プレスリリース
(研究成果) 「青いキク」が誕生

情報公開日:2017年8月 4日 (金曜日)

農研機構
サントリーグローバルイノベーションセンター(株)

ポイント

農研機構野菜花き研究部門は、サントリーグローバルイノベーションセンター(株)と共同で、「青いキク」の開発に成功しました。色素を修飾する2種類の遺伝子をキクに導入することで、花弁を青色にしました。本成果により、花色のバリエーションが拡がり、キクの高付加価値化、新たな用途の提案が可能になり、花き産業の発展に貢献できます。

概要

「青いキク」の写真 キクは日本の切り花出荷量の40%を占める重要な花きです。キクには黄・赤など様々な花色がありますが、青紫や青といった花色はなく、青いキクの開発が望まれていました。キクには青い花をもつ近縁野生種が存在しないため、交配など従来の品種改良法では青いキクの開発は困難でした。そこで農研機構はサントリーと共同で、遺伝子組換え技術を用いて、青いキクの開発を目指しました。2013年には青紫色のカンパニュラの色素修飾遺伝子を働かせることで、目標とする色素をほぼ100%持つキクを開発しましたが、その花色は紫色でした。より鮮やかな青色を目指してさらに研究を進め、今回、「青いキク」の開発に成功しました。
本成果では、当初用いたカンパニュラの遺伝子に加え、青いチョウマメから取り出した別の色素修飾遺伝子を働かせることにより、花色を青色に改変できました。なお、導入した2種類の遺伝子の働きで新たに花弁に蓄積した色素は青紫色ですが、キクが元々もっていた無色の物質と共存することで、青色を発色していました。
既に農研機構では、デコラ咲き、ポンポン咲きなど様々なタイプの青いキクを開発しています。遺伝子組換え植物である青いキクの国内での栽培・販売に向けて、野生種との交雑による生物多様性影響リスクを低減するための研究開発を進めています。

開発の背景

キクは日本の切り花類の出荷量の約40%(約16億本、平成27年度)、出荷額の約30%(632億円、平成26年度)を占める、花き産業において最も重要な品目です。また、世界でもバラやカーネーションと並ぶ主要な花きです。キクには、白・黄・オレンジ・桃・赤・紫赤・緑など、様々な花色があります(図1)。しかし青紫や青といった青系の花色はなく、「青いキク」の開発が望まれていました。

開発の経緯

キクには青い花をもつ近縁野生種が存在しないことから、交配などの従来の育種方法では青色の花の開発は困難でした。そこで、農研機構は2001年から遺伝子組換え技術を用いた青いキクの開発に取り組み、2004年からはサントリーとの共同研究を開始しました。
キクで赤系の花色を担う色素は、シアニジン型のアントシアニン1)です。一方、青紫や青など青系の発色を担うのは、デルフィニジン型のアントシアニン1)です。研究グループは、カンパニュラ2)F3'5'H遺伝子3)をキクに導入することにより、2013年にはデルフィニジン型のアントシアニンをほぼ100%持つキクを開発しましたが、そのキクの花色は紫色でした。(PCP誌 DOI 10.1093/pcp/pct111)キクの青色の発色には、デルフィニジン型のアントシアニンにするほかに、複数の芳香族有機酸による修飾や、助色素や金属との共存といった青色発現機構4)の導入が必要だと考えられました。そこでより鮮やかな青色を目指し、さらに研究を進めました。

開発の研究内容とその意義

  1. 紫色のキクの開発にも用いたカンパニュラのF3'5'H遺伝子と、チョウマメ5)A3'5'GT遺伝子6)を導入することにより、青いキクの開発に成功しました(図2)。また、この方法は様々なキク7)の青色化に適用できることも分かりました(図3)。遺伝子工学技術を用いて、この様な青いキクを開発したのは、世界で初めてです。
  2. 今回開発した青いキクの花弁で新たに合成されたアントシアニンは、3'位と5'位に糖が結合したデルフィニジン型アントシアニンでした(図2)。チョウマメの青い花のように芳香族有機酸により修飾されたアントシアニンをつくらせて、キクを青くするには、多数の遺伝子の導入とその制御が必要と考えられていました(用語解説5参照)。しかし、F3'5'H遺伝子に加えて必要な遺伝子は、さらに糖を2つ結合させるA3'5'GT遺伝子の1つでよいことがわかりました。
  3. 青いキクの花弁に含まれるアントシアニンは、単独では青紫色に発色しますが、キクが元々花弁に持っている無色のフラボン8)との相互作用により、青色に発色することがわかりました(図4)。
  4. 本研究内容の詳細は、米科学誌「サイエンス・アドバンシズ(Science Advances)」(日本時間2017年7月27日)に掲載されました。

