プレスリリース
能登半島地震で被災したため池を強化復旧

- 災害に強い「越流許容型ため池工法」で被災地の水源をよみがえらせる -

情報公開日:2008年6月17日 (火曜日)

農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構) 農村工学研究所は、民間企業3社からなる新技術研究開発組合*と共同で、しっぽ状のシートを取り付けた特殊な形状の大型土嚢を傾斜させて積み上げることで堤体表面を強化し、堤体上部からの越流を可能にした新しいため池の強化復旧技術(「越流許容型ため池工法」)を開発しました.今回、2007 年能登半島地震で被災したため池の復旧にこの技術がはじめて採用され、本年5 月に工事が完了いたしました.

これまで、崩壊したため池などの復旧事業では、損傷前と同じ構造様式に復旧する「原状復旧」が一般的でした.しかし、近年になって大地震や台風などによる大災害が数多く発生した結果、ため池を災害に強い構造にして復旧させる工法が注目されています.また、貯水構造物であるため池は、漏水の危険性などの理由により人工材料の導入に対して抵抗感がありましたが、今回開発した「越流許容型ため池工法」は、耐越流実験、耐震実験などの科学的な検証を行い、耐久性や施工性に関して高い信頼性を確保したのち、「地震と洪水に強いため池工法」として、今回初めて実際の復旧工事に採用されました.

開発した土嚢は安価で簡単に製作できることから、地球温暖化による異常気象や海面上昇に対応する日本発の防災技術として、開発途上国など世界に向けても発信していきたいと考えています.

なお、この研究の一部は、農林水産省の官民連携新技術研究開発事業「堤体越流ため池の開発」、先
端技術を活用した農林水産研究高度化事業「耐震性等の性能を向上させたため池の補修・補強工法に
関する実用化研究」により実施したものです.


詳細情報

1.背景

ため池は、地域の暮らしを維持する貴重な水資源を確保する不可欠な資産となっており、その多くは100 年以上前に建設されています.ため池の総数は全国で21 万箇所存在しています.近年では集中豪雨や地震による自然災害が増加傾向にあり、平成16 年度には、10 回に及ぶ台風の上陸、新潟・福島豪雨、福井豪雨、新潟県中越地震等が発生し、それによるため池の被害は決壊が340 箇所以上、大きな損傷が約4、600 箇所にのぼっています.被災形態のほとんどが洪水による堤体(用語説明)の越流(用語説明)や、地震による堤体のすべりや沈下であり、耐越流性や耐震性の脆弱さが浮き彫りとなりました.そのため、被災したため池に限らず多くの老朽化したため池の安全性の回復及び強度の向上が緊急課題となっています.

そこで、当研究所では、地震や洪水に強いため池工法の開発を進めてきました.研究過程では「テール」と呼ぶしっぽが付いた大型土嚢を傾斜して積むと、土嚢と堤体土の密着性が高まり、地震や越流に対しても土嚢が崩れないことを見出しました.この基礎技術をもとに施工性や耐久性に優れ、建設コストを縮減できる画期的なため池整備技術「越流許容型ため池工法」を開発しました.地域の重要な水資源であるため池は、新しい工法が導入されにくい面がありましたが、本工法の有効性と科学的な検証結果が認められ、2007 年能登半島地震の災害復旧事業に初めて採用されました.

 

2.新工法の特徴

  •  「テールとウィングを連結した扁平状の大型土嚢」(以下、テール土嚢と呼ぶこととします)は、ポリプロピレン製で通常の土嚢の約10 倍の大きさを有し、土嚢にはテールとウィング
    というシートが連結されています.(図1)
  • このテールとウィングを堤体内に敷き込み、堤体土との一体化を図ります.
  • 石垣のように土嚢を堤体内側に傾斜して積層する「傾斜積み工法」を採用し、通常の水平積みに比べて約2 倍の滑動抵抗(用語説明)を実現しました.実物を用いた震動実験では「傾斜積み工法」の土嚢堤体は震度7 相当(1,000cm/s2)の振動を加えても土嚢の積層構造が崩れないことを確認しました.
  • 実物を用いた越流実験においては、一時的な洪水であれば、十分な耐侵食性能を有し、突発的な洪水に対して安全であることを確認しました.(写真1)
  • 土嚢材は世界各地の現地材料で製作でき、軽量で運搬しやすいというメリットがあります.また、土嚢の中詰め材はどこでも入手が可能な土であり、特 殊な施工機械や技術を必要としません.そのため、日本国内だけでなく、開発途上国などでも普及しやすく、ため池や河川堤防などの土質構造物の構築のほか、 地球温暖化による異常気象や海面上昇に対応する災害防止技術としての活用が期待できます.

