プレスリリース
(研究成果) 農業用開水路等の摩耗調査を省力化するプログラムを開発

- 画像解析の自動化で分析を大幅省力化 -

情報公開日:2024年3月 6日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、農業用開水路等の摩耗劣化の調査に関して、農林水産省のマニュアルに掲載されている調査方法に準拠した解析作業を、大幅に省力化するプログラムを開発しました。画像解析が自動化されることで、従来の手作業による解析作業と比べて省力化できるだけでなく、調査精度の向上にも貢献します。本プログラムは農研機構の許諾を受けることでどなたでも利用可能です。

概要

農業水利施設は、長年にわたって農業用水を供給し続けており、水が流れることで生じる摩耗劣化1)が問題になっています。摩耗すると施設の耐久性の低下に加えて表面に凹凸が生じることにより水の流れが悪くなり、水を適切に送れなくなるおそれがあります。そのため、農林水産省では、水を流す性能が大きく低下する前に、補修して性能を回復する予防保全の取り組みを進めています。そこで、補修の時期を検討するために、摩耗による性能低下の程度を調べる方法が必要となります。農研機構では、過去に摩耗量を簡単に測定するための方法を提案しています。この方法は、農林水産省の「農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル【開水路編】」に掲載されており、実際の水路の摩耗調査で用いられています。しかし、その作業の一部を手作業で行うため、調査・分析の手順に時間がかかること、画像解析に個人差が生じることが課題でした。

この課題を解決するため、このたび農研機構では画像解析を自動化するプログラムを開発しました。このプログラムは、画像解析から結果の表示までを自動化することで解析時間がほぼゼロとなり、作業時間を大幅に短縮させることができます。また、解析の個人差を解消することで、分析結果の精度も向上させることができます。

本プログラムは、市販の表計算ソフトウェアがあれば使用可能です。2023年12月より公開しており、許諾により一般の方にも利用していただけます。想定される主なユーザーは建設コンサルタント会社などです。本プログラムを活用することで、より多くの精度の高いデータを蓄積し、農業水利施設の劣化に迅速かつ正確に対応することが期待されます。

関連情報

予算 : 交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長渡嘉敷 勝
研究担当者 :
同 施設工学研究領域 主任研究員川邉 翔平
広報担当者 :
同 研究推進部 渉外チーム長林田 洋一

詳細情報

開発の社会的背景

営農に欠かせない水を運ぶコンクリート構造物は、長年使われると水と接触する部分が削られて摩耗します。例えば、代表的な農業水利施設であるコンクリート水路では、摩耗によって水路の表面に凹凸が生じて水の流れが悪くなると、必要な水を適切に農地へ送れなくなるだけでなく、水路からあふれて周辺の被害まで引き起こすおそれがあります。

そこで、水路の水を運ぶ性能を維持するために、摩耗がひどくなる前に水路の表面を補修して、水の流れを回復させる補修工事等が行われます。補修では主にもとの水路の材料(コンクリート)と似た補修材料(モルタル)を水路内面に塗る方法(無機系被覆(ひふく)工法2))が行われています。

以上のような水路の流れやすさの評価や補修材料を塗る時期の検討のためには、今の水路がどの程度摩耗しているのかを調べる必要があります。また、無機系被覆工法により補修した水路も、もとの水路と同じように摩耗が進行します。そのため、補修後の水路でも引き続き摩耗の調査を実施する必要があります。

農研機構では、「型取りゲージ3)」という安価な道具を用いた簡単な摩耗量の調査方法を提案しています(図1上段)。これは、農林水産省の「農業水利施設の補修・補強工事に関するマニュアル【開水路編】」(以下、マニュアル)にも掲載されており、水路の摩耗調査に用いられています。しかしながら、過去に提案した方法の場合、現地作業が簡単である一方で、画像解析などの室内作業が煩雑で、画像1枚につきおよそ30分以上かかっていました。例えば水路の摩耗調査では、1つの断面で左右岸側壁と底版で3枚撮影し、複数の断面で調査することが多いため、画像解析にかかる時間は膨大でした。

