プレスリリース
日本短角種(短角牛)の子育て能力を活かした黒毛和種の子牛の生産技術

- 胚移植で生まれた黒毛和種子牛を親子放牧で良好に育成 -

情報公開日:2010年12月 6日 (月曜日)

ポイント

  • 日本短角種(短角牛)の放牧適性と泌乳能力の高さを活用し、胚移植により生産された黒毛和種の子牛を夏山冬里方式の親子放牧で育成すると、良好に発育することを明らかにしました。

概要

  • 農研機構東北農業研究センター【所長 岡 三德】は、日本短角種(短角牛)の母牛に市場価値の高い黒毛和種を胚移植して黒毛和種の子牛を産ませ、親子で放牧することにより、子牛が良好に発育することを明らかにしました。
  • 短角牛は放牧適性と泌乳能力が高く、この種に特有な飼養方法である夏山冬里方式の親子放牧により短角牛の子牛は大きく育ちます。しかし、牛肉の格付けが脂肪交雑(サシ)重視であるために、赤身肉主体の短角牛生産においては収益性の向上が課題になっています。
  • 短角牛の母牛との親子放牧により胚移植で生まれた黒毛和種の子牛が良好な発育を示すという今回の知見は、我が国の寒冷地に適応した在来種である短角牛の優れた子育て特性を明らかにしたものです。
  • 本技術の導入により、通常牛舎で育てる黒毛和種の子牛を放牧で育成することが可能となります。この結果、飼料代や飼養管理労働を節減しながら市場価値の高い黒毛和種の子牛が生産でき、短角牛生産地域における収益性の向上と経営の安定が期待できます。

詳細情報

社会的背景と研究の経緯

短角牛は、北東北の自然環境に適応するように改良され、その飼養方法としては夏の放牧を中心とした夏山冬里方式が行われています。これまで短角牛は北東北の草・土地資源の有効利用や里山の環境保全などに重要な役割を担ってきました。しかし、平成3年度から始まった牛肉輸入完全自由化後、牛肉の格付けがサシ重視になり、赤身肉主体の短角牛は取引価格が安くなったことで、多くの短角牛の飼養農家が休廃業したため、平成元年の22,000頭から平成18年にはわずか7,100頭まで減り、今や貴重な存在です。短角牛を増やすためには、赤身肉の肉質の良さなど、本種の特性を明らかにする研究と同時に、貴重な短角牛を守っている短角牛生産農家の収益を安定させ、安心して短角牛増頭に取り組める技術基盤の提示が必要となっています。

そこで、短角牛の母牛を借腹として市場価値の高い黒毛和種の子牛を生産し親子放牧で育成する技術が開発されてきました。本技術の導入による経済的効果については、胚移植は1回のみとして受胎しなかった場合には放牧地での自然交配を行い、胚移植の受胎率が概ね30%以上である場合に経営的なメリットがあると試算されています。さらに収益性を高めるポイントとして、胚移植による受胎率の向上とともに放牧期間中の黒毛子牛の発育改善が挙げられています。そこで、本技術を導入した場合の放牧期における生育の特徴を調査しました。

短角母牛と親子放牧した黒毛子牛の発育の特徴

短角牛の母牛を借腹として放牧地で分娩、親子放牧される黒毛和種の子牛(放牧・短角母牛区、写真)は、下痢など過多な飲乳量から心配される障害による体調不良もなく、同じ血統で牛舎において黒毛和種の母牛に育てられる黒毛和種の子牛(舎飼・黒毛母牛区)に比べて、生後1カ月齢までの日増体量が著しく高くなります(図1)。また、2月の舎飼期に生まれ、5月から11月まで岩手県下の公共草地で短角牛の母牛と親子放牧した黒毛和種の子牛は、補助飼料を給与しなくても、放牧終了まで標準発育曲線より高い体重を維持します(図2)。これらのことから、適正な管理が行われた場合、放牧期間における黒毛和種の子牛の発育は十分であり、従来の技術で普及可能であることが明らかになりました。

写真 放牧地において哺乳中の短角牛の母牛と黒毛和種の子牛

図1 短角牛の母牛と親子放牧した黒毛和種の子牛の日増体重

図2 短角牛の母牛と親子放牧した黒毛和種の子牛の放牧期間中の発育

今後の期待・予定

本技術がより一層普及することにより、短角牛生産農家の収益性が改善され、短角牛の増頭に貢献することが期待されます。今後は収益性を高める上でもう一つのポイントとされている、胚移植による受胎率の向上技術を検討していく方針です。

用語の解説

胚移植
受精卵移植ともいいます。雌牛にホルモン剤を投与して過排卵処理を行った後に人工授精を行い、そこから採取した受精卵を別の雌牛に移植する技術です。移植された雌牛を借腹(かりばら)と呼びます。借腹は妊娠して胎子を育て、子牛を分娩します。
夏山冬里方式
夏は里山や奥山の草地に放牧し、冬は牛舎で貯蔵飼料により飼養する方式です。夏の間の飼料や飼養管理労働が節減できます。短角牛は子牛も一緒に親子放牧します。
親子放牧
親牛と子牛を一緒に放牧する飼養方式です。短角牛では一般的な飼い方ですが、他の品種ではほとんど行われていません。子牛は放牧することにより蹄(ひづめ)や脚が鍛えられ、丈夫で健康に育ちますが、舎飼に比べ体重増加が少なくなるとされています。
配合飼料
トウモロコシなど栄養価が高い飼料原料を混合した飼料です。我が国では、配合飼料原料のほとんどを輸入に頼っています。高い泌乳量や増体が求められる畜産業では、子牛は成長に伴い草だけでは栄養が足りなくなるので、配合飼料を補助として給与します。
日増体量
1頭の1日あたりの体重変化を示します。家畜生産において、体重変化は牛の健康を把握するのに大切な指標であり、肉用牛の場合には肉生産にも直接関係します。
標準発育
我が国で、これまでに行われた試験研究結果から作成された「日本飼養標準・肉用牛(2008年版)中央畜産会発行」に示された黒毛和種の標準的な発育値(体重)を示しています。