プレスリリース
(研究成果) 家畜ふん尿由来液肥を効果的に散布可能な低コストなスラリーインジェクターを開発

- 大型機・小型機の2機種のラインアップを開発 -

情報公開日:2024年5月15日 (水曜日)

農研機
株式会社北海コー
株式会社北海道クボタ

ポイント

農研機構は、株式会社北海コーキ、株式会社北海道クボタと共同で、これまで主に草地、水田に表面散布されていたメタン発酵消化液1)家畜ふん尿スラリー2)等の液肥を土中に施用でき、既存機械を活用することにより低コストな2機種のスラリーインジェクターを開発しました。本機は、液肥を土中に注入してアンモニアの揮散を抑制することにより、液肥中の窒素を有効利用できるだけでなく、施用時の臭気を軽減することも可能となります。本機の活用により、メタン発酵消化液や家畜ふん尿スラリー等の液肥について、周辺地域や環境に配慮しながら有効な肥料資源として循環利用を促進することが期待されます。

概要

化学肥料使用量低減や地域資源循環の観点から、メタン発酵消化液や家畜ふん尿スラリー等の液肥について、これまで利用が限定的であった畑作での利用を進める必要性が高まっています。この状況に対応するため、液肥施用後のアンモニア揮散を抑制することにより肥料効果を最大化して施肥量の多い畑作に対応しつつ、低コストで導入できる大型機と小型機の2機種のスラリーインジェクターを開発しました。大型機は畜産農家が既に保有しているスラリータンカーに設置すること、小型機は既存の農地排水改良用全層心土破砕機をベースにすることにより、低コスト化を実現できました。本技術により、メタン発酵消化液や家畜ふん尿スラリー等の液肥を、地域内で肥料資源として有効活用することで循環利用を促進し、みどりの食料システム戦略が目指す、地域資源循環の取組の推進、化学肥料使用量低減に貢献します。

関連情報

予算 : 農林水産省農林水産技術会議事務局農林水産研究推進事業「脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト」JPJ009819
特許 : 特許第7017719号「心土破砕機および心土破砕方法」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農村工学研究部門 所長渡嘉敷 勝
株式会社北海コーキ 代表取締役後藤 幸輝
株式会社北海道クボタ 代表取締役社長道信 和彦
研究担当者 :
農研機構農村工学研究部門 資源利用研究領域
上級研究員 中村 真人
主任研究員 折立 文子
広報担当者 :
同 研究推進室中司 朋宏

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

北海道では近年、乳牛の飼養頭数が増加し、それに伴いふん尿発生量も増加傾向にあります。また、「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」が2012年に開始されて以降、メタン発酵の事業性が向上し、ふん尿を原料としたメタン発酵施設の導入件数が増え、特に、北海道の十勝地方ではすでに45基が稼働しています。それに伴い、メタン発酵の発酵残さであるメタン発酵消化液等の液肥の発生量が増加しています。このような状況により、本州と比較して広い牧草地を有し、これまで牧草地を中心とした利用が可能であった北海道であっても、発生する消化液やスラリー等を含めた液肥全量を消費することは難しくなっています。さらに、化学肥料使用量の低減や地域資源循環の観点からも、畑作での利用をより積極的に進める必要性が高まっています。しかし、従来の表面散布では液肥の肥料成分であるアンモニアの揮散率が高いため、牧草や水稲等への利用と比較して多くの施肥が必要な畑作物に対して十分な窒素施用が困難で、畑作農家にとって営農的メリットが小さい状況でした。また、液肥の散布は農地の規模に応じて施用規模が異なるため、今回、アンモニアの揮散を抑制して、液肥を土中に施用でき、低コストで導入できるスラリーインジェクターを大規模向け(大型)・小規模向け(小型)の2機種として開発しました。

研究の内容・意義

  • 大型機の構造
    大型機は、北海道の畜産農家が一般的に所有している、4~20t容量のスラリータンカーに後付けするタイプのインジェクターです。トラクター後部の三点リンクに本機を接続して、その後方にスラリータンカーを配置して挟む形で利用します(図1左)。液肥を土中施用する部分は、土中に空洞を形成する刃(空洞形成刃)、液肥注入部、土壌を転圧するローラーから構成されます(図1右)。大きな空洞を成形する改良された刃により、多量施用時でも安定的に施用可能です。大型機の適用馬力帯は90馬力以上です。
    図1 大型インジェクター(左:全体、右:土中施用ユニット)
  • 肥料効果の最大化
    大型機は、空洞形成刃の種類を変え、土中に大きさや形状の異なる空間を形成することにより、液肥を施用量4~8t/10aの範囲で土壌中に施用することができる設計となっています。実際に5t/10aの条件で消化液を施用して、想定通り、深さ10~20cmの位置を中心に施用できることを確認しました。また、インジェクターで消化液を土中施用した場合、消化液が表面に露出することなくほぼ全量を土中に施用できるので、アンモニア揮散量はほぼゼロになります。一般的に消化液を土壌表面に施用した場合には、窒素成分の最大3割程度がアンモニア揮散によって減少することが知られていますが、本インジェクターを用いることによりその問題を解消し、消化液の肥料効果を最大化できます。さらに、農家が所有するスラリータンカーに接続することで低コスト化が可能です。
  • 悪臭対策としても有効
    大型機は液肥を土中に施用するため臭気がほぼ発生せず、悪臭が問題となっている地域においては、悪臭対策として有効です。
  • 小型機の構造
    小型機は、既存の農地排水改良用全層心土破砕機をベースとしたインジェクターです。機械上部に約400~600L容量のタンクを積載し、機械下部に1~3連で配置したV字の心土破砕刃で作成した溝内にタンク内の消化液を注入できる構造を有します(図2)。小型機の適用馬力帯は70~120馬力です。
    図2 小型インジェクター
  • 農地の排水改良用機械としても利用可能
    小型機では、土中5~50cm深さに、破砕刃の後方に空間を作り、液肥を表面露出させずに施用することができます。土中に空間が作られること、土壌の破砕により土壌が膨軟化して吸水性が高まることにより、施用量4~10t/10aの範囲で消化液を土中施用できます。既存の農地排水改良用全層心土破砕機にタンクと配管を追加した構造のため、一般的なインジェクターと比較して低コストであり、より低コストな散布車が求められる小規模メタン発酵施設にも導入可能です。また、同機をベースにしているため、消化液の施用を行わないときは、農地の排水改良用機械として利用することも可能です。

今後の予定・期待

本スラリーインジェクターはメーカーから市販化を予定しています。主なユーザーとして、酪農家、農協等の農業団体、メタン発酵事業者を想定しています。農研機構は普及のため、各地域での実演や現地実証に取り組んでまいります。

用語の解説

メタン発酵消化液
メタン発酵の発酵残渣で、原料とほぼ同量生成される。「消化液」とも呼ばれる。ふん尿を原料としたメタン発酵施設では、窒素(約半分が速効性成分であるアンモニア態窒素)等の肥料成分を含む利点を活かし液肥として利用される場合が多い。 [ポイントへ戻る]
家畜ふん尿スラリー
家畜ふん尿混合物。微生物による分解により、液状の肥料として利用される。 [ポイントへ戻る]

関連リンク

株式会社北海コーキ(https://hokkai-koki.sakura.ne.jp/)
株式会社北海道クボタ(https://hokkaido-kubota.co.jp/)