開発の社会的背景
切り花では、消費者や花き業界から日持ちの良さが強く求められています。カーネーションなどの一部の切り花では、エチレンという植物ホルモンが花弁の老化を早める働きを持っていることが知られており、エチレンの働きを阻害する薬剤を処理することで日持ちを延ばすことが可能です。一方、ユリやチューリップなどの切り花はエチレンの影響を受けにくく、エチレンの働きを阻害しても日持ちを延ばすことができないことから、花の老化を抑える、新しい品質保持技術の開発が求められています。そこで、農研機構では、エチレンの影響を受けにくいアサガオを実験植物として用い、花弁が老化する仕組みの解明と切り花の日持ち延長技術の開発を進めてきました。
研究の背景と経緯
花は受粉した後または花が開いてから一定の時間がたつと、自ら進んで花弁をしおれさせる(老化させる)仕組みをもっていると考えられています。いくつかの種類の植物では、エチレンが花弁の老化を早める働きをもっていることが知られています。しかし、エチレンが花弁の老化の調節に関係しない植物も多く存在します。農研機構では、短命の花として結果が見えやすく、エチレンの影響を受けにくいアサガオ(品種「紫」)を実験植物として用いて、時間経過にともなう花弁の老化を制御する遺伝子としてEPHEMERAL1 (EPH1 )を特定していました。EPH1 遺伝子の働きを抑制した遺伝子組換えアサガオでは、花の寿命が約2倍に延びました(2014年7月2日プレスリリース「アサガオから花の寿命を調節する遺伝子を発見」https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/flower/053017.html )。一方、花は種類がとても多いため、それぞれの品目でEPH1 遺伝子の働きを抑制した品種を作るのは困難です。そこで、EPH1 遺伝子から作られるEPH1タンパク質の活性を阻害する化合物を見つけることができれば、さまざまな花の寿命を延ばすことができると考えました。
EPH1タンパク質は、転写因子と呼ばれる、DNAに結合して他の遺伝子の働きを調節する司令塔的な役割を持つタンパク質の一種で、動植物において形や各種性質の決定に重要な役割を果たしています。このことから、転写因子の働きを調節する化合物の選抜は薬剤開発においてキーポイントと考えられてきました。しかし、活性を保ったまま転写因子タンパク質を大量に合成及び精製することは難しく、転写因子を標的とした大規模な化合物のスクリーニングは困難でした。近年、愛媛大学プロテオサイエンスセンターは、タンパク質の精製を必要としないコムギ無細胞タンパク質合成系4) と分子間の相互作用を解析できるAlphaScreenシステム5) を組み合わせた新たな実験系を開発しました。今回農研機構は愛媛大学と共同で、この実験系を適用することで、EPH1タンパク質のDNA結合活性を阻害する化合物のスクリーニングを試みました。
研究の内容・意義
アサガオの花弁の老化を遅らせ、花の寿命を延ばす新規化合物「Everlastin1」と「Everlastin2」を発見しました(図2 )。
Everlastin1又は2を溶かした水に植物体から切り取ったアサガオの花を浮かべた場合、花の寿命(花弁がしおれるまでの時間)が約2倍に延びました。化合物を処理していない花(対照区)では開花後約12時間で花弁のしおれが始まったのに対し、Everlastin1又は2を処理した花では開花後24時間でも開花した状態を保っていました(図1 、図3 )。化合物処理により、EPH1タンパク質によって制御されている細胞死に関連する遺伝子の発現が阻害され、花弁の老化が遅延したと考えられます。
Everlastin1及び2は、アサガオの花弁の老化を制御する転写因子であるEPH1タンパク質を標的とした化合物スクリーニングにより見いだしました。本研究では、コムギ無細胞タンパク質合成系とAlphaScreenシステムを用いることで、EPH1タンパク質とDNAとの相互作用を検出できる実験系の構築に成功しました(図4 )。
本成果は、花の日持ちを延ばす薬剤の開発につながる有用な発見です。また、この実験系を応用することで、ストレス耐性など農業上重要なさまざまな性質の改良に効果のある薬剤の開発につながることが期待されます。
図2 Everlastin1とEverlastin2の構造
図3 Everlastin1と2を処理したアサガオの花
