プレスリリース
低段密植・養液栽培用の初のトマト品種「すずこま」

- クッキングトマトの安定供給をめざして -

情報公開日:2011年10月 7日 (金曜日)

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター
全国農業協同組合連合会

ポイント

  • 植物工場にも利用できる、管理が簡単な「低段密植・養液栽培」用に育成された、初のトマト品種です。
  • 茎の伸長が自然に停止する心止まり性を持つため、手間のかかる芽かき作業が不要です。また、果実の柄の部分に節のないジョイントレス性であるため、ハサミを使わずに省力的なヘタなし収穫ができます。
  • 抗酸化作用を持つ色素リコペンを多く含み、加熱調理がおいしい、クッキングトマト向きの品種です。

概要

  • 農研機構 東北農業研究センター【所長 小巻克巳】とJA全農【代表理事理事長 成清一臣】は、低段密植・養液栽培用の初のトマト品種「すずこま」を育成しました。
  • 「低段密植・養液栽培」では、短期間に収穫を終えて年3~4回の栽培を繰り返しますが、従来の栽培法とは大きく異なるため、専用品種が求められていました。今回育成した「すずこま」は、草姿がコンパクトで密植に適し、30~40gの小さめの果実を多数収穫することができます。
  • また、茎の伸長が自然に停止する心止まり性であるため、手間のかかる芽かき作業が不要です。さらに、果実の柄の部分に節がないジョイントレス性を持つため、ハサミを使わない省力的なヘタなし収穫が簡単です。
  • 「すずこま」の果実は、抗酸化作用を持つ色素リコペンを多く含み、みずみずしい濃赤色で糖度は低めの、加熱調理に適するクッキングトマトです。洋食に限らず、中華や和食にクッキングトマトを取り入れることによって、世界平均の半分しかない日本のトマト消費量を増やす役割が期待されます。
  • 種子は来秋から市販予定で、現在JA全農営農・技術センター(神奈川県平塚市)および千葉大学植物工場(千葉県柏市)において試作を行っており、近々果実の試験販売も開始されます。

予算

農林水産省
「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」(平成19年度)
「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」(平成20~21年度)

品種登録

出願番号 第26126号


詳細情報

「すずこま」育成の背景・経緯

多段栽培と低段密植・養液栽培

日本において生果実で流通させるトマトは、ほぼすべてが多段栽培と呼ばれる方法で生産され、茎が無限に伸びる非心止まり性品種を用いて、主枝を支柱に固定する誘引作業を行いながら縦に伸ばしていき、数ヶ月間収穫を続けます(支柱栽培、長期どり栽培)。この間、次々に発生する腋芽(側枝)をすべて取り除く芽かき作業が必要です。低段密植・養液栽培は、1970年代から日本で独自に開発されてきたトマトの栽培技術です。苗を通常の2~4倍(最大1000株/a 程度)の密度で定植して高設ベンチで栽培し、低段の花房(1~3段)の果実のみを収穫した後に新たな苗に植え替え、これを年に3~4作繰り返します。この方法によって、作業の単純化、高品質化、低コスト化などの実現が可能で、一部で実用化されているほか、植物工場への導入も検討されています。低段密植・養液栽培においても、これまでは多段栽培用の大玉トマト品種が用いられてきましたが、果実数が少ないことや芽かき労力などの問題があるため、専用品種の育成が求められていました。

生食用トマトとクッキングトマト

日本の一人当たり年間トマト消費量は、世界平均のほぼ半分の9kg程度です(FAO統計、2007)。消費量の多い諸外国において、トマトは多くが加熱調理されるのに対して、日本ではほとんどが生で食されており、これが消費量の少ない一因です。近年トマトを加熱調理する機会が増えていますが、これに伴ってホールトマト缶の輸入が増え続けています。これは、消費者やプロの調理人は生食用大玉トマトを加熱調理した時の品質に満足していないことの表れです。そこで、東北農業研究センターではこれまでに、初のクッキングトマト品種「にたきこま」を育成しました(2004年品種登録)。しかしながら、「にたきこま」は植物体が大きく熟期も遅いため、周年安定供給できないことが問題になっていました。

低段密植・養液栽培用のクッキングトマト

東北農業研究センターでは、2000年より「にたきこま」に続くクッキングトマト品種の育成を開始しました。一方、JA全農営農・技術センターは低段密植・養液栽培の実用化試験に取り組んでおり、両者は2007年から共同研究を開始し、低段密植・養液栽培に適した特性を持った優良系統の選抜を進め、「すずこま」の育成に至りました。

「すずこま」の特性

すずこまの姿

草姿がコンパクトで密植に適し、花数が多いために30~40gの小さめの果実を多数収穫することができます(図1)。また、茎の伸長が停止する心止まり性であるため、手間のかかる芽かき作業が不要です。

