プレスリリース
(研究成果) 取水堰などの洪水被災を防ぐネット工法

- 強靱なインフラを低コストで実現し維持し続ける技術の開発 -

情報公開日:2022年9月29日 (木曜日)

農研機
ナカダ産業株式会社

ポイント

農研機構とナカダ産業株式会社は、取水堰(しゅすいぜき)1)などの洪水被害を防ぐ効果が高く、かつ小規模改修で済む新たな護床(ごしょう)2)工法(ネット工法)を共同で開発しました。本成果は強靱な農業インフラを低コストで実現し、維持し続けるのに役立ちます。

概要

農研機構とナカダ産業株式会社は、取水堰などを洪水被災から守る効果が従来工法より高く、かつ施工及び維持の工費・工期を従来よりも縮減できる新たな護床工法としてネット工法を開発しました。ネット工法は、連結護床ブロックにネットもしくはグラベルマット3)を独自の方法で組み合わせたものです。

洪水時の洗掘(せんくつ)4)による(せき)の被災を防ぐ工法としては、堰下流に床止(とこど)5)を設ける工法(以下、「床止め工法」と記す)が効果的ですが、床止めが護床よりも高コストなうえ、床止めの下流に新たに護床を設ける必要がありました。このため、工事は、(堰直下流の既存護床改修)+(既存護床直下流に護床よりも高コストな床止めを新設)+(床止め直下流に床止め保護用の護床を新設)と煩雑でしたが、ネット工法では既存護床を改修するだけで済みます。また、床止め工法では、改修後の洪水で床止め下流の護床が流失し床止めが被災するリスクがありましたが、ネット工法は、護床自体を流失しにくく強靱化・耐久化しているうえ、万一、洪水等で護床直下流の洗掘が増大しても、その改修は護床延長のみで済みます。ゆえに維持費も床止め工法より低廉となります。なお、ネット工法は、橋脚下流や床止め下流の保護工(護床)にも使えます(ただし上流側河床を高く保つ機能は無く床止め工自体の代用にはならない)。堰底面の土砂漏出、空洞化を抑えられるので、堰の老朽化や止水壁破損事故での被害抑制、復旧の容易化にも役立ちます。

関連情報

予算 : 交付金、民間資金等(資金提供型共同研究)

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門所長藤原 信好
ナカダ産業株式会社代表取締役社長蓑川 的人
研究担当者 :
農研機構農村工学研究部門 技術移転部教授常住(つねすみ) 直人
広報担当者 :
同 研究推進部渉外チーム長猪井 喜代隆

詳細情報

開発の社会的背景

取水堰築造後、砂利採取、治水掘削等による下流河床の低下が堰付近まで波及している事例が全国で多数見られます(図1)。このような堰では大洪水時に堰エプロン6)直下流が大きく洗掘され被害を受けやすいため、現在、護床ブロックの追加、大型化、連結化等の方策が取られていますが、堰エプロン直下流の洗掘に対し遅延効果はあるものの大洪水時の洗掘被災は防げず、中小洪水でも改修が頻繁化することが分かってきました(発表論文3)。このような堰の洗掘被災を確実に防げる工法としては床止め工法(図2)が考えられますが、堰新設に近いコストを要すうえ、床止め直下流の洗掘までは防げず、更なる床止め増設が必要になります。これら被災復旧費用は常時の維持管理費用よりも嵩むので、堰の長期供用コストを大きく増大させます。

そこで、本研究では河床低下に抗して堰の長期供用とライフサイクルコスト7)縮減を図るべく、大洪水時の堰被災を防げ、復旧費用も抑えられ、かつ床止め工法よりも低廉となる新たな護床工法(ネット工法、図2)を開発しました。

研究の経緯

築造後、種々の要因により下流河床が低下した農業用取水堰では、繰り返しの洪水により、護床工の変形や堰直下流の洗掘が起きます。これらに対し、取水堰の長期供用やライフサイクルコスト低減を図れる最適な改修工法を開発すべく、まず河床低下の要因と大きさを現地調査等から特定し(発表論文1)、それに基づき護床変形の進行メカニズムを実験的に解明しました(発表論文2)。その結果、下流河床の低下による護床工の傾斜化を一定以下で抑え、護床縦断形状を安定させることが被害防止には必要と判明しました(図1)。

しかし、護床が傾斜化すると護床上は高流速となり、被害が著しくなる大洪水時は特にそうなるので、従来、河床低下が無い場合の堰直下流の洗掘防止に用いていた吸い出し防止マットが機能するかは不明でした。本研究では、下流河床低下で護床が傾斜した状態でのマットの有効性を最初に明らかにしましたが(発表論文3)、マットでは施工費が嵩み、かつ補修もしにくい問題が残りました。

これらの点を改善するため、通水性が高く洗掘されやすいと見られたネットでも護床縦断形状を安定させられる工法を開発した点(図2~図4)、かつ流下砂レキで断裂しやすいネットの破損を防げる構造とした点(図2)、また、万一、ネット亀裂があっても護床面の局所的な陥没で済むフェイルセーフ8)な工法である点、更に当工法の設計に必要な図表も導出した点(発表論文4)に本成果の特徴があります(発表論文56)。

