プレスリリース
(研究成果) 営農活動による地域への経済波及効果と環境影響を同時に評価できるWEBツール

情報公開日:2023年7月18日 (火曜日)

※修正(2023年10月20日):本文と図に誤りがあり情報を修正しました。詳細については正誤表【PDF:395KB】をごらんください。

ポイント

現状の営農活動から派生する地域経済への波及効果1)産業連関分析2)によって推計することができ、併せて営農活動によって直接・間接に生じる環境影響を推計することができます。ユーザーはブラウザ上で営農活動地域と資材や燃料などの調達にかかった経費を品目別に入力するだけでよく、専門的な知識は必要ありません。市町村等が、農業分野における脱炭素化に向けた方策を検討する際に役立ちます。

概要

持続可能な社会の実現に向けて、農業分野においては、営農活動による地域経済の活性化と環境影響の削減が両立できるような施策の推進が求められています。そのため、脱炭素事業に取り組む自治体は、事業実施による地域経済への波及効果と環境影響について定量的に評価し、両者のバランスを勘案したうえでどのように施策を推進するか判断していく必要があります。

そこで農研機構は、産業連関分析を用い、現状の営農活動による地域経済への波及効果(経済波及効果)と環境影響をブラウザ上で同時に、かつ簡易に算定できるツールを開発し、ウェブサイトに公開しました。営農活動で使用した種苗や肥料といった資材や燃料の経費を対話形式に従ってブラウザ上に入力することで、地域経済の構造に即した経済波及効果と直接・間接に生じる環境影響を推計できます。また、各都道府県における経済波及効果を地域シェア法3)を用いて按分することにより、市町村ごとに経済波及効果を算定できるようにしました。そのため、市町村における脱炭素事業の担当者等が、営農活動による地域経済への波及効果や環境影響の現状を把握するために利用することができます。さらに、条件を変えて試算することで、地域経済への波及効果と環境影響軽減の両立という視点に立ち営農活動を評価したり探索したりするのにも使うことができます。

今回のプレスリリースと同時に本ツールの説明動画を公開しましたので、そちらも併せてご確認ください。

意義目的編 : https://youtu.be/_zVvbflxUAU、使い方編 : https://youtu.be/vdgzz4KQdUY

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産研究推進事業(脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト)」JPJ009819(2021-2025)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長渡嘉敷 勝
研究担当者 :
同 資源利用研究領域渡邉 真由美
広報担当者 :
同 研究推進部 渉外チーム長林田 洋一

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

2021年に農林水産省により策定された「みどりの食料システム戦略4)」において、食料・農林水産業の分野においても、2050年カーボンニュートラル5)の実現に積極的に貢献していく必要があると示されました。現状の農業は、化石燃料に大きく依存しており、今後農業がカーボンニュートラルに向けて舵を切るためには、再生可能エネルギーの活用、環境に配慮した営農技術の導入などの様々な取り組みが必要でしょう。

そのため、まずは、現状の営農活動による温室効果ガス(以下GHG : Greenhouse Gas)排出量やエネルギー消費量を詳細に把握することが必要になります。また、農業におけるGHG排出量削減と地域経済の活性化の両立には、農業や取引のある他産業が地域の経済にどのようにかかわっているかを把握し、脱炭素技術の導入や施策の展開を進めることが望ましいことから、本ツールでは、営農活動による経済波及効果と環境影響(GHG排出量やエネルギー消費量)を同時に評価することを目指しました。

研究の内容・意義

農業生産の環境影響を評価するには、圃場で生じる影響(直接影響)に加えて、農業で用いる様々な資材などの製造過程で生じる影響(間接影響)まで含めて正しく評価する必要があります。そのための手法として広く用いられているのが、ライフサイクルアセスメント(LCA)で、大きく分けて、資材の種類を細かく分類してそれらの製造過程をたどってゆく「積み上げ法」と、マクロ経済分析のひとつである産業連関分析を援用する「産業連関法」の2種類があります。