すずこまの果実

果実の柄の部分に節がないジョイントレス性を持つため、収穫時にヘタが樹側に残り、ハサミを使わない省力的なヘタなし収穫が簡単です(図2)。生産者や流通販売業者の間ではトマトにヘタは必須だといわれていますが、消費者はヘタの有無をそれほど気にしていません。省力栽培と低価格販売を実現するためには、今後「すずこま」のようなジョイントレスによるヘタなし出荷が重要になると考えられます(図3)。これとは反対に、見た目を追究するのであれば、房どりも可能です(図3)。果実は、抗酸化作用を持つ色素リコペンを多く含み、みずみずしい濃赤色で、糖度は低めです(表1)。このため、糖度の高い大玉トマトに比べて、加熱調理に適しています(図4)。洋食に限らず、中華や和食にクッキングトマトを取り入れることによって、世界平均の半分しかない日本のトマト消費量を増やす役割を担うことが期待されます

すずこまの栽培

高設ベンチを用いた低段密植・養液栽培に適しますが、露地やハウスでの土耕栽培も可能です。この場合、「すずこま」の早生・コンパクトである特性を活かして、通常の倍以上に密植して収量を確保した上で、「にたきこま」の栽培が難しい春~初夏や晩秋以降に収穫することができます。

「こま」の系譜(品種名の由来)

東北農業研究センターで育成された歴代のトマト品種には、「こま」が付けられています。初代の「くりこま」(1967年育成)には、東北の名山「栗駒山」、岩手が馬産地であったことにちなむ「駒」、「果実が小さい=こまい」、などの意味を併せ持たせたと伝え聞いています。以来、「すずこま」は7代目の「こま」で、果実が鈴成りになることから命名されました(図1)。

「すずこま」のこれから

種子は来秋から市販の予定です。これと並行して、JA全農が低段密植・養液栽培と組み合わせた普及に取り組みます。現在、JA全農営農・技術センター(神奈川県平塚市)および千葉大学植物工場(千葉県柏市)において試作を行っており、近々果実の試験販売も開始されます。

図1

図2

図3

図4

表1

 

用語の解説(あいうえお順)

大玉トマト
外観がピンク色で、1果実重が150g程度(こぶし大)のトマト。日本で「トマト」といえば、これを意味する場合が多い。糖度は高いが、抗酸化物質である色素リコペンの含量はやや低い。生食に適するが、加熱調理には向かない。
クッキングトマト
加熱調理用のトマトを「クッキングトマト」と称する。日本のトマトはもっぱら生食用で、水分が多く、肉質柔らかく、甘味を追究した品種が用いられている。これらの品種は加熱調理しても食味が優れないため、「にたきこま」などの加熱調理専用の品種が育成された。
抗酸化作用
動植物の体内で過剰に生成される活性酸素は、種々の疾病や老化を促進する作用があるが、これを除去する能力が抗酸化作用。ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド(天然色素)などの食品が持つ抗酸化作用が注目を集めている。
支柱栽培
非心止まり性品種(別記)を用いて、腋芽をかき続けて頂芽を伸ばし、支柱に誘引して栽培する方法。日本の生食用トマトは、ミニを含めてほとんどが支柱栽培で生産される。
心止まり性
頂芽と腋芽のいずれもが、自然に伸長停止する性質。心止まり性トマト品種では、きわめて省力的な栽培が可能である反面、収穫期間が短いことが欠点になる場合もある。
多段栽培
トマトの非心止まり性品種(別記)では一定間隔で花房が分化し、それを1段、2段、・・・と数える。この非心止まり性品種を用いて、腋芽をかきとり続けて頂芽のみを伸長させ、長期間・多段収穫する支柱栽培で、ミニを含む日本の生食用トマトは、ほとんどがこの方法で生産されている。「長期どり栽培」ともいう。
低段密植・養液栽培
専用の人工気象装置などで育てた苗を定植して養液(水耕)栽培し、1~3段で収穫を打ち切る。このような短期間の栽培を、年3~4回繰り返す。この方法では、技術の単純化、マニュアル化が可能である上、植物体の背丈が低いため、ハウスやガラス室も軒の低い既存のものを用いることができるなどの利点がある。既存の生食用大玉トマト品種を用いて、実用栽培が行われている。
非心止まり性
トマトの場合、頂芽と腋芽のいずれもが伸長を続ける特性。この特性を持つ品種では、高品質果実の長期収穫が可能である。一方で、腋芽かきと支柱への誘引が必須であるため、管理に多くの労力を要する。日本の生食用トマト・ミニトマトは、ほぼすべてが非心止まり性品種である。
リコペン(リコピン)
カロテノイド色素の一種。特にトマトに多く含まれることで知られる。カロテノイドは、生体内で発生する活性酸素を消去する抗酸化作用(別記)を持つことが知られており、発ガン抑制や免疫増強の働きがあるとの報告がある。