プレスリリース
(研究成果) 農業用ダムの事前放流によって洪水を軽減する効果の 簡易推定手法を開発

情報公開日:2023年3月16日 (木曜日)

ポイント

農研機構は、農業用ダムにおいて豪雨の前に放流した場合に、下流域の河川の洪水ピーク時の流量を低減する効果を簡易に推定する手法を開発しました。本手法では、農業用ダムの事前放流によって確保されたダムの空き容量の指標1)と流域の集水面積2)の指標を用いて、他のダムの影響を受けない範囲で、ダム下流域の河川の任意の地点での洪水ピーク時の流量を低減する効果を推定できます。本手法は、行政部局が策定する農業用ダムを活用した流域治水3)の計画立案において参考となることが期待され、流域の洪水被害の軽減に貢献します。

概要

近年、豪雨による水害が激甚化・頻発化する傾向にあり、流域内のあらゆる関係者(国、自治体、利水者、企業、住民等)が協働して水害の軽減を目指す流域治水の取組みが拡大しています。その一環として、農業用水の貯水を目的とする農業用ダムにおいても、豪雨の前に放流(以下、事前放流)を行い、ダムの空き容量を確保して洪水の一部を貯留することで洪水を軽減するための運用が開始されました。しかし、事前放流によって洪水を軽減する効果の定量的な推定は、河川によって農業用ダムの貯水容量や流域の地形が異なり、雨の降り方の影響も受けることから非常に複雑で、多大な労力と時間がかかります。そのため、この効果を簡易に推定する手法の開発が求められていました。

そこで、農研機構は、農業用ダムの事前放流によって河川の洪水ピーク時の流量を低減する効果(ピークカット効果)を、下流域の河川の任意の地点において定量的かつ簡易に推定できる手法を開発しました。この手法では、下流域の河川の任意の地点での事前放流のピークカット効果を、農業用ダムの事前放流によって確保したダムの空き容量の指標と、下流域の河川の地点における集水面積比4)の2つの指標によって推定することができます。本手法は、行政部局による流域治水の計画立案において参考となることが期待され、流域の洪水被害の軽減に貢献します。

関連情報

予算 : 運営費交付金、民間資金等(資金提供型共同研究)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長藤原 信好
研究担当者 :
同 水利工学研究領域 研究員相原 星哉
広報担当者 :
同 渉外チーム長猪井 喜代隆

詳細情報

開発の社会的背景

平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風等、激甚な水害が日本全国で頻発したことを受け、流域治水の取組みが拡大しています。2020年には、農業用水の貯水を目的とする農業用ダムにおいても、洪水調節に係る運用が開始されました。事前放流はその取組みの一つで、豪雨が予測される場合に、洪水の前に貯水を放流して、ダムの空き容量を確保するものです。しかし、農業用ダムは、農業用水の貯水を本来の目的としているため、下流域の洪水の軽減に対する効果の検討はこれまで十分ではなく、その効果の定量的な推定手法は確立されていませんでした。

研究の経緯

農業用ダムの事前放流によって洪水を軽減する効果は、ダム地点において最も大きく、下流に向かうにしたがって減衰し、その減り方は流域の地形や雨の降り方によって大きく異なります。このため、事前放流による効果を定量的に評価するには、流域の特徴を再現する詳細な水文モデル5)等による計算が必要で、多大な労力と時間を要します。そのため、例えば自治体や行政部局による流域治水の取組みにおいて、農業用ダムの役割を位置づけることが難しく、事前放流の効果を定量的かつ簡易に推定できる手法の開発が求められていました。

研究の内容・意義

  • 本手法は、農業用ダムの流域を対象とした水文モデルによる計算結果を類型化したものです。水文モデルでは、東北から九州までの9の流域を対象とし、事前放流によって農業用ダムに空き容量を確保した場合(事前放流あり)と、農業用ダムに空き容量が無く満水の場合(事前放流なし)の2通りの計算を実施し、両者による河川のピーク流量の値を比較しました。その際の降雨は、3種の降雨パターンについて、24時間降水量が150~400 mmの範囲で50 mmごとの6段階の条件としました。農業用ダムからの放流量は、堤頂の越流部から放流する(洪水放流設備は操作しない)と仮定して計算しました。
  • 本手法では、農業用ダムの事前放流によって、河川の洪水ピーク時の流量が低減する割合(ピークカット率)を、事前放流によって確保したダムの空き容量を使った指標と、下流域の河川の地点における集水面積比の2つの指標によって推定します(図1)。まず、農業用ダムの直下流地点におけるピークカット率を、空き容量を使った指標により推定します。次に、下流域の河川の任意の地点におけるピークカット率を、先に求めた直下流地点におけるピークカット率の値と集水面積比により推定します。
  • 直下流地点におけるピークカット率は、24時間降水量の値と空き容量の指標を使ったグラフから推定します(図2右)。グラフでは、24時間降水量の値ごとに1本の曲線があり、原点からスタートして右上がりで、ある一定の値で横ばい状態となります。24時間降水量の値が大きいほど、グラフ上で曲線が右側に位置すること、また、横ばい状態の値が小さいことは、豪雨時にはピークカット効果が低下することを意味します。
  • 農業用ダムの下流域の河川の任意の地点におけるピークカット率は、集水面積比との関係を表すグラフから推定します(図3右)。直下流地点と下流域におけるピークカット率の比は、集水面積比とほぼ同じ値になるため、直線的に減少するグラフとなっています。したがって、下流域におけるピークカット率は、直下流地点のピークカット率に集水面積比を乗じることで推定できます。ただし、農業用ダムの集水域よりも下流域の方が、降雨が強い傾向の流域においては、下流域におけるピークカット率は、直線的ではなくより急速に減少する点に留意が必要です。