本ツールでは、後者の産業連関法を用いています。この方法では、まず地域経済への波及効果を求めたうえで、それに環境影響係数をかけて環境影響を求めます(図1)。産業連関分析を用いたライフサイクルアセスメント(LCA)には、従来から、国立環境研究所の「産業連関表による環境負荷原単位データブック(3EID)6)」などが用いられてきました。しかし、3EIDは全国産業連関表に基づいたLCAであるため、それ単独では地域経済の構造に即した環境影響や経済波及効果を求めることができません。

これに対し、本ツールは3EIDの情報を援用しつつ、各都道府県の産業連関表と地域シェア法を併用することにより、地域経済の構造を反映した分析を提供することができます。

特に、経済波及効果は、市町村レベルでの分析に基づき、サプライチェーン全体の地域自給率7)を把握することを可能としています。

開発したツールの特長

  • ウェブサイト(https://kinohyoka.jp)から、「営農活動の経済・環境影響評価ツール」を選択します。続いて、対話形式に従って活動地域や、使用する各種エネルギーの物量を指定し(図2)、それ以外の投入財(農業で使う資材やサービス)の支出額を入力します。以上により、計算が実行できます。
  • 計算は、ツールに組み込まれた都道府県内産業連関表や経済センサスなどのデータに基づき、産業連関モデルと地域シェア法を用いて行われます。これらの計算は自動的に行われるため、産業連関分析の専門知識は不要です。
  • 図3は、ある市における施設野菜(生産額百万円(生産者価格)あたり)の計算結果を示したものです。経済波及効果は、活動を行う市町村、県内の他市町村、県外に分かれて出力されます。これにより、農業を起点とするサプライチェーンのうち、何割が地元市町村ないし都道府県にとどまっているか、つまり川上産業(原材料・サービスの供給元)を含めたサプライチェーン全体の地域自給率がわかります。
  • また、経済波及効果と同時にGHG排出量とエネルギー消費量を計算し、直接/間接排出などの要因に区別して出力します。図4は、本ツールを用いて脱炭素に向けた施策を検討した例です。ある施設園芸の経営体が100万円(生産者価格)の作物を生産した時に、暖房において、化石燃料の燃焼から系統電力を用いたヒートポンプの使用に切り替えると、化石燃料燃焼に由来するCO2の排出量は1.343t-CO2eq(全体の33%)から0.053t-CO2eq(全体の1%2%)へ減少します。ヒートポンプの稼働により系統電力の使用量は増えるため、火力発電の割合が高い系統電力から間接的に排出されるCO2は増加しますが、成績係数(以下、COP)8)の高い設備(例えば地中熱源ヒートポンプ9))を用いることで、システム全体としてGHG排出量削減効果が生まれます(図4の①)。本分析における電力は、系統電力より調達することを想定した値ですが、仮に、その電力を、小水力発電など地域内に賦存する資源で賄うことができれば、電気代として域外に流出していた資金が地域内で循環し、エネルギーの地域自給率の向上が見込まれます。

今後の予定・期待

本ツールの解説記事を、農研機構研究報告第12号に掲載しています。

本ツールの応用例として、例えば、現在の営農活動と、そこから化学肥料を削減した仮想的な条件での営農活動を、資材等の物量に基づき比較することにも使えます。これにより、化学肥料の削減により営農から誘発される地域経済への波及効果がどのように変化するのかや、環境影響の変化を把握することができます。ただし、本ツールで得られる環境影響値は概算値である(下記「今後の課題」参照)ため、このような情報は、地域農業の脱炭素化に向けて、今後どのような施策に重点的に取り組めば良いかの大きな方針を行政担当者が考えるために用いられることを想定しています。

また、本ツールは、サプライチェーン全体の地域自給率を把握することにより、GHG排出削減のみならず、地域経済への貢献度も意識した施策を考えるうえで有用な情報を提供します。本ツールが、ユーザーの工夫により幅広く活用されることを通じ、地域経済に貢献する脱炭素施策の立案と実施の一翼を担うことを期待します。

