんしゅ病菌)が植物の根や茎に「がんしゅ」と呼ばれるこぶを形成させる、土壌伝染性の病害です。特に果樹(ブドウ、リンゴ、モモ、ナシなど)、花き(バラ、キクなど)、野菜(トマト等)で被害が大きく、植物の生育不良や枯死を引き起こします。本病は多くの植物で発生しますが、特に世界中のブドウ生産国で深刻な問題となっています。
一度がんしゅを形成した植物は、菌を除去しても腫瘍の成長が続き、最終的に枯死するため、発病後に治療可能な農薬はありません。また、根頭がんしゅ病菌は土壌中で宿主がなくしても長期間生存でき、改植した作物にも侵入して再びがんしゅを引き起こします。
こうした状況の中、根頭がんしゅ病菌 とウイロイドとの相互作用の研究を進める中で、ウイロイドががんしゅ病の発病を抑制する可能性を発見しました。本研究では「ウイロイド」を"植物ワクチン"として活用するという新しい発想により根頭がんしゅ病の技術対策の開発を目指しています。
研究の経緯
ウイロイドは一本鎖の環状RNAのみで構成される感染性RNA分子で、ウイルスよりも小さく、タンパク質を持たない単純な構造をしています。ウイロイドは、植物同士の機械的な接触や、栽培管理作業などによる傷口から侵入し、植物間で伝染します。感染した植物の細胞内で複製され、全身に広がることが特徴です。
ウイロイドにはさまざまな種類があり、一部(ジャガイモやせいもウイロイド3)(Pospiviroid fusituberis)など)は、トマトやジャガイモが感染すると激しい症状を引き起こしますが、植物が感染しても症状が現れないウイロイド種も多く存在しています。ウイロイドによる発病の有無は、ウイロイドのRNAの特性と宿主植物の遺伝子との組み合わせによって決まると考えられています。
我々は、植物における病原体同士の相互作用に着目し、ウイロイドに感染した植物に他の病原体が侵入した場合に、どのような反応が起こるかを研究してきました。その結果、ウイロイドに感染した植物では、根頭がんしゅ病菌を接種してもがんしゅの形成が見られないことを発見しました。そこで本研究では、あらかじめ植物体をウイロイドに感染させておくことで、根頭がんしゅ病菌による発病が抑制される効果を明らかにすることを目指しました。
研究の内容・意義
本研究では、ウイロイドを接種することで根頭がんしゅ病の発病を抑制する可能性を検証しました。具体的には、キク矮化ウイロイド4)(Pospiviroid impedichrysanthemi)(通称 chrysanthemum stunt viroid、以下 CSVd)に感染したキクおよびトマト茎に根頭がんしゅ病菌を接種し、病気の発生状況を評価しました(図2)。その結果、CSVdに感染したキクおよびトマトでは、非感染植物と比較してがんしゅの形成率や腫瘍の直径が有意に低下していることが確認されました(図3)。これらの結果は、CSVd感染が根頭がんしゅ病の発病を抑制していることを示唆しています。
図2ウイロイド(ここではCSVd)に感染したキクおよびトマトに根頭がんしゅ病菌を接種した際の根頭がんしゅ病の抑制効果
(A)根頭がんしゅ病菌を接種したキク
(B)根頭がんしゅ病菌を接種したトマト
植物上に形成された茶色の腫瘍はがんしゅである。スケールバー : 2cm。
Plant, Cell & Environment(Wiley) https://doi.org/10.1111/pce.70208
2025 John Wiley & Sons Ltd. 許可を得て転載。「図は原図を基に改変」
図3ウイロイドに感染した植物における根頭がんしゅ病の抑制効果
(A)CSVdに感染したキク植物および非感染のキク植物におけるがんしゅの形成率(左)およびがんしゅの直径(右)。
(B)CSVdに感染したトマト植物および非感染のトマト植物におけるがんしゅの形成率(左)およびがんしゅの直径(右)。
Plant, Cell & Environment(Wiley) https://doi.org/10.1111/pce.70208
2025 John Wiley & Sons Ltd. 許可を得て転載。「図は原図を基に改変」
ウイロイド感染は、植物宿主側のDNAメチル化5)やRNAサイレンシング6)を引き起こすことが知られており、これらの現象は植物に侵入した病原体の遺伝子発現を抑制する働きがあると考えられています。一方、根頭がんしゅ病菌によるがんしゅの形成(根頭がんしゅ病の発生)は、菌が持つTiプラスミド7)から植物側のゲノムへのT-DNAの移行によって始まり、T-DNA内のがんしゅ形成遺伝子が発現することで健常な組織では起こらない細胞分裂と肥大が誘発されてがんしゅ形成に至ります(図4)。したがって、ウイロイド感染によって誘導されたDNAメチル化やRNAサイレンシングが、T-DNA内の遺伝子発現を抑制し、根頭がんしゅ病の発生を抑えている可能性があります。これらのメカニズムが実際に機能しているかどうかは今後の研究課題ですが、解明が進めばウイロイドを利用した新たな防除技術の開発につながります。
図4根頭がんしゅ病菌によるがんしゅ形成のメカニズム
Plant, Cell & Environment(Wiley) https://doi.org/10.1111/pce.70208
2025 John Wiley & Sons Ltd. 許可を得て転載。「図は原図を基に改変」