今後の予定・期待

本手法は、農業用ダムを活用した流域治水の計画立案の支援として、洪水被害の軽減に対する各地の農業用ダムの事前放流の効果や、効果が期待できる降雨規模を推定するために活用できます。

また、本手法で推定された河川流量のピークカット効果に、下流の評価対象地点における河道断面の情報等を適用すれば、洪水ピーク時の河川水位を低下する効果についても評価できます。

今後は、24時間よりも長時間継続する降雨に適用した場合や、堤頂の越流部からの放流以外に洪水放流設備からの放流操作を考慮した場合のピークカット率の変化についても評価を実施する予定です。これにより、本手法のさらなる汎用性の向上が期待されます。

用語の解説

空き容量の指標
事前放流によって農業用ダムに確保した空き容量を農業用ダムの集水面積で割った値で(式1)、単位は雨量と同じmmです。空き容量の体積が同じでも、集水面積が大きいほど、降雨による貯水池への流入量は大きくなり、空き容量を消費して洪水を貯留できなくなるため、農業用ダム直下流地点におけるピークカット効果を評価するには、農業用ダムの集水面積の大きさを考慮する必要があります。
空き容量の指標(mm)= 事前放流により確保した農業用ダムの空き容量(千m3) 農業用ダムの集水面積(km2) (式1)
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集水面積
流域内のある地点に対して、地表面の勾配に従って流水が集まってくる領域(集水域)の面積です。
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流域治水
河川管理者(国土交通大臣、都道府県知事または市町村長)が主体となって行う治水対策に加え、氾濫域も含めて一つの流域としてとらえ、その河川流域全体のあらゆる関係者(国、自治体、利水者、企業、住民等)が協働し、流域全体で水害を軽減させる治水対策です。
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集水面積比
農業用ダムの集水面積と下流の評価地点における集水面積の比による指標です(式2)。農業用ダムの集水面積に対して下流の評価地点における集水面積の割合が大きくなるほど、ダムからの放流量が河川流量に占める寄与は小さくなることを表現した指標で、0に近づくほど、農業用ダムから離れた場所であることを示します。
集水面積比= 農業用ダムの集水面積(km2) 下流の評価地点における集水面積(km2) (式2)
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水文モデル
流域への降雨と河川への流出の関係を数理的に表現したモデルです。本研究で使用したモデルは、対象流域を1 km四方のメッシュ(格子状に等間隔の縦横線で区切られたマス目)に分割し、メッシュごとに降雨による河川への流出量を計算することで、流域全域での河川の流量を計算します。また、農業用ダムが位置する地点での貯留・放流操作を設定することで、農業用ダムからの放流が河川流量の変化に及ぼす影響を評価できます。モデルの計算時間間隔は1時間です。
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発表論文

  • 相原星哉、吉田武郎、上山泰宏(2023):農業用ダムにおける事前放流の治水効果の類型化、農業農村工学会論文集、316、I_29-I_37.
  • 相原星哉、吉田武郎、皆川裕樹、髙田亜沙里(2023):分布型水循環モデルにおける短期流出過程の改良、農業農村工学会論文集、316、I_21-I_28.

参考図

図1 農業用ダムの事前放流によるピークカット効果の推定手法の概略

事前放流によって空き容量が増加することで、洪水を一時貯留でき、ダムからの放流量が減少し、それにより下流の河川流量が低減します。本手法では、まず、農業用ダムの直下流地点におけるピークカット効果を、事前放流により確保したダムの空き容量の指標を用いて推定します。そして、直下流地点におけるピークカット効果と集水面積比により、下流域の河川の地点におけるピークカット効果を推定します。

図2 農業用ダム直下流地点におけるピークカット率と空き容量の指標の関係

農業用ダムの直下流地点におけるピークカット率(図3左のa/d)と空き容量の指標の関係は、右上がりで、ある一定の値で横ばいとなる曲線で表されます(左図)。24時間降水量の値ごとに1本の曲線があり、24時間降水量が大きいほど、曲線はグラフの右側に位置し、横ばい状態となる値も小さくなります(右図)。各農業用ダムで事前放流によって確保した空き容量の指標を算出すれば、各降水量の曲線との交点を読み取ることで、直下流地点におけるピークカット率を概算できます。

図3 農業用ダムの下流域の河川の地点におけるピークカット率と集水面積比の関係

下流域の河川の地点におけるピークカット率は、下流に向かうにつれて、右図の実線のように直線的に減少します。ダムの直下流地点におけるピークカット率(a/d)と下流域におけるピークカット率(b/e,c/f)の比は、集水面積比とほぼ同じ値となります。したがって、下流域の河川の任意の地点におけるピークカット率は、直下流地点におけるピークカット率に集水面積比を乗じることで概算できます。ただし、農業用ダムの集水域よりも下流域の方が、降雨が強い傾向の流域では、下流域におけるピークカット率は直線的ではなく、急速に減少することに留意が必要です(右図の破線)。