開発の経緯

この画像解析では、時間がかかるだけではなく、画像の歪み補正や型取りゲージで写し取った凹凸形状の抽出などを手作業で行うため、作業者の個人差が測定値のばらつきに影響しており、摩耗による劣化傾向の正確な把握が困難な場合がありました。

そこで、調査の作業手順の中で型取りゲージの画像を撮影した後の、画像の歪み補正などの処理から摩耗モニタリングに必要な指標の計算までを自動化することで、作業の省力化と測定値のばらつきを低減できる画像解析の自動処理プログラム(以下、本プログラム)を開発しました。

研究の内容・意義

一連の摩耗調査(図1(1)~(4))のうち、以下の作業を本プログラムで自動化できます。

<自動化される標準的な解析作業手順(図1(3))>

  • ① 画像の歪みを補正するために、方眼紙から補正用定点の座標を目で読み取り、画像処理ソフトに読み込んだ画像上の補正用定点を選択して対応させる。
  • ② 画像処理ソフト上で、型取りゲージの針先端の座標(またはピクセル)を1本ずつ(あるいは数本おきに)クリックして、写し取った水路表面の凹凸形状をトレースする。使用する画像処理ソフトに境界抽出機能などがある場合には、これを利用することもある。
  • ③ 2つの標点頂部の中心の座標(またはピクセル)を目で読み取って、この2点を結ぶ直線を基準線とする。
  • ④ 標点頂部中心間の50mmの範囲で、表面の凹凸形状と基準線とで挟まれた領域の面積を求める。
  • ⑤ 摩耗量の算出に必要な「基準線から材料表面までの平均距離」を計算する。この「平均距離」は、④で求めた面積を、50mmで除すことで求まる。

水路の摩耗が進行した場合、標点は摩耗しないので基準線の位置は経年で変化しませんが、水路の材料表面は摩耗で削られるので「基準線から材料表面までの平均距離」が大きくなります。過去に計測した平均距離の値との差を計算するだけで摩耗量を調べることができます(図1(4))。

なお、マニュアルに掲載されている方法では摩耗モニタリングの基準となる標点(ステンレス製のコンクリートアンカーなど)の設置が必要です。ただし、標点が無い場合でも、凹凸形状を分析することで表面粗さの指標を計算することはできます。

本プログラムを用いる場合、型取りゲージの撮影では専用の撮影用台座を使う必要があります(図1(2))が、この台座は色付きのスチレンボードなどにシール(マーカー)を所定の間隔で貼るだけで簡単に自作することができます。色付きのボードによって、型取りゲージやシールとのコントラストを強調して画像上での認識精度を高めており、シールには歪み補正用の定点としての役割があります。

図1 摩耗調査の作業手順
上段:従来の手作業による手順(農林水産省のマニュアルをもとに再構成)、下段:本自動処理プログラムを使用した場合の手順。現地作業はほぼ同様ですが、手間のかかる画像解析作業を自動化しました。

本プログラムは2つのファイルで構成されています。Microsoft Excel*の入出力ファイル(図2)と画像解析の実行ファイルです。実行ファイルは自動的に呼び出されるので操作は不要です。入出力ファイルの主な機能は以下です。

  • 歪み補正用定点となるシールの貼付け間隔の設定や画像解析の実行ファイルの呼び出し、解析結果の表示を行う。
  • 「入力・一覧画面」シートの「解析開始」ボタンを押すと、自動で画像解析の実行ファイルが動作し、複数の写真に対して一度に処理して、平均距離や粗度(そど)係数(けいすう)4)の推定値の一覧を表示する(図2上)。
  • 「詳細画面」シートには、各写真の解析結果がシートごとに表示され、解析に用いた画像(歪み補正済)と型取りゲージ先端位置の(x, y)座標が記録される(図2下)。