今後の予定・期待

青いキクの誕生によってキクの高付加価値化、新たな用途の提案が可能となり、切り花の販売量の拡大を通じて花き産業の発展に貢献できると期待されます。
現在農研機構では、青いキクの国内外での実用化に向けた取り組みを進めています。日本国内で青いキクを栽培、販売するためには、生物多様性影響評価の審査を受け、承認を受ける必要があります。生物多様性影響の評価項目の一つに「交雑性」があり、日本には多様なキク野生種が自生していることから、これら野生種との交雑による生物多様性影響リスクを低減した青いキクの研究開発を10年後の完成を目指して進めています。
今回明らかにしたキクの青色化の方法は、バラ、カーネーション、ユリ、ダリアなど様々な花きにも応用展開できる可能性があります。今後、今回用いた方法を利用して多くの主要な花きにおいて青色花の開発・実用化が進むと期待されます。

発表論文

論文タイトル

Generation of blue chrysanthemums by anthocyanin B-ring hydroxylation and glucosylation and its coloration mechanism.

雑誌名

Science Advances 3, e1602785

著者

野田尚信1, 能岡智1, 岸本早苗1, 中山真義1, 道園美弦1, 田中良和2, 間竜太郎1

所属

1農研機構野菜花き研究部門,2サントリーグローバルイノベーションセンター研究部

DOI番号

10.1126/sciadv.1602785

関連情報

予算:科研費若手研究(B)21780033、挑戦的萌芽研究24658035、運営費交付金
特許:特許第5697040号、特許第5697041号、PCT/JP2016/069536

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用語の解説

1)シアニジン型アントシアニンとデルフィニジン型アントシアニン
用語1
アントシアニンは、橙赤~赤~紫~青色を呈する色素で、糖(グルコース、ガラクトースなど)が結びついた配糖体の形で、植物の細胞の中に存在しています。このアントシアニンの糖を除いた部分をアントシアニジンと呼びます。アントシアニジンはA、B、C環の3つの環構造からなり、B環についている水酸基(-OH)等により、色調が異なります。水酸基の数が多いほど青味を増す傾向にあり、水酸基が一つのペラルゴニジンは橙赤色、2つのシアニジンは赤色、3つのデルフィニジンは赤紫色を呈します。キクの赤色花弁に含まれるのはシアニジン型アントシアニン、カンパニュラやチョウマメの青色花弁に含まれるのはデルフィニジン型アントシアニンです。
※「アントシアニン」については、ウェブページ「花色の基礎知識」の中の「色素の基礎知識 フラボノイド」の中の「アントシアニン」も参照。

2)カンパニュラ
用語2
リンドウ科キキョウ科*ホタルブクロ属の植物で、青色、紫色、ピンク色や白色の花を咲かせます。
*情報修正:2017年11月24日

3)F3'5'H遺伝子
青色遺伝子とも呼ばれています。フラボノイド3',5'-水酸化酵素(F3'5'H)と呼ばれるデルフィニジン型アントシアニンの生合成の鍵となる酵素をコードする遺伝子です。この酵素はアントシアニンの生合成系において、デルフィニジンの前駆体であるフラバノンやジヒドロフラボノールのB環の3'位及び5'位の水酸化を触媒します。

4)青色発現機構
これまでに報告されている花の青色発色機構は5つほどあります。(1)複数の芳香族有機酸により修飾されたポリアシル化アントシアニンの蓄積による分子内会合(リンドウ、デルフィニウム、チョウマメなど)、(2)金属錯体の形成(ツユクサ、ヤグルマギクなど)、(3)金属イオンとアントシアニンとコピグメントとの分子間会合(アジサイ、青いケシなど)、(4)アントシアニンとコピグメントとの分子間会合(今回開発した青いキク、アイリスなど)、(5)アントシアニンが蓄積する液胞内pHの弱アルカリ化(アサガオ)です。会合とは、分子間力や水素結合などの比較的弱い力で結合することです。
※「青色発現機構」については、当機構のウェブページ「花色の基礎知識」の中の「花の色のしくみ 青色」も参照。

