プレスリリース
日本で初めて育成された菓子専用小麦品種 「ゆきはるか」

情報公開日:2011年6月29日 (水曜日)

ポイント

  • 「ゆきはるか」は、日本で初めて育成された菓子専用の小麦です。
  • 現行の「キタカミコムギ」より多収で、ケーキの膨らみが優れます。

概要

  • 農研機構 東北農業研究センター【所長 小巻 克巳】は、菓子用の小麦品種「ゆきはるか」を育成しました。
  • 「ゆきはるか」は日本で初めて育成された菓子用の小麦品種です。
  • 現在、菓子原料に用いられている「キタカミコムギ」は、従来はめん用として利用されていた品種で、やや生地の力が強いのですが、「ゆきはるか」は菓子原料に適した弱い生地特性を持ち、スポンジケーキの膨らみが優れます。
  • また、「キタカミコムギ」より縞萎縮病等の病気に強く穂発芽しにくい特性を持ち、多収で作りやすい品種です。根雪期間が80日以下の東北・北陸地域の平坦地での栽培に適します。
  • 現在、岩手県において試験栽培を行っており、実用レベルでの菓子適性の評価を進めています。

品種登録

出願中(出願番号「第25588号」)


詳細情報

新品種育成の背景・経緯

菓子用にはタンパク質含量が低く生地の力が弱い薄力小麦が適していますが、これまで日本では菓子用の小麦品種は育成されておらず、東北地域では、めん用として利用されてきた「キタカミコムギ」が菓子用として利用されています。しかし、「キタカミコムギ」は穂発芽しやすいために品質が安定しにくく、菓子用としては生地の力がやや強い特性を持っています。このような状況の中、東北製粉協同組合より、菓子専用品種の早期育成が要望されていました。そこで、スポンジケーキ適性が「キタカミコムギ」より優れ、収量や品質が安定した東北・北陸向けの菓子専用小麦品種を育成しました。

新品種「ゆきはるか」の特徴

  • 「ゆきはるか」の母親は「東山30号(後の「キヌヒメ」)」で父親は「関東117号(後の「きぬあずま」)」です。平成9年5月に人工交配を行い、13年間選抜を重ねて育成しました。
  • 「キタカミコムギ」より生地の力が弱く、スポンジケーキの比容積が大きく、食感が良いため、「キタカミコムギ」よりも製菓適性が優れます(表1、図1、写真1)。
  • 「キタカミコムギ」と比べ、タンパク質含量は同程度で灰分含量が少なく、粉の色相が優れます(表2)。
  • 「キタカミコムギ」よりも早生で、出穂期、成熟期は約一週間早く、稈長が短く、穂数が多く、10%程度多収です。原麦の外観品質は「キタカミコムギ」と同程度です(図1、表3、写真2、写真3)。
  • 「キタカミコムギ」と比べて、耐寒性、耐倒伏性、耐穂発芽性が強く、縞萎縮病、うどんこ病、赤さび病の各耐病性が優れます。(表4)。
  • 東北・北陸の平坦地(目安としては根雪期間80日以下)が栽培適地です。

品種の名前の由来

「雪」で積雪地帯である東北・北陸の気候に適することを表し、「晴香」で厳しい冬を乗り越えたのち、晴れ渡った青空の下で豊かな恵みがもたらされ、香り高いお菓子が消費者の元に届けられることを願って名付けました。

種苗の配布と取り扱い

当面、試験栽培を希望する方には東北農業研究センターから有償で種子を分譲いたしますが、本品種の導入に当たっては、事前に地元の農業改良普及センターや各県農業試験場の担当者に相談する必要があります。

利用許諾契約に関するお問い合わせ先

農研機構 情報普及部
知財・連携調整課 種苗班
Tel 029-838-7390 Fax 029-838-8905

用語の解説

縞萎縮病
正確にはコムギ縞萎縮病と呼ばれるウイルスによる病気です。抵抗性が弱い品種では、生育が不良となり収量が大きく低下し、甚だしいときは枯死してしまいます。このウイルスは土壌中でポリミクサ菌に寄生しており、ポリミクサ菌が麦の根に感染したときに、根から進入して発病します。土壌から侵入する病気なので、薬剤による防除が難しく、寄主のポリミクサ菌は麦の栽培をやめた圃場でも長期間生存するため、一度発生すると根絶が極めて難しい病気です。

穂発芽性
小麦の種子は収穫期に長雨に遭うと穂の中で発芽し、デンプン等が分解されて品質が低下します。穂発芽のしやすさは品種で異なり、極易~極難の9段階評価で、「キタカミコムギ」は最下位から4ランク目の「やや易」です。

生地の力
小麦粉に含まれるタンパク質の約80%はグルテニンとグリアジンです。小麦粉に水を加えてこねると、グルテニンとグリアジンが互いにつながって、グルテンとよばれるネットワークが形成され、パン生地では弾力性と伸展性のもとになり、ケーキ生地では粘りが出ます。生地の力(弾性や粘り)はグルテンの量と質で決まります。一般にタンパク質含量が多いほどグルテンの量が多く、生地の力が強くなります。一方、グルテニンやグリアジンには多くの種類があり、つながりやすい性質のグルテニンやグリアジンを持つ小麦は質的に生地が強くなります。菓子用には生地が弱く、粘りが出ないほうが品質がよいとされています。東北農業研究センターではグルテンの強さをエキステンソグラムという測定機で判断しており、生地の力の程度や伸張抵抗の値が小さいほど菓子用に適しています。

耐寒性と耐雪性
東北地域では積雪の少ない地域や多雪地帯でも積雪の少ない年には、低温に遭遇する事により、茎葉が枯死する寒害が発生します。一方、多雪地帯や多雪年には、積雪による長期間の低温・暗黒下にあって植物体が弱ることにより、紅色雪腐病や小粒菌核病(積雪下で発生しやすく、菌糸が繁殖して葉を枯らす病害)の発生という形で雪害が発生します。耐寒性と耐雪性は寒害や雪害に対する耐性の強弱を表します。耐雪性のおおよその目安として、「やや弱」で根雪期間(気象庁定義による積雪の長期継続期間)が80日まで、「やや強」で110日までなら目立った被害は出ません。(日数はあくまで目安で、積雪深や越冬中の植物体の大きさ、土壌水分等で被害の発生程度は大きく変わります。)

キタカミコムギ
昭和34年に東北農業試験場で育成された品種です。育成当初は生産農家の自家消費用として岩手県で栽培されていました。その後、主産地が秋田県に移動した後、現在は青森県で1100haほど栽培されており、めん用のほか、タンパク質含量が少ないため、菓子用としても利用されていますが、グルテンの力が質的に強い特性を持っています。

WW
Western Whiteの略称で、アメリカ合衆国から輸入されている薄力小麦の銘柄で、主に菓子原料として利用されています。東北農業研究センターでは、農林水産省総合食料局から試験用に無償譲渡されたものを、スポンジケーキ官能評価における標準品としています。

表1 小麦「ゆきはるか」の生地の特性およびスポンジケーキ比容積

収量とスポンジケーキ比容積の比較

写真1 スポンジケーキの断面写真

表2 小麦「ゆきはるか」の品種特性

表3 小麦「ゆきはるか」の生育特性、収量性、原麦品質

写真2 株の標本写真

写真3 粒の写真

表4 小麦「ゆきはるか」の病害・諸障害抵抗性