プレスリリース
麦の混播で雑草を抑制する大豆栽培技術マニュアルを公表

- 湿害対策を加えることにより、転作田への適用も可能に -

情報公開日:2010年6月30日 (水曜日)

ポイント

  • 大豆栽培の際に麦類をリビングマルチとして利用し、雑草を抑制して収量を確保する技術を体系化し、マニュアルに取りまとめました。
  • 転作田用として湿害対策を付け加えて、技術の適用範囲を広げました。

概要

農研機構 東北農業研究センター【所長 岡 三德】では、麦類をリビングマルチ(被覆資材として利用される生きた植物)に利用し、雑草を抑えて収量を確保する技術を開発し、マニュアルに取りまとめました。

除草剤の使用量を低減できるリビングマルチ大豆栽培技術は、これまで東北各地で開発が試みられてきました。しかし、リビングマルチ栽培用の播種機や水田転作に対応した湿害対策がなかったことなどの理由から、実用化や生産現場への普及が進んでいませんでした。そこで、麦類と大豆を同時に播種でき、あ わせて湿害対策のために畝立てができる播種機を新たに開発し、リビングマルチ栽培技術体系の適用範囲を広げました。さらに、新たに開発した技術体系の実証試験を行うことにより適用可能範囲を明確化しました。

これらの新しく開発した作業体系に加え、これまでに得られている様々な技術・知見を体系化し、農業者が実際に導入できる抑草技術体系として提案しました。

予算

農研機構運営費交付金、農研機構費交付金プロジェクト「総合的雑草管理(IWM)」


詳細情報

社会的背景と研究の経緯

環境への影響を極力低減する観点から、除草剤などの資材の使用量を低減した栽培技術の確立が求められています。大豆栽培における抑草手段としては中耕培土や手取り除草が従来から行われており、これらを丁寧に行えば除草剤の使用量を減らせますが、大変な労力がかかります。近年、経営体当たりの大豆栽培面積は拡大傾向にあり、除草作業にこれまで以上に労力をかけられないことから、より省力的な技術の開発が求められていました。

除草剤使用量の低減と除草作業の省力化を両立できる技術の一つとして、生きた植物をマルチ(被覆資材)として利用し、雑草を抑制するリビングマルチ栽培があります。東北地域では、麦類をリビングマルチに用いる独特な大豆栽培技術の開発を各所で行ってきました。しかし、リビングマルチ栽培用の播種機や東北地方における主要な大豆栽培地である転作田に対応した湿害対策がなかったことなどの理由から、実用化や生産現場への普及が進んでいませんでした。そこで、東北農研ではこれらの問題に対処できる播種機を新たに開発し、一体化したリビングマルチ栽培技術体系を構築しました。さらに、この技術の適用可能範囲を明らかにし、リビングマルチ栽培技術体系のノウハウを集大成してマニュアルとして公表しました。

研究の内容・意義

2008年3月に公表した畑ほ場用の平畝播種機に、湿害回避のために農研機構中央農研が開発した畝立てをしながら播種をする機械を装着し、さらに大豆用播種機および麦類用播種機を加えて、麦類と大豆の両方を同時に畝上に播種する「畝立て麦類・大豆同時播種機(写真1)」を開発しました。播種作業の能率や精度は、大豆だけを播種する慣行の畝立て播種機と同等です。転作田ほ場にはこの畝立て播種機を、畑ほ場には従来型の平畝播種機を用いることで、転作田ほ場、畑ほ場の両方の大豆栽培に麦類をリビングマルチとして用いる栽培体系を導入することが可能になりました。

写真1 畝立て麦類・大豆同時播種機

さらに、開発した畝立ておよび平畝播種機を活用し、東北地域の農家の協力を得て、リビングマルチ大豆栽培の導入試験を各地で行い、技術の効果を検証しました。その結果、黒ボク土のほ場では生育初期の麦類との競合によりリビングマルチ栽培で減収する傾向がありますが、沖積土のほ場では慣行栽培と同等の収量が得られました(表1)。また、子実成分含有率については、沖積土、黒ボク土ほ場ともに慣行栽培と差が認められませんでした。従来、リビングマルチ栽培では生育初期の麦類との競合により、20%程度減収することがあるとされてきましたが、この成果により、あらかじめほ場の土壌タイプを確認することで、減収のリスクを予想できるようになりました。

表1 農家ほ場におけるリビングマルチ大豆栽培の成績例

東北農研では、リビングマルチ大豆栽培を普及させるため、様々なノウハウを取りまとめた技術マニュアルを作成し(写真2)、公表しました。技術マニュアルは東北農研のホームページからダウンロードすることが可能です。

麦類をリビングマルチに用いる大豆栽培技術マニュアル

写真2 麦類をリビングマルチに用いる大豆栽培技術マニュアル

今後の予定・期待

開発したリビングマルチ栽培用の播種機は、必要な部品を市販の播種機に追加して簡単に組み立てることができ、その詳細な方法についてもマニュアルに記載されています。コストのさらなる低減など、解決すべき課題も残されていますが、このリビングマルチ栽培の実用化・普及が、我が国の大豆栽培技術の、より環境保全型的な技術への転換の契機となることが期待されます。

用語の説明

湿害
土壌の過湿によって作物に引き起こされる障害をいい、特に、畑作物を転作田で栽培する場合に大きな問題となります。近年、大豆栽培では播種と同時に畝を立てるなどの対策技術が開発され、普及しつつあります。

転作田
水田の利用形態を変え、水稲ではなく畑作物を栽培する水田のことをいいます。現在、東北などの水田地帯では、大豆の大半が転作田で栽培されています。

リビングマルチ
大豆などの主作物と混作し、その被覆効果で雑草を抑制することをねらって栽培される植物のことで、生きている植物によるマルチという意味で、リビングマルチと称されます。東北農業研究センターをはじめ、東北地域の農業関係試験研究機関では以前から秋播き性の高い麦類をリビングマルチとして用いる大豆栽培技術を開発してきました。この栽培方法で、大豆と同時に播種した麦類は当初は旺盛に生育しますが、夏には出穂せずに枯れ、敷きわら状になって雑草の生育を抑えることができます。

秋播き性
麦類は、低温を経ることで花芽を分化させ、穂をつけますが、この作用を春化といいます。春化のための低温要求性は品種によって異な り、穂をつけるために長い期間の低温を必要とする品種を秋播き性が高いと言います。秋播き性の高い品種は、秋に播種するのが普通ですが、リビングマルチ栽 培では、このような秋播き性の高い品種を春に播くことにより、出穂させずに枯死させます。

中耕培土
条播(すじ播き)した作物の生育期間中に、条間を耕すと同時に土を作物に寄せて茎の下部を土で覆う作業のことを言います。倒伏防止など様々な効果を有しますが、最も重要なのは除草効果です。

黒ボク土
東北・関東地域に広く分布する火山灰土壌で、畑地として多く利用されています。

沖積土
河川の堆積作用によって生じた土壌で、主として水田として利用されるため、転作田では沖積土が多くみられます。