今後の課題

本ツールは、経済波及効果と環境影響を同時に求められることが長所ですが、分析できる範囲が市場取引される財に限られ、また、投入される資材の細かな違い(例えば化学肥料の種類など)を反映できないなどの限界もあります。したがって、本ツールは、現状の農業技術や経済構造を前提とした経済波及効果の分析を基本に、GHG排出量やエネルギー消費量の概略を追加的に分析するものと位置づけられます。水田の中干し期間の延長やバイオ炭の施用など、主に市場取引の枠外で行われる技術を反映した精緻な環境影響の分析は、今後の研究の進展を待つ必要があります。

用語の解説

経済波及効果(地域経済への波及効果)
狭義では、「生産誘発額(後方連関効果)」(ある最終需要が生じたときに、その需要を支えるために、経済全体で必要となる生産増加額)です。ここでは、それに加えて、「付加価値誘発額」(生産誘発額のうち付加価値分)や「雇用誘発者数」(生産誘発に伴って創出が期待される雇用者の数)も含めた意味で用いています。
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産業連関分析
地域経済全体を複数の産業部門に分割し、それら部門間の取引を総合的にとりまとめた「産業連関表」を基盤とする一連の分析手法です。
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地域シェア法
活動を実施する市町村レベルの分析は、利用可能な統計資料が限られるため、市町村別・産業別の雇用者数比に基づいて当該県への波及効果を按分する、簡略化された手法(地域シェア法)を用いています。ここでは、分析の精度を高めるため、直接の支出が当該の市町村内外のいずれでなされたのかを、ユーザーが指定できます。
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みどりの食料システム戦略
食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるための政策方針として2021年5月に農林水産省によって策定された戦略です。
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カーボンニュートラル
人間の活動から生じるGHG排出量と、森林・農地やCCUS(炭素回収・利用・貯留)技術などによるGHG吸収量が均衡することを指します。
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産業連関表による環境負荷原単位データブック(3EID)
全国産業連関表などの様々な統計資料を用いて算出した"環境負荷原単位"を収録したデータブックのことであり、国立環境研究所より発行されています。本ツールは、2015年のデータを使用しました(下記URL参照)。
https://www.cger.nies.go.jp/publications/report/d031/jpn/index_j.htm
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地域自給率
地域の中で投入される財・サービスのうち、同地域において生産、供給された財・サービスの割合を指します。本ツールでは、経済波及効果のうち、生産誘発額や付加価値誘発額、雇用誘発者数は市町村レベル、県レベルでの地域自給率を推計することができます。市町村レベルの地域自給率を自市町村内率、県レベルでの地域自給率を自県率と定義し、本ツールでは結果を出力します。
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成績係数(COP:Coefficient of Performance)
熱を輸送するために投入されたエネルギーに対して、どれほどの熱エネルギーが輸送されたのか、効率を示す値です。COP=得られた熱エネルギー/消費電力量。
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地中熱源ヒートポンプ
地中熱源ヒートポンプは地盤や地下水といった地中より温熱・冷熱を取り出して利用する装置です。水や不凍液といった熱媒体を地中に循環させて熱を取り出すクローズドループ方式と、地下水をくみ上げて熱を取り出すオープンループ方式があります。
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発表論文

  • 上田達己、國光洋二、沖山充、徳永澄憲、石川良文(2019)扇状地の灌漑農業におけるエネルギー・温室効果ガス排出収支の実態―都道府県間産業連関分析によるライフサイクルアセスメント―、農業農村工学会論文集、87(1)、I_105-I_116.
  • 上田達己(2022)営農活動のための経済・環境影響評価ツールの開発、農研機構研究報告、12、13-24.

参考図

図1 WEBツールによる評価手順の骨子
図2 ツールのデータ入力
図3 ツールによる計算結果の出力例
図4 施策検討例
(一例として、施設園芸におけるヒートポンプ導入を評価。
ここでは、COP3.89の地中熱源ヒートポンプを系統電力で駆動すると仮定している。)