対照区(化合物処理なし)では開花後約12時間から花弁のしおれが始まり、16時間後にはしおれが顕著になりました。Everlastin1と2を処理した花では開花後24時間でも開花した状態を保っていました。
図4 AlphaScreenシステムを利用したEPH1タンパク質とDNAとの相互作用の検出
EPH1タンパク質と標的DNAが結合し、それぞれに付加したビーズ同士の距離が近づくと、一方のビーズで発生した化学エネルギー(1 O2 )を他方のビーズが受け取ることができるようになり発光します(左図)。これに対し、化合物がEPH1タンパク質に作用して、EPH1タンパク質とDNAの結合が阻害されると、ビーズ同士の距離が遠くなるため発光しなくなります(右図)。このEPH1タンパク質とDNAの相互作用を検出する実験系を用いて化合物スクリーニングを行いました。
化合物の名前の由来
本研究で得られた化合物の名前「Everlastin(エバーラスチン)」は、アサガオの花弁の老化を調節するEPHEMERAL1 遺伝子(「ephemeral」は英語で「はかない」という意味)の機能を阻害して花の寿命を延ばすことから、「永遠」や「不朽」を意味する「everlasting」にちなんで名付けました。
今後の予定・期待
今後は、本研究で発見された「Everlastin」がアサガオ以外の主要な切り花にも効果を示すのか調べていきます。また、同時に、今回アサガオで確立した手法を用いて、主要な切り花の日持ちを延ばすEverlastin以外の化合物の探索も進めていく予定です。さまざまな花の日持ちを延ばす薬剤が開発されれば、流通におけるロス率の低減や輸出の拡大、また、新しい切り花の流通が可能になるなど、切り花の消費拡大に貢献することが期待されます。さらに、本研究で用いた手法を応用することで、これまで「Undruggable(薬の開発に利用できない)」と考えられていた転写因子を標的とした薬剤開発が活性化されると期待されます。
用語の解説
エチレン
植物ホルモンの一種で、花の老化や果実の成熟促進、茎の伸長抑制などの作用があります。カーネーションなどエチレンの作用を受けやすい花では、エチレンの影響で日持ちが短くなります。[概要へ戻る]
化合物スクリーニング
スクリーニングは「ふるい分けること」を意味し、大量のものを検査して、条件に合うものを選び出すこと。本研究では東京大学創薬機構が所有する約22万種類(研究実施時)の化合物の中から、EPH1の機能を阻害する化合物を選び出すことに成功しました。[概要へ戻る]
転写因子
転写因子とは、他の遺伝子の働きをコントロールする管理者的なタンパク質のこと。ゲノムDNAに結合して標的となる遺伝子の転写(DNA情報をmRNAに写し取る反応)を制御し、通常は一つの転写因子が複数の遺伝子の働きの調節にかかわります。多くの種類の転写因子が存在し、それぞれが形態形成や各種性質の決定に重要な役割を果たしています。[概要へ戻る]
コムギ無細胞タンパク質合成系
愛媛大学によって開発されたコムギ胚芽抽出液を用いた in vitro タンパク質合成システム。タンパク質合成阻害物質を除去したコムギ胚芽抽出液に、アミノ酸などの基質と目的タンパク質をコードするmRNAを加えるだけで、微生物から高等生物、さらに人工タンパク質に至るまで安定して高効率にタンパク質を合成できる技術です。[研究の背景と経緯へ戻る]
AlphaScreenシステム
分子間相互作用を解析する技術で、異なる標的分子に付加したビーズ同士の距離が近接したときにのみ起こる化学エネルギーの移動を、発光により検出することで、標的分子間の相互作用を定量する技術です。本研究では、EPH1タンパク質と標的DNAの相互作用の検出に用いました(図4 )。[研究の背景と経緯へ戻る]
発表論文
Kenichi Shibuya, Akira Nozawa, Chikako Takahashi, Tatsuya Sawasaki (2024) A chemical approach to extend flower longevity of Japanese morning glory via inhibition of master senescence regulator EPHEMERAL1. Nature Plants
DOI: 10.1038/s41477-024-01767-z
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