プレスリリース
(研究成果) 無人航空機による施設点検手法の手引きを作成

- 農業水利施設及び海岸保全施設の点検労力を2割削減 -

情報公開日:2021年8月26日 (木曜日)

農研機
国際航業株式会社

ポイント

農研機構は、国際航業(株)と共同で農業水利施設や海岸保全施設の点検を効率的に行うため、ドローンなどの無人航空機を活用した点検手法を開発しています。今回、現場技術者が無人航空機を活用して点検を行うための手引きを作成しました。

概要

インフラの老朽化判断には点検が重要ですが、費用と人材が限られているため効率的な点検手法が求められています。農業水利施設や海岸保全施設の点検を効率化するため、農研機構は、国際航業(株)と共同で無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle、写真1)を活用した点検手法を開発し、現地実証試験を行ってきており、今回、開発した点検手法の手引きを作成しました。
本手引きは、農業用ダム、頭首工、用排水機場、開水路等の農業水利施設及び海岸保全施設の合計16箇所を対象に行った老朽化判断の実証試験をケーススタディとして整理し、現場技術者が具体的かつ効率的に施設の点検が行えるよう取りまとめたものです。本手引き(PDF形式)は、農研機構のウェブページ(以下リンク先)から無料でダウンロードできます。

https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/143363.html

関連情報

予算 : 農林水産省「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業「農業水利施設ストックマネジメントの高度化に関する技術開発」(2016-2019)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長藤原 信好
国際航業株式会社 代表取締役 社長土方 聡
研究担当者 :
農研機構農村工学研究部門 水利工学研究領域 領域長桐 博英
広報担当者 :
農研機構農村工学研究部門 渉外チーム長猪井 喜代隆

詳細情報

開発の社会的背景

【社会的背景】
基幹的な農業水利施設のうち、ダム、頭首工、用排水機場等が約7千箇所、用排水路は約5万kmが整備されていますが、これらの施設の多くは老朽化が進行しており、今後、適正な維持管理により長寿命化を図ることが必要です。一方、施設の維持管理においては点検が重要ですが、費用と人材が限られているため効率的な点検手法が求められています。

【UAVを活用したインフラ点検の技術動向】
UAVは、機体やソフトウェアの低価格化、デジタルカメラの高性能化等で空撮画像から3次元データを手軽に生成可能となり、インフラ点検での活用が増えています。また、今後のUAVの性能向上、計測・画像処理技術、AI等の情報技術の発展により、施設の点検が高度化かつ効率化されていくことが予想されます。

【技術の社会実装における課題】
UAVを使用した空撮は一般での使用が広がりつつあります。しかし、空撮画像から正確なコンクリート表面のひび割れ判定や施設の3次元データを作成するには、機材の選定や飛行方法、データ処理の方法等、様々な点で経験に基づいた専門知識が必要なため、現場技術者がUAVを使用した点検を目視点検に代わる高い精度で行うことは困難です。さらに、多様な農業水利施設の工種ごとに点検の経験を積むのにも時間を要するという課題があります。

研究の経緯

国際航業(株)と農研機構は、秋田県立大学と共同で官民連携新技術研究開発事業(農林水産省、H26~28)において、UAVを活用して効率的に農業用の水路や海岸堤防の沈下、ひび割れ等の劣化を検出する技術を開発し、その成果をUAV計測を活用した点検調査の総論として取りまとめ、「農業水利施設及び海岸保全施設のストックマネジメントのための無人航空機(UAV)活用の手引き(案)」として公表しました(H29年3月)。

https://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/kanmin/attach/pdf/kanryou-80.pdf

さらに、国際航業(株)と農研機構は、応用技術(株)、(株)水域ネットワーク、富士フイルム(株)と共同で「「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業(生物系特定産業技術研究支援センター、H28~R1)」(以下、「知」の集積プロ)において、ダム、頭首工、用排水機場でUAVを用いた施設の点検を実証するとともに開水路と海岸保全施設で実証地区を追加し、写真測量で生成した3次元モデルによる計測精度の検証を進めてきました。

