プレスリリース
(研究成果) 水田の代かき時期を衛星データで広域把握
- 高い精度を確認、また、雲があっても補完的に把握可能に -
ポイント
農研機構は、晴天時に観測された短波長赤外域の衛星データを複数利用して、代かき時期(取水開始時期)を広域的・効率的に把握する手法を開発しました。本手法では、衛星データで各観測日における水田の湛水有無を判別します。その判別精度を検証し、97%と高精度であることを確認しました。また、雲に影響されない合成開口レーダのデータも補完的に利用できるように本手法を改良しました。本手法は、無償の衛星データを利用したもので、用水計画の見直しや利水調整のための農業用水の利用実態調査で活用できます。
概要
近年、営農形態の変化に伴って水田の用水需要が変化しており、一部の地域で用水計画の見直しが求められています。見直しにあたっては、農業用水の利用実態を調査する必要がありますが、対象エリアが広いと、踏査による従来の方法では労力と時間がかかります。
農研機構は昨年、農業用水の利用実態調査の重要項目である「水田の代かき時期(取水開始時期)」を、地球観測衛星Sentinel-21)が観測した短波長赤外バンド(波長帯)のデータを利用して広域的・効率的に把握する手法を開発し、作業手順を記したマニュアルを公表しました。本手法では、Sentinel-2が同じ場所を5日毎(場所によっては平均3日毎)に観測したデータのうち晴天時に観測したものを複数用いて、各観測日に各水田が湛水状態にあったか否かを判定し(湛水有無の判別)、各水田の取水開始時期を把握します。
今回、航空写真画像の目視判読結果と照合して精度検証を行ったところ、本手法の湛水有無の判別精度は97%と非常に高いことがわかりました。
また、これまではSentinel-2による晴天時のデータしか利用していませんでしたが、今回、地球観測衛星Sentinel-12)が観測した合成開口レーダ3)のデータも利用できるようにしました。精度検証の結果、同データによる湛水有無の判別精度は79%とやや低い値でしたが、同データは雲に影響されません。Sentinel-2による晴天時のデータが十分に得られず、取水開始時期を十分に細分化して把握できなかった場合に、同データを補完的に用いれば、精度は落ちますが、取水開始時期をより細分化して把握できるようになります。
本手法は、無償の衛星データを利用したもので、土地改良調査管理事務所や国営事業所などが、用水計画の見直しや利水調整のための農業用水の利用実態調査で活用できます。
関連情報
予算:平成29年度補正「生産性革命に向けた革新的技術開発事業(農研機構生研支援センター)」
問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 研究部門長 藤原 信好
研究担当者 :
同 農村工学研究部門 農地基盤工学研究領域 福本 昌人
広報担当者 :
同 農村工学研究部門 渉外チーム長 猪井 喜代隆
詳細情報
開発の社会的背景と経緯
近年、営農形態の変化に伴って水田の用水需要が変化しており、一部の地域で用水計画の見直しが求められています。見直しにあたり農業用水の利用実態を調査する必要があります。その調査項目の一つである水田の取水開始時期は、衛星データを用いると広域的に把握できます。
これまでの研究では、その把握にカナダの地球観測衛星RADARSATのデータが用いられてきました。RADARSAT衛星データは、合成開口レーダデータであり、天候に左右されずに取得できますが、入手に多額の経費を要します。そこで、欧州宇宙機関の地球観測衛星Sentinel-2の光学センサーデータに着目しました。Sentinel-2衛星データは、晴天時に観測されたものしか利用できませんが、水域の判定に有効な短波長赤外バンド(波長帯)のデータが含まれており、無償で利用できます。農研機構は昨年、このSentinel-2衛星データを用いた水田の取水開始時期の把握手法を開発し、GIS(地理情報システム)ソフトによる具体的な作業手順を記したマニュアルを公表しました。今回、本手法の精度検証を行うとともに、欧州宇宙機関の地球観測衛星Sentinel-1の合成開口レーダデータ(無償)も補完的に利用できるように本手法の改良を行いました。
開発した手法の内容・特徴
- 本手法(昨年に開発)では、同じ年の4月~6月の晴天時に観測された複数のSentinel-2衛星データと圃場区画データが必要です。Sentinel-2衛星データの数が多いほど、取水開始時期を細分化して把握することができます。また、「筆ポリゴン」4)と呼ばれている農林水産省のGISデータ(無償)が圃場区画データとして利用できます。
