プレスリリース
世界初、甘いコムギ(スイートウィート)を開発

- スイートコーンと同様な甘みのコムギを開発 -

情報公開日:2006年12月12日 (火曜日)

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター
日本製粉株式会社

東北農業研究センターと日本製粉株式会社は、従来の交雑育種にDNAマーカー選抜技術(※)を導入し、「甘い(甘味種)コムギ」を共同開発しました。トウモロコシには スイートコーンと言われる甘味種が存在し、生食用や缶詰用として幅広く利用されています。しかし、コムギやオオムギなどの麦類に甘味種は存在しませんでした。今回開発した甘味種コムギ(スイートウィート)は、マルトースを中心とするオリゴ糖を多量に蓄積します。コムギで甘味種を開発したのは世界初であり、パンやケーキなどに独特の風味や食感、自然の甘さを加味できることから、用途拡大に寄与することが期待されます。なお、この研究の一部は、農林水産省農林水産技術会議事務局の委託プロジェクト研究「DNAマーカーによる効率的な新品種育成システムの開発」により実施したものです。

※ DNAマーカー選抜技術:有用遺伝子の情報を利用することにより、品種開発の著しい効率化を促す技術


詳細情報

背景とねらい

うどんやパンを作るコムギは、普通系コムギと呼ばれ、世界で最も重要な作物の一つです。日本においても基幹作物の一つです。コムギの種子の 7-18% はタンパク質、70%は炭水化物で構成されています。その70%の炭水化物のほとんどは澱粉です。したがって、その量的、質的な改変はコムギ粉加工製品の品質の改良や全く新しい製品開発に結びつき、コムギの用途拡大に貢献すると考えられます。そこで、当研究センターでは、コムギの澱粉の2大構成要素であるアミロースとアミロペクチンの比率や質を遺伝資源を用いて改変する研究を進めてきました。その研究過程で既にアミロースを欠きアミロペクチンのみからなる澱粉を持つモチコムギを開発しましたが、今回さらにDNAマーカーを用いた選抜技術(MAS:Marker AssistedSelection)を用いて、日本製粉株式会社との共同研究により新規特性を持つコムギを開発しました。

成果の内容・特徴

  • 普通系コムギ種子においては、アミロースを合成する結合型の澱粉合成酵素I型 (GBSSI: Granule Bound Starch Synthase I)、及びアミロペクチンの側鎖を伸ばす可溶性の澱粉合成酵素II型(SSII:Starch Synthase II)がそれぞれ3種類ずつ存在します(各々A, B, Dとします。図1)。A,B,D全てのGBSSIを欠き、正常なSSIIを持つ変異体(アミロースを持たないモチコムギ)を母親、逆に、全てのGBSSIを持ち、SSIIを全て欠く変異体(1.3倍程度アミロースが増加した高アミロースコムギ)を父親として交配し、GBSSIとSSIIを完全に欠く二重変異体を選抜しました (図2)。
  • 二重変異体の選抜は、GBSSI及びSSIIの遺伝子配列に生じた欠損部分(目印)を簡易に確認できるDNAマーカーを用いて行なわれました(図3)。
  • 二重変異体の生の種子(開花後25日目)のBrix計でみた糖度は通常のものの2倍近い値を示しました。 その原因は高いオリゴ糖、スクロース(蔗糖)、マルトース(麦芽糖)、マルトトリオースの蓄積によるものでした(図4)。スイートコーン(Sweet Corn)に対してスイートウィート(Sweet Wheat)と名付けました。
  • スイートウィートは、スイートコーンと同様、種子が生の間は通常のものと区別できませんが、種子が完熟して乾燥すると、一気に体積が萎んで皺粒になります(図5)。
  • スイートウィートを製粉した粉は、高い糖含量を維持し、パンやケーキなどに独特の風味や食感、自然の甘さを加味できると考えられます。
  • マルトースは、砂糖などに比べると甘さが低く、また質の違う甘さを与えますが、比較的高価な糖です。スイートウィートはあらかじめマルトースを多く含んでいますので、食品に独特の味を与えることになり、その利用価値は高いと考えられます。
  • スイートウィート以外に、GBSSIとSSIIのA,B,Dそれぞれの正常型と変異型の組み合わせ数が異なる兄弟系統(部分変異体)がDNAマーカーで選抜されており(図2)、それらの系統では澱粉の構造や組成が互いに少しずつ変化していることから、それらの中からも新たな加工特性を持つ有望なコムギ系統が得られると考えられます。

予算

本研究は、日本製粉株式会社との共同研究及び農林水産省農林水産技術会議事務局の委託プロジェクト研究「有用遺伝子活用のための植物(イネ)・動物ゲノム研究-DNAマーカーによる効率的な新品種育成システムの開発」により実施したものです。

