開発の背景
2020年4月から農林水産省により運用されている「ため池防災支援システム」は、地方公共団体職員による災害時のため池の点検報告に活用されています。「ため池防災支援システム」が運用される前は、現地で被害状況を記録し、事務所に戻って記録を整理してから報告していたため、国や都道府県による被害状況の把握に時間がかかっていましたが、「ため池防災支援システム」によりスマートフォンを用いて現地で災害報告ができるため、迅速に被害情報の共有ができるようになりました。
一方で、ため池の数が多い市町村では、数千か所のため池を担当している場合があり、災害時の点検報告に大きな負荷がかかることがあります。地方公共団体の関係者から、災害時の点検報告に、ため池に一番近い場所にいるため池管理者(通常は、ため池の用水を利用している農家)の協力を得たいとの要望が多く寄せられていました。
開発の経緯
そこで、農研機構等の研究グループが開発した「ため池防災支援システム」に接続し、ため池の日常点検の報告ができるスマートフォン用の点検報告アプリのプロトタイプを2019年に開発し、実証試験を行ってきました。その結果を踏まえ、今年度、アプリの全面改修を行い、災害時のため池の被害と日常的なため池の施設管理をスマートフォンで報告できるアプリを開発しました。
「ため池管理アプリ」の特長
- 簡単操作で誰にでも使いやすい
本アプリは分かりやすい画面設計となっており、高齢の方も多いため池管理者が簡単に操作できます(図1)。ため池に一番近い場所にいるため池管理者が、ため池の現地で点検を行い、スマートフォンの画面に表示される質問に「はい」、「いいえ」で回答するだけで、国や地方公共団体に被害状況を伝達することができます。災害時の点検報告については、最少4回のタップで報告が可能です。
- 災害時の点検報告への活用
本アプリを用いて、災害時のため池の緊急的な点検報告ができます。また、アプリから撮影した現地の被害写真も共有が可能です(図2、図3 ; 点検報告の様子)。実際にため池に被害がある場合には、アプリから報告することで、国や地方公共団体からの迅速な支援を受けられることがため池管理者にとってのメリットです。
点検結果はアプリの地図画面上で「危険(赤色)」「注意(黄色)」「安全(青色)」で表示されます。また、他の端末のアプリや「ため池防災支援システム」からの報告もアプリに表示されます。ため池管理者、地方公共団体、国からの災害支援者とで協力して点検報告が可能です。
- 日常点検への活用
農林水産省の手引き「ため池管理マニュアル」に記載されている点検様式がアプリに格納されており、質問に「はい」「いいえ」で回答することによって、ため池の施設の劣化や管理の状態を報告することができます。報告すると、管理状態を評価して、「危険」「注意」「注意(改善)」「注意(悪化)」「安全」の表示を行います。
- 山奥で電波が届かないため池の場合や災害時に通信ができない場合にも、アプリに記録しておけば、通信が回復した時点で自動的に報告が行われます。
- プッシュ通知機能
地震や豪雨が発生してため池の点検が必要になると、「ため池防災支援システム」からアプリに、「緊急点検対象のため池」のプッシュ通知が自動的に配信され、点検が必要なため池が地図に表示されます。また、台風が近づいているときなど、ため池の監視等に注意が必要な場合には、国や都道府県から、注意喚起のプッシュ通知がアプリに送られます。
地方公共団体にとっての特長
- 本アプリは、ため池管理者だけでなく、市町村や都道府県の地方公共団体の職員も利用することができます。市町村職員は、「ため池防災支援システム」でも点検報告が可能ですが、操作が簡単な本アプリによる報告をお勧めします。
- ため池の数が多い市町村では、ため池管理者にアプリから点検報告してもらうことによって、災害時の点検の省力化・迅速化が図れます(図4)。
- プッシュ通知機能を用いて、都道府県からため池管理者に、豪雨が予想されるときの注意喚起だけでなく、ため池管理者登録等に関する連絡等にも利用可能です。
「ため池管理アプリ」の入手方法
- 本アプリは、「Playストア」「Appストア」から自由に入手できます。ただし、利用開始には、地方公共団体から配布される利用開始QRコードが必要です。
- 本アプリは、Android6.0以降のAndroid端末とiOS10.3以降のiOS端末に対応しています。
今後の予定
今後は、国や地方公共団体と協力して、全国のため池管理者への普及を図っていく予定です。ため池管理者や地方公共団体の意見を踏まえて、使いやすさなどの改良を行っていく予定です。
用語の解説
- 決壊 :
- ため池の堤体(水を貯めるために、小さい沢や河川に土を盛ってせき止めた堰)が壊れて貯水が一気に流れ出す現象です。地震の場合は揺れによって堤体が沈下したり崩れたりして決壊することがあります。豪雨の場合は、大量の雨水がため池の貯水池に流れ込み、堤体の上を水が溢れて浸食されること等により決壊することがあります。[概要へ戻る]
- 緊急点検 :
- 主に地震の直後にため池に損傷がないかを点検することをいいます。震度4以上の地震が発生した場合に防災重点ため池(決壊した場合の浸水区域に家屋、公共施設等が存在し、人的被害を与えるおそれがあるため池)について被災の有無を農林水産省に報告することになっています。豪雨では大雨特別警報が発令された地域のため池が緊急点検の対象となります。[概要へ戻る]
- (ため池の)老朽化 :
- 老朽化によりため池の堤体が水漏れしたり、変形したりする状態をいいます。洪水吐(大雨のときに水を安全に放流するための水路)や取水施設(用水を取水するための施設)などの損傷等も含まれます。[概要へ戻る]
- ため池の管理状況 :
- ため池の堤体の草刈りや洪水吐に溜まったごみの除去など、ため池を安全に保ち、安定的に取水するための施設管理の状況をいいます。[概要へ戻る]
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発表論文
- 堀 俊和ほか、災害時のため池の被害情報の迅速な把握と防災対策への活用、地盤工学会誌、2020年
参考図