プレスリリース
(研究成果) ロボティクス人工気象室の構築と運用開始

- 栽培環境の再現と作物性能の推定を超精密に -

情報公開日:2022年9月 2日 (金曜日)

ポイント

農研機構は、栽培環境を精密に制御し、作物の環境応答を精密に解析できる、ロボティクス人工気象室を構築しました。また、これをスーパーコンピューター「紫峰」と連動した研究基盤として、このたび運用を開始しました。作物の栽培環境データおよび画像等の形質データをAI解析1)することにより、任意の環境における作物の性能(収穫時期、収量、品質等)を精密に推定することが可能になります。また、民間企業等の外部機関からも遠隔利用が可能です。農研機構は、本研究基盤を活用した共同研究により新たな品種や栽培方法の開発を推進します。

概要

農研機構は、農研機構内のみならず民間企業、公設試験研究機関、大学、他法人等(以下、民間企業等)と連携し、気候変動によって生じる様々な環境に適応した作物生産技術の開発を目的とした研究を行っています。このたび、作物の栽培環境を精密に再現あるいは模擬できる人工気象室「栽培環境エミュレータ2)」に、大きさや色などの作物形質を連続で取得可能な「ロボット計測装置3)」を内蔵した「ロボティクス人工気象室」を開発し、それらをネットワークなどの情報インフラと一体化した研究基盤の運用を開始しました(写真)。本研究基盤により、任意の環境下における作物の性能(収穫時期、生育量、品質等)を精密に推定し、適切な栽培法や育種に関する情報を得ることが可能となります。

栽培環境エミュレータとロボット計測装置という2種の装置を組み合わせることで、人工気象室を開閉することなく、経時的に取得された画像およびセンシング情報を解析し、作物形質を連続的に計測することができます。作物が栽培環境に反応し形質を変化させる環境応答を解析することで、任意の環境における作物の性能(収穫時期、収量、品質等)を精密に推定し、適切な栽培方法や品種育成に関する情報を得ることが可能となります。

ロボティクス人工気象室とスーパーコンピューター「紫峰」 (https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/rcait/135385.html)がネットワーク接続により連動することで、作物環境応答データを利用した深層学習(AI解析)による解析だけでなく、「農研機構統合DB4)」に含まれるゲノム情報、成分等の様々な農業データを用いた統合的な解析が可能となります。また、情報セキュリティ対策を講じた安全性の高いアクセス環境を導入することにより、民間企業、大学、公設試験研究機関、JA、産地等の外部機関からもこれらの解析を遠隔で行うことができます。

本研究基盤は、気候変動対策といった課題解決に取り組むため、様々な環境条件下の作物を対象とした技術開発の加速化と解析環境の遠隔化を実現したシステムです。本研究基盤は、農研機構で最先端の研究を行うための基盤であると同時に、民間企業等の外部機関との共同研究のための基盤として利用できます。

本研究基盤利用に関するお問い合わせ先

連絡先 : 農研機構 基盤技術研究本部 研究推進室
e-mail :

関連情報

予算 : 内閣府官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)、農林水産省令和2年度補正予算「国際競争力強化技術開発プロジェクト」、令和3年度補正予算「農業・食品関係データの高度活用のためのネットワーク基盤構築工事」、運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 理事 兼 基盤技術研究本部 本部長中川路 哲男
同 作物研究部門 所長石本 政男
同 基盤技術研究本部 農業ロボティクス研究センター センター長中川 潤一
研究担当者 :
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター インキュベーションラボ ラボ長米丸 淳一
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター 専門職江口 尚
同 作物研究部門 スマート育種基盤研究領域 育種ビッグデータ整備利用グループ
上級研究員伊藤 博紀
同 基盤技術研究本部 農業ロボティクス研究センター 施設ロボティクスユニット
研究員内藤 裕貴
広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 研究推進室 室長福岡 修一

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

気候変動にともない、作物生産の不安定化が今まで以上に大きな問題となることが考えられます。作物生産が不安定化すると、収穫時期や収量だけでなく品質にも大きな影響があります。このため、様々な環境で栽培した場合の作物の性能(収穫時期、収量、品質等)を明らかにする農業技術が求められています。これまで、これらの技術開発は野外における栽培試験を前提としており、主要な作物の多くは年に一度しか栽培試験ができないことから、様々な栽培環境に作物が反応し形質を変化させる作物環境応答を明らかにするためには多くの場所と長い時間が必要です。また、野外における栽培試験では、気候変動などを想定した様々な環境を自在に再現することは困難です。この場合、人工気象室の利用は極めて有効ですが、従来の人工気象室では温度、湿度、光の再現性能がそれほど高くありませんでした。また、人工気象室を閉じた条件では、葉や果実の生育量等の形質における連続的な環境応答評価が困難でした。

本研究では、上記の問題を解決するため、様々な栽培環境を再現することが可能な高精度な人工気象室「栽培環境エミュレータ」に、作物形質を連続で取得可能な「ロボット計測装置」を内蔵し、農研機構のネットワークと接続し情報インフラと一体化した「ロボティクス人工気象室」を開発し、任意の環境下における作物の性能(収穫時期、収量、品質等)を精密に推定し、適切な栽培法や育種を提案する仕組みを開発しました。

