プレスリリース
寒冷地水田に連用した堆肥からの窒素の動態を解明

情報公開日:2005年11月29日 (火曜日)

水田に施用された肥料や堆肥に含まれる窒素の動態を把握するには、15N標識された肥料や堆肥を用いて直接その窒素を追跡する手法(トレーサー法)が有効です。しかし、寒冷地水田の堆肥連用条件における堆肥に由来する窒素動態解明にトレーサー法が用いられたことはなく、その窒素収支が連用条件で直接的に明らかにされたことはありませんでした。東北農業研究センターでは15N標識堆肥を用いて、水田における3年間の連用条件での稲わら堆肥とおがくず入り牛ふん堆肥の窒素収支を明らかにしました。

背景とねらい

有機農業をはじめ資源循環型の農業が期待されるなか、堆肥等有機質資材の有効利用が求められています。そのためには堆肥等有機質資材に含まれる窒素の作物、土壌、環境への影響評価、すなわち窒素動態を正確に把握する必要があります。水田に施用された肥料や堆肥に含まれる窒素の動態を把握するには、窒素の同位体である15N濃度を人工的に高めた15N標識肥料や15N標識堆肥を用いたトレーサー試験を行うことが有効です。しかし、堆肥については15N標識肥料(試薬)で作物を育てそれを堆肥化する、あるいはその作物を家畜に給餌し、さらにそのふん尿を集めて堆肥化するといった費用と労力を要します。そのため15N標識堆肥の使用事例は少なく、寒冷地水田の連用条件ではトレーサー法で堆肥の窒素動態が研究されたことはありませんでした。そこで、15N標識された完熟稲わら堆肥と完熟おがくず入り牛ふん堆肥を用い、連用条件で完熟堆肥に含まれる窒素の動きを直接的に追跡し、その収支を明らかにしました。

成果の内容・特徴

  • 稲わら堆肥、おがくず入り牛ふん堆肥ともに安定した肥効が3年間継続しますがその肥効は低く、3回の施用分を合計しても完熟堆肥だけでは水稲の窒素栄養源としては不十分です(図1)。したがって、高生産のためには、連用開始から3年以上は完熟堆肥の他に肥料や肥効の早い有機質資材の併用が必要と考えられます。
  • 土壌へは多量に残存するため地力を増強する効果は高く、3年間連用された完熟堆肥窒素のうち70%以上が3作後の土壌に残存しました。(図2)。これらは次年度以降も継続して水稲の窒素栄養源になります。
  • 連用開始時に施用された完熟堆肥の下層への流亡による系外損失は、稲わら堆肥、おがくず入り牛ふん堆肥ともに3年間の累計で3%と少なく、損失のほとんどは脱窒と考えられます(図3)。したがって、水田に施用された完熟堆肥は下層の水系の窒素汚染源にはならないと考えられます。
  • 際に長期間(30年以上)稲わら堆肥、家畜ふん堆肥の連用が続けられてきた試験水田において、堆肥の連用により窒素量が増加したことが確かめられました(図4)。

詳細情報

図1 各年次に施用された15N標識堆肥由来窒素の水稲による吸収率
図1 各年次に施用された15N標識堆肥由来窒素の水稲による吸収率
吸収率は各年次の施用量(10gN/m2)のうち水稲が吸収した堆肥由来窒素量の割合。

図2 各年次に施用された15N標識堆肥由来窒素の土壌残存量
図2 各年次に施用された15N標識堆肥由来窒素の土壌残存量
施用量は10gN/m2・年なので、3作後の残存量が30gN/m2だと全施用量に対する残存率が100%となる。

図3 連用開始時に施用された完熟堆肥の窒素の3作後の収支
図3 連用開始時に施用された完熟堆肥の窒素の3作後の収支

図4 堆肥を長期間連用した水田土壌の窒素含有率の変化
図4 堆肥を長期間連用した水田土壌の窒素含有率の変化

用語説明

15N(重窒素)
自然界に多い窒素14N(質量数14)よりも重い質量数15の窒素の安定同位元素で、大気中には0.366%とごくわずかしか存在しない。これを濃縮しその濃度を高めて用いると、それ以外の窒素との区別ができるようになるので、以下で説明するトレーサー法において追跡元素(トレーサー)として用いられる。
施肥試験には15N標識された硫安や尿素など市販されているものが使えるが、有機質資材を標識したものは市場で入手することはできない。

トレーサー法
農業系における物質移動を追跡するために元素の同位体が用いられ、これをトレーサー法と呼ぶ。一般的なのは同位元素の割合が天然とは異なる肥料などを施用してその挙動を調査する方法で、15N、13Cなどが用いられる。トレーサー法は重さ(原子量)は異なるが他の化学的性質は本質的に同じであるという前提に基づいている。トレーサー(追跡子)を用いると、もともとその系に存在していた対象元素と、トレーサーとして与えた元素の区別が可能となる。例えば、15N(重窒素)標識された硫安を施用し、一定期間後作物の15N存在比を調査すれば、肥料(硫安)に由来する窒素を土壌などそれ以外に由来する窒素と分けて評価することができ、施用した肥料の窒素利用率がわかる。同様に土壌に残存する肥料由来窒素量を知ることもできる。

脱窒
水田土壌から窒素がN2ガスとして大気中に放出される現象。水田土壌表面の薄い酸化層で硝化作用により生じた硝酸が、下層の還元層に移りN2に還元され脱窒する。