東北農業研究センターでは、これまで、ハウス内温度を低く保つ「寒締め」でホウレンソウを栽培すると、糖度・ビタミン・食味が向上することを明らかにしてきましたが、このたび、この寒締め栽培で収穫前の気温・地温を低くすると、過剰に摂取すると問題とされる硝酸含量も低下させるのにも有効であることを明らかにしました。
※硝酸:乳幼児が過剰摂取した場合、窒息症状を引き起こす場合があること等から、野菜に含まれる硝酸含量の低減が求められている。
プレスリリース
寒締めでホウレンソウの硝酸含量が低下
- 良食味で安全・安心な冬野菜の生産 -
情報公開日:2006年10月11日 (水曜日)
詳細情報
背景とねらい
冬にハウスを開放し、収穫前のハウス内気温・地温を低く保つ寒締め栽培で、冬作のホウレンソウ、コマツナなど葉菜類の糖・ビタミン含量は高まります。この栽培法は冬のハウスを有効に活用し高品質な野菜を生産できることから、北東北(岩手、秋田、青森)を中心に普及しています。一方、野菜に含まれる硝酸は、幼児が過剰に摂取した場合、健康に害を及ぼすことがあるため、その含量を低減する技術が求められています。またホウレンソウに含まれるシュウ酸も、えぐ味の元となり増加が好ましくない成分です。そこで、寒締めによるこれら成分の変動について明らかにし、良食味・高栄養に加え、硝酸及びシュウ酸含量の低い高品質野菜の栽培技術開発をめざしました。
成果の内容・特徴
- 寒締めホウレンソウ(栽培試験に使用した品種は「まほろば」)の葉身と葉柄(茎)の糖度は気温・地温の低下する1月から2月にかけてともに上昇しますが、逆に硝酸含量は減少しました。(図1)。
- ホウレンソウの硝酸含量は、ハウス開放(寒締め)、密閉に関わらず、収穫前の温度(気温・地温)が低いほど減少することが明らかになりました(図2)。
- シュウ酸含量と収穫前温度との間には明らかな相関は見られず(図3)、寒締めにより糖・ビタミンのように増加することはありませんでした。
- ホウレンソウをはじめとする野菜は生長に必要な窒素養分の大部分を土壌から硝酸の形で吸収・蓄積しますが、低温によりこの吸収が抑えられることで硝酸含量が減ると考えられます。また、低温下でもホウレンソウは生命活動を続けているため、体内に蓄えていた硝酸を消費していくことでさらに含量を減らしていると考えられます(図4)。
- ホウレンソウの他の品種(コンバット、リード、朝霧など)でも同じ傾向を確認していますが、硝酸およびシュウ酸の含量はそれぞれ品種により異なります。
- 本研究は、農林水産省の先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「寒締め野菜の高品質化シナリオの策定と生産支援システムの開発」により実施したものです。
図1 ホウレンソウの部位別硝酸含量と糖度
(2005年、盛岡市、1月7日よりハウス開放)
図2 収穫前地温とホウレンソウ地上部硝酸含量との関係
(盛岡市、収穫日:2003年12月~2004年2月、2004年12月~2005年2月)
図3 地温と地上部シュウ酸含量との関係
(盛岡市、図2と同じ)
図4 低温による硝酸含量の減少
写真1 寒締めハウスの様子
写真2 収穫調査(2005年2月)
用語説明
寒締め栽培
「寒締め」は東北農業研究センターの前身である東北農業試験場で開発された栽培技術です(平成7年度東北農業研究成果情報)。昔からホウレンソウや菜っぱ類が冬に甘く美味しくなることは良く知られていました。実際、ホウレンソウに限らず越冬する植物は雪や寒さに当たると体内の糖分が上がることが分かっています。これは車の不凍液と同じ原理で、凍るのを防ぐ作物の自己防衛反応であると考えられています。「寒締め」はこの現象を積極的に利用した栽培法です。
野菜を「寒」さで「締める」という意味で名付けられました。初めから寒さを当てるのでなく、最後に寒さを当てることがこの技術のポイントです。実際には収穫可能な大きさまで育った時点でハウスの裾を上げ、外気を入れて中の温度を下げるだけです。寒締めにより糖含量が増え甘く美味しくなっただけでなく、ビタミン類も増加して栄養価が高くなることが明らかになりました。
東北における冬の野菜栽培技術
東北の冬の寒さは厳しく、野菜を始め作物の栽培は困難でした。そのため、冬の栽培技術についての研究は保温効果をいかに高めるかという点で進められてきました。この結果、近年ではビニールハウス、べたがけ被覆資材等の普及により、寒さの厳しい北東北でも冬にホウレンソウ、菜っぱ類の生産が可能となりました。東北農業試験場(東北農業研究センターの前身)では「溝底播種法」を開発し、低コストでべたがけの保温効果を高めることに成功しています。
野菜に含まれる硝酸
野菜は生長に必要な窒素の大部分を硝酸の形で吸収・蓄積しますが、硝酸を人間が摂取しても栄養とはならずそのまま排出されます。ただし乳幼児が過剰に摂取した場合、ブルーベビー症と呼ばれる窒息症状を引き起こす場合があるため(成人では問題になることはありません)、飲料水の硝酸イオン濃度に制限が設けられています。EU加盟国では野菜に含まれる硝酸イオン濃度についても上限値を設けており、硝酸含量の低減が求められています。なお、摂取した硝酸は体内で亜硝酸に変化し、肉などに含まれるアミンと結合することで発ガン性のニトロソ化合物を生成する、との懸念も指摘されていますが、疫学的には実証されておらず研究者の見解も分かれています。実際には、野菜に含まれるビタミンなど抗酸化成分が発ガン物質の働きを強力に抑えるため、問題になることはないと考えられています。野菜栽培においては、過剰な施肥(特に窒素分)により生長に必要な分以上の硝酸が吸収されてしまい、野菜体内の硝酸含量が増加してしまうことが確認されています。しかし窒素養分が足りないと、生長できず収穫が遅れたり、葉の色が悪くなってしまうなどの問題が生じるため、適正な施肥量を守って栽培する必要があります。
野菜に含まれるシュウ酸
シュウ酸はホウレンソウなど一部の野菜に含まれる有機酸の一種で、えぐ味を感じる成分です。コマツナなどアブラナ科の野菜にはほとんど含まれません。ホウレンソウへ過剰に窒素養分を与えた場合、硝酸含量が増加すると共にシュウ酸含量も増えてしまうことが確認されています。シュウ酸を多量に摂取すると尿結石を引き起こす危険があり、また鉄分やカルシウムの吸収を阻害する成分でもあるといわれますが、通常食べる量のホウレンソウではこれら害の心配はありません。また茹でて水にさらすことで半分以上のシュウ酸は水に流れてしまいます。寒締めホウレンソウなど、冬に収穫されたホウレンソウの表面にザラザラとした白い顆粒のようなものが見られる場合があります。農薬と誤解されることもあるようですが、これはシュウ酸塩の結晶です。低温に当たることでホウレンソウに含まれるシュウ酸が外に排出されると考えられています。この結晶は簡単に洗い流せます。