図1 越流許容型ため池工法(ため池堤体の断面図)

写真1 実物土嚢を用いた越流実験

写真2 平田ため池における越流許容型ため池工法の適用状況

3.現地の被災状況と復旧方法

「平田ため池」は、能登半島の西部の志賀町(しかまち)にあり、下流には集落と農地が広がり、日本海側になだらかにつづく谷地形上に構築されています(図2).古くから地域の貴重な農業用水として利用されてきました.2007 年3 月25 日に発生した能登半島地震(M6.9)によって、堤体斜面が崩壊し、貯水機能を完全に喪失してしまいました(写真3、4).このため志賀町は、ため池の復旧事業(能登半島地震災害復旧事業)に取組み、耐久性に優れた「越流許容型ため池工法」を採用したいとの要望が当農研機構に伝えられ、これを受けて農研機構農村工学研究所が技術的な対応を行うこととなりました(図3).

 

図2 ため池の位置

 

写真3 堤体下流斜面の崩落の様子_写真4 下流側から見た決壊状況

復旧事業は2007 年10 月に着工し、2008 年5 月に完了しました.ため池堤体の構築に要した期間は2008 年3 月から4 月まで約2 ヶ月間でした.土嚢(一袋当たり重量200kg)は総計で約650袋を使用しました.堤体の下流斜面に15 段(写真2)、1 段には約25 個の土嚢を背面側に18°の傾斜を付けて敷き並べました.特別な施工技術を要しないため、1 日に平均して3~4 段の土嚢を積み上げることができました.土嚢の紫外線による劣化を防止するため、層厚50cm のソイルセメント(用語説明)で覆土処理を行いました.

 

復旧した平田池の諸元

  • ため池の名称 平田ため池(石川県志賀町笹波地内 いしかわけん しかまち ささなみ ちない)
  • 事業者名 石川県志賀町
  • 堤高 10.5 m
  • 堤長 60.0 m(うち14.6 m 越流許容型堤体の区間)

図

越流許容型ため池工法

図3 ため池災害復旧設計図

 

4.長期的監視】

ため池の貯水位や越流状況を農研機構農村工学研究所からリアルタイムに観測できる計測装置(写真5)を現地に配備し、観測を開始しました.また、堤体の変形、水圧および土圧についても長期的な計測を行い、本工法の有効性を確認する計画です.

写真5 リアルタイム計測システム

関連特許

本工法は、農林水産省「官民連携新技術研究開発事業(H14~H20)」の認定を受け、(独)農業工学研究所(平成18 年4 月1 日に新法人への移行に伴い、(独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所に改称)と、三井化学産資(株)、東電設計(株)、(株)クボタで組織された新技術研究開発組合との共同研究により開発したものである. ( 特願2004-240318 、特願2005-239074、特願2005-239056、特願2006-33232)

用語説明

  • 堤体
    土砂を突固めて造った盛り土で、ため池の本体
  • 越流
    水が堰の上端を越えて流れること.
  • 滑動抵抗
    物体が置かれている面上を滑って移動する現象を「滑動」と呼び,ここでは,「滑動抵抗」とは土嚢と土嚢の間の滑り難さを表している.
  • ソイルセメント
    土とセメント,水を練り混ぜて作った,高い強度の土.改良土とも呼ばれる.

(参考)

  • 堤体の越流:
    台風などによる豪雨等により,ため池に貯留した水面がため池の高さより高くなり,ため池を越えて水がため池の外に流出する現象.
  • コンクリート:
    土、セメント、水に粗骨材(石),さらに必要に応じて加える混和材料を練り混ぜたもの.