研究の内容・意義

ロボティクス人工気象室は、以下の2点を強みとしています。

  • ロボティクス人工気象室による精密な作物環境応答データの取得
    「ロボティクス人工気象室」を構成する「栽培環境エミュレータ」は、様々な季節ごとの二酸化炭素濃度、温度、湿度等を再現する装置で、「ロボット計測装置」は、灌水および液肥循環装置などを備え、複数のカメラで作物を撮像する装置です(図1)。これらの装置を組み合わせることで、人工気象室を開閉することなく、一定間隔で取得された画像およびセンシング情報を解析し作物形質を連続的に計測することができます。「ロボティクス人工気象室」を使用することで、様々な栽培環境に対して作物が反応し形質を変化させる作物環境応答の解析が季節にかかわらず可能となります。
  • リモート接続によるAI解析との連携と共同利用
    「ロボティクス人工気象室」をネットワーク接続し、スーパーコンピューター「紫峰」と連動させることで、農研機構内のみならず民間企業等から遠隔で作物環境応答解析を行うことが可能となります(図2)。「ロボティクス人工気象室」で得られた作物環境応答データを高速ネットワークでAI解析プラットフォームへリアルタイムで転送することにより、得られた作物環境応答データを利用した深層学習(AI解析)による形質解析だけでなく、「農研機構統合DB」に含まれる病害虫、気象、遺伝資源、ゲノム情報等、様々な農業データを用いた複合的な解析が可能となり、外部機関の施設等からもこれらの解析を遠隔で行えます。ネットワーク接続には、情報セキュリティ対策を講じた安全性の高いアクセス環境を導入しています。

今後の予定・期待

-気候変動に対する適応および緩和5)が可能な作物づくりを目指して-

本システムを活用することで、民間企業等と連携し、様々な環境に迅速かつ効果的に適応するための品種および栽培技術の開発が可能となり、新たな作物づくりの加速化が期待されます。また、作物が大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し固定する能力およびメタン等の他の温室効果ガスの発生を抑制する技術開発などにも利用できることから、気候変動における緩和対策技術の開発にも利用できます。様々な栽培環境のもとで推定した作物の生育特性や品質を「農研機構統合DB」に含まれる多様かつ多量な農業データと連動させて解析することにより、生産、流通、消費といった段階で生じる問題を解決することが期待できます。

用語の解説

AI解析
AI(人工知能)とは、人間が行う理解や推論、提案などをコンピューターが行う仕組み。本研究では、画像やセンシングデータを用いた物体検出と状態解析、また複合的なデータに基づいた推定、提案などに利用しています。[ポイントへ戻る]
栽培環境エミュレータ
様々な栽培環境を再現することが可能な高能力な人工気象室。「エミュレート」とは、作物が栽培される野外環境を人工的に模擬することを言います。栽培環境エミュレータは、高出力なLEDを装備し、温湿度およびCO2濃度の制御が可能です。制御は従来のパターン制御に加えて、過去や実現したい気象データをPCから入力したリモート運転が可能で、分単位の設定値変化により、野外の変化を模擬、加えて任意の環境を実現した栽培を可能にします。[概要へ戻る]
ロボット計測装置
市販のRGB-Dカメラを作物に対し平行移動させ、カラー(RGB)画像と対象までの距離(D)画像を全自動で取得する画像収集装置。人の操作なしで設定時刻に自動で動作するため、生育調査の省力化と、高頻度の作物形質測定が可能となります。取得した作物画像をAI解析プラットフォームへ転送し、深層学習(AI解析)を利用することで大きさや色などの解析が可能になります。灌水および液肥循環装置などを備えていることから、栽培環境エミュレータを開閉することなく計測することが可能です。[概要へ戻る]
農研機構統合DB(NARO Linked Database, ナロ リンクド データベース)
農研機構内全研究データの一元的な集約を可能とするデータベース。これまで農研機構内の個々の研究センター・部門で所有していた病害虫、気象、遺伝資源、ゲノム情報等各種の研究データに全てについてメタデータ(著者、日付、ライセンス、内容など、データの属性を説明するためのデータ)を付与、機構内全研究データを見える化・カタログ化し、農研機構統合DBへ一元的に集約しました。データ間のフォーマットの違いなどが解消され、データを一様に扱えることで、AIによる分析が容易となり機構内外の分野横断的な研究が可能です。[概要へ戻る]
気候変動に対する適応および緩和
気候変動の対策には、原因となる温室効果ガスの排出量を削減する(もしくは植物等により吸収量を増加させる)「緩和」と、気候変動によって生じた、あるいは近未来的に生じる可能性がある気候変動の影響に対して、社会の様々なシステムを調整し、軽減もしくは逆に利用する「適応」があります。新たな作物づくりはその両方に貢献することが期待されます。[今後の予定・期待へ戻る]

参考図

図1 「栽培環境エミュレータ」と「ロボット計測装置」の特徴
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図2 「ロボティクス人工気象室」と「紫峰」が連動した研究基盤の全体像
高速ネットワークを介してリモート制御とロボティクス人工気象室から取得したデータのリモート解析が可能
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