プレスリリース
農業用水路トンネルを無人で点検-通水状態で調査可能な装置を開発-

情報公開日:2013年9月10日 (火曜日)

ポイント

  • 農業用水路トンネルに発生しているひび割れ,漏水などの変状を無人、かつ通水状態で調査できる装置を開発しました。
  • 本技術により、通水中でも農業用水路トンネルの点検が可能になります。

概要

農研機構 農村工学研究所は、農業用水路トンネル内部のひび割れなどの不具合箇所を、無人かつ通水状態で点検可能な調査技術を開発しました。調査は、開発した装置を水路トンネル上流坑口※1)から放流し、下流坑口で回収することにより実施します。水路トンネル内部を記録する高感度カメラが、常に水路トンネルの側壁と天端※2)を正面から撮影できるよう、自動制御されることが特徴です。このため、ひび割れ、漏水などの不具合箇所を見落としなく撮影・記録することが可能です。

予算:農林水産省官民連携新技術研究開発事業「農業用水路トンネル・サイホンの不断水調査・診断技術の開発」
農研機構運営費交付金
特許:特願2010-151678

研究の背景・経緯

日本農業を支える基幹的農業用用排水路※3)は、約5万km、そのうち水路トンネルは2,000 km以上あります。食糧増産を目的として建設された農業水利施設は、建設後40~50年を経過したものが増えてきており、トンネル覆工コンクリートの崩落などによる断水の危険性が増大しています。こうした事故を未然に防止するためには、定期的な機能診断※4)が必要です。機能診断は、通常、通水が停止する農閑期に、人が中に入って目視により点検するのが一般的ですが、上水、工業用水等と兼用になっている水路トンネルや、冬期も通水が必要となる水路トンネルなどでは断水することが難しく、十分な点検がなされていないのが実情です。

そこで、本研究では、通水中でも水路トンネルの内部の目視点検情報を得ることができる装置の開発を行いました。

(研究の)内容・意義

【全体】

開発した装置は、図1に示すような直径450 mm、高さ528 mm、重さ約35 kgの円筒型の装置です。透明のドームの内部に、水路トンネルの左右の側壁と天端部分を撮影するための高感度カメラを3台搭載しています。下側の船体内部には、上部の透明ドームを回転させるためのモータと、バッテリーを内蔵しています。カメラの画像は、SDカードに記録されるので、回収後すぐにノートパソコンなどで結果を確認できます。後述するように、水路トンネル壁面を見落としなく撮影するために、透明ドーム部と船体部とは分離され、モータによって透明ドーム部が回転する仕組みになっていることが特徴です。

【常に高感度カメラを壁面に正対させる原理】

本装置を流下させると、どうしても装置全体が回転します。したがって、カメラを装置に固定してしまうと、得られる画像も回転するため不具合箇所の見落としが発生します。そこで、本装置では、船体が回転しても高感度カメラは常に壁面を向ける制御を行うことにより、常に壁面を正面から撮影する仕組みを開発しました。その方法は、以下のとおりです。

まず、水路トンネル壁面との距離を1秒間に10回の頻度で船体に取り付けた4箇所(時計回りにD1、D2、D3、D4と呼びます)のセンサーで計測します。センサーは一直線に並べた3個の高感度カメラを直線で結ぶ中心軸から、それぞれほぼ同じ角度を向けて取り付けています。

例えば、船体が反時計回りに回転しはじめたとします(図2(a))。このとき、D1、D3のセンサーでは、壁面までの距離が長く、一方、D2、D4のセンサーでは、それが短くなるような変化を示します。(なお、ここでは、その変化量をより強調するために、「D1+D3」の値と「D2+D4」の値を比較しています。)この場合、D1+D3>D2+D4となるので、船体は反時計回りに回転していることが分かります。

このセンサーの変化量から回転方向と量を予測し、検出された回転方向とは逆向き(ここでは時計回り)に、透明ドーム部を回転させます(図2(b))。この制御により、高感度カメラは、常に壁面に対して垂直となり、歪みの少ない画像が得られます。

また、本装置に取り付けているドップラー速度計※5)により、投入した坑口からの移動距離を求めているので、不具合が発生している位置をおよそ推定することが可能です。

【本装置の特徴】

これまで、特に上下水道分野において、管路内部の状態を点検するための装置の開発がなされ、特許も数多く出願されています。これらの装置は、大きく、以下の2種類に区分されますが、それぞれ問題点がありました。

  • 高精度に計測するタイプ カメラをまっすぐ牽引させるワイヤーや、あるいはリモコンで操作するための制御用ケーブルなどが付属しているため、調査できる距離に限界があります。
  • 制御用ケーブルが付属していないタイプ 管路内部全体を撮影できるようにカメラを全天球型にしているため、画像に歪みなどが生じます。

本開発装置は、途中屈曲部や完全に水没した区間がなければ、撮影距離に制限はなく、また壁面に対して常に垂直となるように画像を取得することから、従来タイプの問題点を克服したものとなっています。

【実証試験の結果】

図3に延長791 m、直径が1.7 mの水路トンネルにおいて実施した実証試験時に得られた画像を示します。流速1.0 m/sの環境下において、幅1.5 mm以上のひび割れの有無を画像から判別することが出来ました。また、回転を許容している船体部に旗のような目印を取り付けておいたところ、図4に示すように、船体部が回転しても、カメラは常に壁面をとらえ続けている様子が確認できました。

今後の予定・期待

本装置については、既に上水、工業用水用の水路トンネルの調査に活用できないかとの問い合わせがあり、実際適用した事例もあります。

今後の活用面に関しては、例えば、地震後の緊急点検への適用が考えられます。施設の内部の状態が不明なまま人が調査することは危険なので、本装置を活用し、まずは一次的な点検を行うことにより安全かつ短時間に情報の収集ができると期待されます。

農業水利施設等の社会基盤の老朽化が進行し、かつ施設の維持管理に関わる費用が増大しています。このような社会情勢の中、すべてを撤去して新しく作り直すのではなく、定期的な機能診断を行い、使える施設は補修を行ってできる限り長寿命化させよう、という機運が高まっています。本技術が、こうした判断を行うための、効率的な機能診断技術として活用されることを期待しています。

用語の解説

※1)坑口:水路トンネルの入り口、出口。

※2)側壁、天端:図のとおり。
側壁、天端※3)基幹的農業用用排水路:受益面積が100 ha以上の農地を有する農業用の用水路及び排水路。

※4)機能診断:施設の機能の状態、劣化の過程およびその原因を把握するための調査

※5)ドップラー速度計:壁面に対して電磁波を発射し、その周波数のずれから速度を求める計測機器。ここでは、水路トンネル天端斜め方向に電磁波を発射し、トンネル覆工に当たって跳ね返ってきた電磁波の周波数のずれによって、移動速度を求め、それを積分して移動距離として求めている。

図1 装置の概要図1 装置の概要

 

図2 自動制御の仕組み図2 自動制御の仕組み

 

図3 左:現地状況(デジタルカメラ撮影)、右:実証試験結果図3 左:現地状況(デジタルカメラ撮影)、右:実証試験結果
(1.5mm幅のひび割れが検出されている)

 

図4 実証試験で撮影された画像図4 実証試験で撮影された画像
(船体は回転しているが、画像は水路トンネルの壁面をとらえている)