今回、「知」の集積プロで実施したUAV計測による施設ごとの調査をケーススタディとして整理し、現場技術者が具体的かつ効率的に施設点検に利用できるよう、実習編の手引きとして「UAV計測点検手法の手引き(案)-海岸保全施設及び農業水利施設-(R3年3月)」を取りまとめました。

研究の内容・意義

  • 従来の目視や計測による点検とUAVを活用した点検(表1)を行った場合の開水路と海岸保全施設での点検労力(人・日)を比較したところ、UAVの活用により約2割省力化できることがわかりました(表2)。
  • 実証試験では、計測に使用されるUAV(計測型UAV)に加え、一般に流通する汎用機(簡易型UAV)を用いて点検を行い、判別できるコンクリート構造物のひび割れ等の判読精度から各機種の適応範囲を明らかにしました(表3)。
  • また、実証試験では、GNSS単独測位1)による自律飛行を基本としつつ、UAVを安定的に飛行させて写真撮影時の機体の動揺や位置のズレを抑えて写真測量の精度を高めるため、UAVの位置計測にRTK-GNSS測位2)システムを導入した場合の飛行安定性についても評価し、RTK-GNSS測位の導入がUAVの飛行ルートの精度を高めるのに有効であることを示しました(図1)。
  • 以上の成果をもとに、現場の技術者がUAV計測を用いた農業水利施設、海岸保全施設の点検調査に活用できるよう、施設ごとの撮影方法、3次元データの解析方法などを具体的に説明した手引きに取りまとめました(図2)。
  • 手引きでは、デジタルカメラを搭載したUAV、3次元モデリングソフトウェアを用いた空中写真撮影により、写真画像を用いたひび割れ判読や対象構造物の3次元データに基づく構造物の変状抽出を行い、施設維持管理への適用可能性を検討し、UAV計測の精度、効率性等についての事例を取りまとめています。

今後の予定・期待

本手引きを現場技術者が広く活用することにより、点検・維持管理作業に効率的かつ安全に従事することが可能となり、本研究で開発したUAVの3次元計測をはじめとする新たなICT技術が、将来のインフラ管理手法への発展・活用へのきっかけとなることが期待されます。

用語の解説

GNSS単独測位
複数のGNSS3)衛星から送信された衛星の位置や時刻などの情報を1台のアンテナで受信し、電波が発信されてから受信機に到達するまでに要した時間を距離に変換することで受信機の位置情報を計測する方法。カーナビゲーションシステム等で広く使用されているが、数mの測位誤差が生じることがある。[研究の内容・意義へ戻る]
RTK-GNSS測位
絶対位置が既知である点に設置した固定局(基準局)から送られる校正情報をもとにGNSS測位の結果を補正することで、移動局(今回の場合はUAV)の位置を高精度で計測することができるGNSS測位方法。[研究の内容・意義へ戻る]
GNSS(全球測位衛星システム:Global Navigation Satellite System)
米国のGPS、日本の準天頂衛星(QZSS)、ロシアのGLONASS、EUのGalileo等の衛星測位システムの総称。[用語の解説へ戻る]

発表論文

  • 金子俊幸・井下恭次・神田康嗣・大竹臣哉 : 海岸保全施設の維持管理へのUAV計測の適用性について、 水産工学 Vol.56、No.2、pp121-131、2019
  • 白谷栄作・金子俊幸・井下恭次・藤家亘・関島建志・桐博英 : 農業水利施設等のUAV計測点検手法の評価、水土の知、Vol.88、No.7、pp565-570、2020
  • 水上幸治・白谷栄作・桐博英・関島建志・金子俊幸・大石 哲・豊福恒平 : UAVによる海岸堤防の点検効率化のための変状自動抽出手法、土木学会論文集B2(海岸工学)、74(2)、I_1435-I_1440、2018

参考図

写真1 実証試験に利用したUAV(計測型)
(プロペラがあるものをドローンと呼ぶ。)
表1 従来手法とUAVを利用した点検手法の調査内容
表2 従来手法とUAVを利用した点検による作業労力の比較
表3 UAV機種ごとのひび割れ幅の抽出精度
図1 UAV位置の測位方法別の飛行誤差
図2 UAV計測点検手法の手引き(左:官民連携事業で作成の総論編、右:今回作成の実習編)