(x, y)座標があることで、型取りゲージ先端位置の座標を経年で重ね合わせて詳細な変化を確認することや、少しずらした直線上で測定して座標データをつなぎ合わせることでより長い距離の凹凸を対象とした検討もできます。また、摩耗や表面の粗さに限らず、対象物の形状を(x, y)座標データとして得ることができます。本プログラムで計算されない多様な分析にも利用することが可能です。

図2 入出力ファイルの画面例(上:入力・一覧画面、下:詳細画面)

今までは、使用する道具(型取りゲージなど)は安価で現場での作業も簡単である一方で、画像解析に手間がかかり、解析作業の個人差も結果に影響していました。本自動処理プログラムによって、現場作業の内容はほぼ同様のままで、手作業では30分以上かかっていた室内での解析作業がほぼゼロとなり、調査の大幅な省力化が可能です。さらに、測定値の標準偏差は従来の手作業による方法に比べて半分になることを確認しており、ばらつきを低減することで調査精度の向上も期待できます。

* Microsoft Excelは、米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標です。

今後の予定・期待

想定する主なユーザーは、水路などの調査を請け負う民間の建設コンサルタント会社などです。作業のほとんどが自動化されて、計算結果に含まれる作業の個人差が小さいので、信頼性の高い数値を得ることができます。農林水産省のマニュアルに沿った測定方法の調査精度向上が期待でき、全国でそのデータを蓄積していくことができます。今後は、より簡単に使えるWebアプリを開発し、提供する予定です。

本プログラム利用に関するお問い合わせについて

本プログラムは農研機構の許諾を受けることで利用可能です。
農研機構「職務作成プログラム利用に関するお問い合わせ」をご確認ください。
https://www.naro.go.jp/inquiry/program.html

用語の解説

摩耗劣化
農業水利施設における摩耗劣化とは、長期間水を流していることによって施設の材料であるコンクリートが徐々に削られる劣化現象です。徐々に削られることで、コンクリートの構成材料の一つである粗骨材(2~5cm程度の石)が露出すると、水路表面に凹凸ができて流下能力が低下する、さらに凹凸が大きくなると水位が上昇して水があふれる、などのおそれがあります。また、コンクリート内部で腐食から守られていた鉄筋が表面に近くなるため鉄筋が腐食しやすくなってしまいます。水が流れる農業水利施設では主要な劣化の一つです。[概要へ戻る]
無機系被覆工法
構造物の表面を覆って保護する工法(表面被覆工法)のうち、モルタルなどセメントを主体とした材料を用いる工法を無機系被覆工法といいます。[開発の社会的背景へ戻る]
型取りゲージ
写真のように横一列に並んだ針を対象に押しあてて、ずれた針の形をもとに対象の形状を写し取る道具です。
[開発の社会的背景へ戻る]
粗度係数
水路の通水性能を表す指標です。ここでは、水路の流速(流量)を算出する汎用的な計算式であるマニングの平均流速公式における粗度係数を指しています。本プログラムでは算術平均粗さから推定しています。算術平均粗さとは、表面粗さを表す一般的な指標です。凹凸曲線の平均直線からどれくらい上下に変動しているかを数値で表した数値です。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

  • 型取りゲージを用いた摩耗測定手法、川上昭彦、浅野勇、森充広、川邉翔平、渡嘉敷勝、農業農村工学会論文集、85(1)、I_77-I_84(2017年6月)
  • Webアプリによる作業等記録および摩耗調査支援、川邉翔平、金森拓也、森充広、第72回農業農村工学会大会講演会(2023年8月)
  • 型取りゲージを用いた水路の摩耗測定手法の効率化に向けた画像解析プログラムの開発、金森拓也、川邉翔平、森充広、コンクリート構造物の補修、補強、アップグレード論文報告集、23、pp.313-318(2023年10月)
  • コンクリート水路摩耗状態の簡易な定量評価手法、木村優世、金森拓也、川邉翔平、森充広、岩田幸大、伊藤三千成、農業農村工学会誌、91(11)、pp.33-36(2023年11月)