5)チョウマメとチョウマメの青色色素
用語5
マメ科チョウマメ属の植物で、青色、藤色や白色の花を咲かせます。チョウマメの青い花は、テルナチン類と呼ばれる複数の糖と芳香族有機酸で修飾された複雑なアントシアニンで発色しています。青く発色するテルナチン類の中で最も単純な色素(テルナチンD3)をキクでつくらせるためには、青いキク開発に用いたF3'5'H遺伝子、A3′5′GTに加え、あと2つの遺伝子の合計4つが必要です。

6)A3′5′GT遺伝子
アントシアニン3',5'-グルコシル基転移酵素遺伝子はチョウマメのテルナチン類をつくる際に働く遺伝子です。この遺伝子は、地方独立行政法人青森県産業技術センターより分譲して頂きました。

7)様々なキク
キクには、一重のデージー咲き、八重のデコラ咲き・ポンポン咲き・アネモネ咲きなど様々な花型があります。遺伝子導入に使用したキクの品種や育成系統は、イノチオ精興園株式会社より分譲して頂きました。

8)フラボン
用語8フラボンは、アントシアニンと共にフラボノイドの一種です。アントシアニンと共存することで、アントシアニンが単独の場合よりも色調や色の濃淡に影響を及ぼすことが知られています。このような物質は、コピグメント(補助色素または助色素)と呼ばれます。青色発現に寄与するコピグメントは、フラボンの他にフラボノールや芳香族有機酸類が報告されています。コピグメントはアントシアニンとサンドイッチ状に会合することで青を発色すると考えられています。
※「フラボン」については、ウェブページ「花色の基礎知識」の中の「色素の基礎知識 フラボノイド」の中の「フラボン、フラボノール」も参照。

参考図

図1
図1 これまでのキクの花色
白、黄、オレンジ、桃、赤、紫赤、緑のキク

図2
図2 青いキクの開発と青色発色の仕組み
桃色のキクにカンパニュラのF3'5'H遺伝子を導入すると紫色のキクになり、さらにチョウマメのA3'5'GT遺伝子を導入すると青色のキクになります。キク花弁中のアントシアニンは、もともとキク花弁に含まれる無色のフラボンと共存して相互作用することで、青色や紫色や桃色が発色します。

図3
図3 様々な花型の「青いキク」
左から、デコラ咲き(左:もとのキクT57系統、右:青いT57系統)、アネモネ咲き(左:もとのキクS25系統、右:青いS25系統)、ポンポン咲き(左:もとのキクT12系統、右:青いT12系統)

図4
図4 アントシアニンとフラボンの共存による青色発現
A:青いキクのアントシアニン(AN)を花弁のpHと同等の緩衝液に溶解した時の色(左;青紫色)とANとフラボン(FN)を1:10で混ぜた時の色(右;青色)
B:青色花弁の吸光スペクトル(水色の線)と、ANのみを緩衝液に溶解した時(紫色の線)、ANとFNを1:10で混ぜた時の吸光スペクトル(青色の線)
これら緩衝液(pH5.6)中で、5~10当量のフラボンをアントシアニンと共存させると、青色花弁(「青いキク」系統番号1916-26)と同じように、吸収極大波長が560nmから570nm付近になり、さらに600nm以上の橙色~赤色光の吸収が上昇した吸光スペクトルを示しました。このことから、「青いキク」はフラボンとアントシアニンの分子間相互作用によって、青色を発色していることが分かります。

お問い合わせなど

研究推進責任者
農研機構野菜花き研究部門長 坂田 好輝
サントリーグローバルイノベーションセンター(株) 代表取締役社長 須田 良人

研究担当者
農研機構野菜花き研究部門 花き遺伝育種研究領域 野田 尚信、あいだ 竜太郎
サントリーグローバルイノベーションセンター(株) 田中 良和

広報担当者
農研機構野菜花き研究部門 広報プランナー 望月 寛子
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