本研究は、CSVdがキクおよびトマトにおける根頭がんしゅ病菌による発病を抑制することを示し、植物における微生物間(ウイロイドと細菌)の"界"を超えた相互作用の存在を明らかにしました。これにより、ウイロイドを「植物ワクチン」として農業利用する可能性が示されました。ただし、ウイロイドを利用する際には、植物に対する病原性の影響を避けるため、適切なウイロイドと植物の組み合わせの解明や、病害抑制効果を損なうことなくウイロイドを弱毒化する手法の開発が必要です。さらに、他の周辺作物に感染しないようなウイロイドを選抜することが必要です。
今後の予定・期待
根頭がんしゅ病は国内外における深刻な病害であり、一度発病すると長期的な被害をもたらす重要な課題です。本成果では、植物をウイロイドに感染させることで、根頭がんしゅ病菌による発病を抑制できることを明らかにしました。この成果は、ウイロイドを植物ワクチンとして活用し、根頭がんしゅ病の新たな防除法につながる可能性を示しています。
今後は、病原性を持たない安全なウイロイドの探索や評価を行い、ウイロイドを植物ワクチンとして実用化することを目指します。将来的には本技術を広く展開し、農薬使用の削減による環境負荷低減につなげ、持続可能な農業の実現に貢献したいと考えています。
また、本成果は、農業における微生物間の界を超えた相互作用が存在することを初めて示したものです。従来は病原体と考えられていたウイロイドが、根頭がんしゅ病のような細菌性病害を調節する未知の役割を持つ可能性が示唆されました。今後は、ウイロイドが根頭がんしゅ病の抑制にとどまらず、有益な根圏細菌や菌根菌との植物-微生物相互作用を調節できるかどうかについても、研究を進めていく予定です。
用語の解説
- ウイロイド
- 一本鎖の環状RNAのみからなる最小の植物病原体です。ウイルスよりも小さな構造です。感染した植物の細胞内で複製され、全身に移行することができます。野菜類、花き類、果樹類などに感染することが知られています。一部の植物種では、ウイロイドに感染すると矮化症状や生育不良などを引き起こします。感染植物における発病の有無は宿主植物種とウイロイドの種類の組み合わせによって決まります。
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- 根頭(こんとう)がんしゅ病
- 土壌中に生息する植物病原細菌Rhizobium radiobacterやAllorhizobium vitisなどによって引き起こされ、植物の根や茎などにがんしゅと呼ばれるこぶを形成する土壌病害です。根や地面に近い部位に傷等から植物体内に侵入すると考えられています。定植したブドウが繰り返し発病することで、長期的な生育不良、あるいは枯死に至るため、生産現場にとって大きな経済的被害をもたらす深刻な病害です。
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- ジャガイモやせいもウイロイド(通称potato spindle tuber viroid; PSTVd・学名Pospiviroid fusituberis)
- 世界で初めて同定された代表的なウイロイドです。PSTVdは主にナス科の野菜や花きを宿主とし、ジャガイモに感染すると奇形や矮化症状を引き起こすなど、農業生産に甚大な被害を与えるおそれのある病害の1つです。PSTVdは現在、国内では発生しておらず、植物防疫法において、発生国からの宿主植物の輸入に当たり輸出国に対し検疫措置を要求しています。
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- キク矮化ウイロイド(通称chrysanthemum stunt viroid; CSVd・学名Pospiviroid impedichrysanthemi)
- キク科やナス科植物が感染するウイロイドです。国内のキク産地で発生が確認されています。キクが感染すると矮化症状を示しますが、それ以外の植物ではほとんどが無症状で感染します。
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- DNAメチル化
- DNAメチル化とは、DNAの塩基にメチル基が結合する化学的な修飾のことです。この修飾によって、DNAの塩基配列自体は変化しませんが、遺伝子の発現を調節する仕組みとして働きます。
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- RNAサイレンシング
- RNAサイレンシングとは、植物の細胞内の小さなRNAが、相補的な塩基配列をもつRNAと結合して複合体を形成し、そのRNAの発現を抑制する現象です。RNAサイレンシングは、RNAウイルスなどの病原体からの防御や、植物自身の遺伝子発現の調節に関与しています。
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- Tiプラスミド
- Tiプラスミドとは、Rhizobium radiobacterなどの一部のリゾビウム科の細菌が持つ環状DNA(プラスミド)です。植物に感染すると、このプラスミドの一部(T-DNA領域)が植物のゲノムに移行して、T-DNA上の遺伝子が発現することで、感染した植物体にがんしゅ等が形成されます。
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発表論文
Yosuke Matsushita, Akira Kawaguchi (2025) Viroids, the Smallest Plant Pathogen, Suppress Bacterial Plant Disease via Epigenetic Changes and RNA Silencing? Plant, Cell & Environment DOI:10.1111/pce.70208