- まず、各Sentinel-2衛星データから観測日に圃場が湛水状態にあったか否かを判定します(湛水有無の判別)。その判定は、短波長赤外バンドと緑バンドのデータから算出される修正正規化水指数(MNDWI5))を指標とし、MNDWI画像(図1)を二値化(大津の方法で閾値を自動的に決定)した画像に圃場区画データを重ねて圃場毎に行います。次に、その判定結果から各観測日について、観測日までに取水が開始されたか否かを判定し、最後に各圃場の取水開始時期(図2、図3)を把握します。
- 茨城県稲敷市において、2018年5月15日のSentinel-2衛星データによる湛水有無の判別結果を同日の航空写真画像の目視判読結果と照合して精度を検証しました。その結果、判別精度(面積ベースの正答率)は97%と非常に高い値でした。
- 晴天時のSentinel-2衛星データが十分に得られなかった場合には、Sentinel-1衛星データを用いて湛水有無を判別し、その判別結果を活用します(改良点)。その判別では、観測された後方散乱係数の画像に圃場区画データを重ねて圃場平均を求め、その値がある閾値以下の圃場を「湛水あり」と判定します。閾値は、Sentinel-2衛星データによる、雲や雲影に位置していなかった圃場の湛水有無の判別結果を用いて決定します。
- 茨城県稲敷市において、2018年4月20日のSentinel-1衛星データによる湛水有無の判別結果を同日のSentinel-2衛星データによる湛水有無の判別結果と照合して精度を検証しました。その結果、判別精度は79%とやや低い値でした。判別精度は低いですが、Sentinel-1衛星データは、雲の影響を受けないので、晴天時に観測されたSentinel-2衛星データの数が少なかった場合の補完用データ(図3では、6月9日の湛水有無をSentinel-1衛星データで判別)として利用できます。
今後の予定・期待
本手法は、土地改良調査管理事務所や国営事業所などの職員が農業用水の利用実態調査を行う際に活用できます。大雪の影響で耕起作業が大きく遅れているといった理由で、代かき期間が緊急的に延長された場合、その検証の一つとしても活用が期待されます。
今後、Sentinel-1衛星データによる湛水有無の判別精度を向上させる方法などについて検討する予定です。
用語の解説
- Sentinel-2
- 地球観測衛星Sentinel-2は、欧州宇宙機関が運用しているSentinel-2A 衛星とSentinel-2B衛星(それぞれ2015年、2017年に打ち上げ)からなります。マルチスペクトルセンサーを搭載し、太陽光の地表面での反射を波長帯別に観測しています。観測データには、水域の判定に有効な短波長赤外バンド(波長帯)のデータが含まれています。観測データは、欧州宇宙機関の次のWEBサイトから無償でダウンロードできます。
https://scihub.copernicus.eu/dhus/#/home
- Sentinel-1
- 地球観測衛星Sentinel-1は、欧州宇宙機関が運用しているSentinel-1A衛星とSentinel-1B衛星(それぞれ2014年、2016年に打ち上げ)からなります。合成開口レーダを搭載し、照射したマイクロ波(Cバンド)の地表面における後方散乱の強さ(後方散乱係数)を観測しています。Sentinel-1衛星データも上記のWEBサイトから無償でダウンロードできます。
- 合成開口レーダ
- 合成開口レーダは、マイクロ波を地表面に斜めに照射し、地表面で散乱して戻ってくる後方散乱波を受信する能動型のセンサーです。
- 筆ポリゴン
- 「筆ポリゴン」は、衛星画像などを目視して畦畔(水田の場合)をトレースして作成された、耕地面積調査などで利用されている圃場区画のGISデータです。農地の筆界(登記簿の地番が示す土地の境)を示す農地筆のGISデータではありません。「筆ポリゴン」は、農林水産省の次のWEBページから無償でダウンロードできます。
http://www.maff.go.jp/j/tokei/porigon/hudeporidl.html
- MNDWI
- MNDWI(Modified Normalized Difference Water Index;修正正規化水指数)は、短波長赤外バンドのデータの画素値(SWIR)と緑バンドのデータの画素値(G)を用いてMNDWI=(G-SWIR)/(G+SWIR)という式で計算される水域判定用の指数です。
発表論文・刊行物
参考図