用語説明

普通系コムギ
普通系コムギは別にパンコムギともよばれるが、イネが生命を維持するために必要な遺伝子セットを1組持つのに対して、3組(A, B, D)を持ちます。普通系コムギの成立には、A、B、Dゲノムを単独に持つ2倍体野生種が関係しております。まずAとBゲノムを持つ野生2倍体植物が交配してAとB両ゲノムを持つ4倍体植物(これがマカロニコムギとなる)ができ、それにさらにDゲノムを持つ2倍体植物が交配し合成されてできています。したがって、イネは2倍体植物とすると普通系コムギは6倍体植物になり、通常イネに1個存在する遺伝子は3個存在することになります。そのため、普通系コムギでは、GBSSIはSSII酵素(遺伝子)がA,B,D3個存在します。

アミロース、アミロペクチンと澱粉合成酵素(GBSSI、SSII)の関係
澱粉はグルコース(ブドウ糖)が直鎖状に連結したアミロースと、その直鎖に枝別れした側鎖がついたアミロペクチンの2つの物質によって構成されます。穀類の種子澱粉の合成には多数の酵素が関わっていますが、アミロースの合成は単純で、澱粉粒に結合型の澱粉合成酵素のI型(GBSSI)によって行われており(図1)、この酵素が働かないとアミロースを含まないアミロペクチンのみからならなるモチ澱粉になります。(コムギにモチ澱粉を持つものは古来存在しませんでしたが、1995年、東北農研センターで世界初のモチコムギが開発されました)。一方、アミロペクチンの合成には多くの酵素が関わっていますが、そのなかで可溶性の澱粉合成酵素は側鎖を伸張させる働きをします(図1)。その中で特にII型といわれるものが働かなくなるとアミロペクチンの側鎖の伸張が十分に行われなくなり、短い側鎖を持ったアミロペクチンができるとともに、間接的にアミロース合成量が増加(1.3倍程度)した高アミロースコムギができます(これも2000年に日本で開発されました)。

DNAマーカー選抜
普通系コムギは、GBSSI及びSSIIを3種類(A,B,Dゲノムそれぞれに由来)持ちますが、世界中のコムギを調べてみると、A,B,D いずれかが機能しない変異遺伝子を持つものが存在します。この変異は、GBSSIやSSII酵素の設計図、つまり遺伝子の中に何らかの原因で壊れた(無くなったり、余計な書き込みがある)部分として存在します。その壊れた部分を目印(マーカー)にすれば、ある植物体において目的の遺伝子が機能しているかいないかを見分けることができます。このようなDNAに存在する目印をうまく使うと目的の遺伝子型(ここでは機能しているか変異しているか)を容易に選抜できます。これをDNAマーカー選抜と呼びます。このようなマーカーにより目的とする遺伝子型の個体を選ぶ方法を Marker Assisted Selection(MAS)と呼びます。この方法は、遺伝子の発現の結果として表に現れる表現型で選ぶ従来の選抜より、精度が高く、また多数の植物体を畑に展開して選抜しなくても良い、選抜期間を短縮できるなどの利点を持つために効率的品種育成が図れる技術として注目され、世界的に研究が進められています。既に東北農研では、GBSSIとSSIIのA,B,Dの遺伝子全てにおいて、変異した部分を確認するためのDNAマーカーを開発しました。今回このマーカーを使うMASにより、モチと高アミロースコムギを交配した後代においできる64種類のGBSSI、SSIIの正常型と変異型の組み合わせ全てを選抜することに成功しました。それら64種の中で、GBSSI、SSII全て変異型のものがスイートウィートです。これらの同定・選抜は、DNAマーカーが開発してあったために、世界に先駆けてできた成果と言えます。

説明図

種子やイモに蓄えられる澱粉はグルコースを単位とした直鎖状アミロースと直鎖に複数の側鎖を持つアミロペクチンから構成されます。 アミロースの直鎖構造は、GBSSIのみによって行われていますが、アミロペクチン構造は多数の酵素が働いて構築されます。その中の酵素の 一つがSSIIであり、側鎖の鎖長を伸ばすことを仕事としていると考えられてます。コムギの種子では、3種類(A,B,D)のGBSSIとSSIIが働いています。

図1 アミロース、アミロペクチン合成と顆粒性結合型澱粉合成酵素I型(GBSSI)と可溶性澱粉合成酵素II型(SSII)の関係
図1 アミロース、アミロペクチン合成と顆粒性結合型澱粉合成
酵素I型(GBSSI)と可溶性澱粉合成酵素II型(SSII)の関係

図2 スイートウィートの開発過程

図3 DNAマーカーと遺伝子(設計図)の関係

図4 スイートウィート種子(受粉後25日)における糖濃度

図5 スイートウィートの種子外観