研究の内容・意義

  • 今回開発したネット工法(図23)は、連結護床ブロックにネットもしくはグラベルマットを独自の方法で組み合わせたものです。床止めと護床のセットを新たに堰護床の下流に施工する従来の床止め工法(図2)に対し、床止めより施工費も安い護床の改修だけで済むので(既存の堰護床の改修のみ)、工費を低減できます。
  • ネット工法には、護床ブロック間にネット被膜を垂らした「蜘蛛(くも)の巣状ブロック工法」と、護床ブロック底面に砂利を詰めた袋状ネット(グラベルマット)を敷設した「グラベルマット工法」の2種があります(図3)。これらには新たに考案した「ひさし・受け構造(図2)」のブロックを用いており、ネット被膜やグラベルマットに河川の流下砂レキが当たりにくくなっています。このため、ネット亀裂は起きにくく、工法の耐久性も高くなっています。万一、ネット亀裂が生じても一回の洪水では護床面の局所凹みで済むのでフェイルセーフとなるうえ、上記2工法ともセル構造ゆえ、パッチ補修(部分補修)が容易です。
  • また、ネット工法では、護床自体が強靱化、安定化するので(図4)、事後の洪水に対する維持費も安くなります。床止め工法のように、事後の洪水に対して床止め下流の護床改修の繰り返し、床止めの被災復旧、床止め下流への更なる床止め追加など、多額の維持費が掛かることがないので、維持費も従来工法より縮減できます。
  • 水理模型実験による大規模洪水長時間通水後の堰エプロン直下流の洗掘抑止状況を図4に示します。この実験は、国内外で堰やダム放流施設の最終施工形状確定に用いられてきた「相似則に即した模型実験」であり、現地の状況を精度良く再現できています。
  • ネット工法は、堰だけでなく橋脚や床止めの下流保護工として、それらの洪水被災防止にも適用できます。

今後の予定・期待

取水堰は、低平地の田畑へ低コストで自然送水するため、全体の85%程度が標高の比較的高い河川中上流域にあります。したがって、堰直下流の洗掘が必然的に起きやすいため、多くの堰でネット工法の需要が見込まれます。適用後は堰直下流の洪水洗掘被害が確実に抑えられ、かつその改修費、維持費も縮減されます。その結果、既存の農業インフラを今以上に強靱化させつつ、維持費を含めた低コスト化が持続的になされ、SDGsにも大きく寄与することになります。

用語の解説

取水堰
土砂混入を防いで水だけを農業用水路に取り入れるため、河川の水位を上げるべく設けられる河川横断構造物。現在ではほとんどがコンクリート製である。[ポイントへ戻る]
護床
堰直下流での洗掘による堰破損を防ぐべく、コンクリート製ブロックを敷き詰めた構造物。エプロンの直下に設けられる。[ポイントへ戻る]
グラベルマット
砂利や砕石をネット袋に充填したもの。[概要へ戻る]
洗掘
流水により河床が掘れること。洪水時に堰直下流で洗掘が大きくなると、そこに堰底面の土砂が漏出して、底面陥没から堰決壊被害に至ることがある。[概要へ戻る]
床止め
堰や橋脚などの下流側の河床高さを維持して洗掘を抑えるために設ける河川横断構造物。構造的には堰とほぼ同じ。設置後に床止め下流で洗掘が起き、床止め自体が洪水被災で破損することもあり、その場合、床止めを下流に順次追加することもある。[概要へ戻る]
エプロン
堰下流部の鉄筋コンクリート製等の底版。堰底面を浸透する流れを抑えるのに十分な長さとされる。[開発の社会的背景へ戻る]
ライフサイクルコスト
施設の建設に要する経費に、供用期間中の運転、補修等の管理に要する経費及び廃棄に要する経費を合計した金額。[開発の社会的背景へ戻る]
フェイルセーフ
被災、損壊が起きても損害を一定以下に小さく抑えられること。[研究の経緯へ戻る]

発表論文

  • 常住直人,後藤眞宏,浪平篤:大都市圏の農業取水堰周辺における河床変動とその影響に関する一考察,応用生態工学,Vol.12(2),pp.131-140,2010.[研究の経緯へ戻る]
  • 常住直人,高木強治,島崎昌彦,吉永育生:農業取水堰下流の河床変動状況と洪水時護床変形に関する実験的検討,土木学会河川技術論文集,Vol.20,pp.301-306,2014.[研究の経緯へ戻る]
  • 常住直人,高木強治,島崎昌彦,吉永育生:堰下流河床低下時の護床工法の比較実験,農村工学研究所技報,Vol.218,pp.99-106,2016.[開発の社会的背景へ戻る] [研究の経緯へ戻る]
  • 常住直人:取水堰直下落下流による経時洗掘深に関する実験的研究,農業農村工学会論文集,Vol.86(2),pp.Ⅱ63-Ⅱ68,2018.[研究の経緯へ戻る]
  • 常住直人,関谷勇太:蜘蛛の巣状ブロック、グラベルマットによる堰直下の洗掘・河床低下対策,令和4年度農業農村工学会大会講演要旨集,pp.279-280,2022.[研究の経緯へ戻る]
  • 常住直人:河床被覆材敷設護床による堰直下の河床低下・洗掘抑制効果,土木学会河川技術論文集,Vol.28,pp.415-420,2022.[研究の経緯へ戻る]

参考図

図1 洪水時のセキ破壊のメカニズム
図2 開発したネット工法(上)と従来の床止め工法(下)
図3 ネット工法の2種の工法模式図
図4 大規模洪水長時間通水後の堰エプロン直下流の洗掘抑止状況
(フルード相似模型による実験結果)