ポイント
- 東北地方の農家を対象とした、水稲栽培管理のための新情報システムを開発しました。
- ほ場位置、品種、移植日に対応して、水稲の生育状況や冷害・高温障害の危険性、病害発生を予測できます。
- Googleマップまたは携帯端末で予測情報を確認できます。
- 気象災害等の発生が予測される場合には、警戒情報メールを発信することで、ほ場での対策の実施を促します。
概要
- 農研機構 東北農業研究センター【所長 小巻 克巳】は、東北地方の農家を対象に、各農家のほ場位置、品種、移植日に対応した水稲の生育状況、冷害・高温障害、病害発生の予測情報を提供できる水稲栽培管理のための新しい情報システムを開発しました。
- これらの予測情報は、インターネットで広く利用されているGoogleマップ上で得られるほか、携帯電話からも利用できるため、農作業の合間でも予測情報を確認できます。
- 農家のほ場に冷害・高温障害や病害発生の危険性が予測された場合には、警戒情報メールを自動配信し、ほ場の調査および対策の実施を促します。
研究の経緯
東北地方では、2010年夏季の異常高温で水稲の高温障害が多発するなど、近年夏季天候の年次変動が大きくなっており、気象災害の危険性が高まっています。しかし、現在発信されているイネの生育、冷害・高温障害、及び病害発生についての予測情報には、以下のような問題点があります。
- 対象とする地域の代表的な測定地点・品種・移植日の情報に基づいた予測であることから精度が低い。
- 長期予報(1ヶ月予報)等を根拠にしており、比較的精度の高い週間予報は利用されていない。
- 情報提供の更新頻度が月1回程度に留まり、リアルタイムの予測情報が得られない。
- 携帯端末等から簡便に情報を得られない。
そこで、以下の特徴をもつ予測システムを開発しました。
- 1km気象メッシュデータを使うことで、個々の農家のほ場位置、品種、栽培履歴に対応できる。
- 比較的精度の高い週間予報の気象予測データに基づくことで、予測精度が向上できる。
- Googleマップ上の簡単な操作でリアルタイムでの予測情報が得られるほか、携帯電話からも予測情報を利用できる。
- 気象災害等の危険性がある場合には、警報メールを自動発信できる。
研究の内容・意義
- 農家のほ場位置、品種、栽培履歴に対応したイネの生育予測
- Googleマップ上でユーザーのほ場の位置をクリックし、品種(東北地方主要12品種)、移植日、移植日の葉齢を入力することにより、1週間先までの生育(主桿葉齢、幼穂発育、玄米発育)を予測可能としました(図1)。
- 湛水直播栽培の生育予測も可能です。
- 1ユーザー当たり5ほ場の設定を登録可能とし、複数品種を栽培するユーザー等の利便性を高めています。
- 冷害・高温障害の予測
- 生育予測情報からユーザーほ場での冷害および高温障害危険期間を推定して1週間先の危険度を予測します。
- 被害の発生が予測される場合には、回避に向けた深水管理、用水掛け流し等の対策の効果的な実施が期待されます(図2)。
- 病害発生の予測
- イネいもち病発生予察システム(BLASTAM)を用いて、5日後までのいもち病菌の感染好適条件を予測できます(図3)。
- イネ紋枯病発生予察システム(BLIGHTAS)を用いて、現在までの紋枯病の被害度を推定できます。
- これらの病害発生に関する予測・推定情報により、今後の薬剤散布による防除対策の効果的な実施が期待されます。
- 携帯電話からの利用
- Googleマップ上での情報提示に加えて、携帯電話からも利用できるシステムとしたことから、農作業の合間にほ場からでも予測情報を確認できるなど、ユーザーの利便性は高く、日常的な利用が期待できます(図4)。
- 警報メールの自動配信
- ユーザーほ場に冷害・高温障害および病害発生の危険性が予測されたときは、警戒情報メールを自動配信して、効果的なほ場の調査および対策を促すことが期待できます。
- 双方向情報交換
- ユーザーはパソコンおよび携帯端末からほ場の様子、警戒情報に対する対策、システムへの質問等をシステム管理者へ送信できるほか、ユーザー間の情報交換も可能であることから、本システムを通じて被害回避に向けた技術の普及や高度化も期待できます。
※なお、本システムでは、移植期を4月1日から6月30日までで入力することが可能であり、本年の地震災害によりやむを得ず移植が遅れた地域のほ場についても、生育や冷害・高温障害、病害発生の予測が可能です。
利用方法
本システムの使用には、ユーザー登録が必要です。ユーザー登録画面から利用規約に同意して、氏名、住所、メールアドレス等を入力すると、IDとパスワードが発行されます。初期画面にIDとパスワードを入力すると使用できます。使用料は無料(別途通信料がかかります)で、東北地方の4-10月の稲作期に運用します。
今後の予定・期待
気象災害危険度や病害発生リスクが高いと予測されたときに、深水管理、用水掛け流し、薬剤散布などの被害対策を実施できる生産者には、本予測システムは被害を最小限にするための実用性が高い支援技術の一つとなります。今後は生産現場における本予測システムの有効性をさらに検証し、予測精度や利便性を向上させて、東北地方における本技術の普及を進める予定です。
また、東北地方以外の主力品種についての気象条件に対応した生育モデルや病害発生モデル等の整備を進め、本予測システムに導入することで、本予測システムの適応範囲を全国に拡大できることが期待されます。東北農業研究センターでは、各地域で行われる研究成果を活用していくことで、数年後には本予測システムの適応範囲を全国に広げていく予定です。
用語の解説
冷害(障害型冷害)
出穂(穂が出る)11日前頃に18-20°C以下の気温に遭遇することにより、正常な花粉が形成されなくなるため、不稔籾が多発する障害が発生します。東北地方では、平成5年と15年に大発生して大きな被害となりました。
高温障害
出穂0-15日後に平均気温27-28°C以上の高温に遭遇すると、白未熟米(米粒に白い不透明部がある米)が多発し、品質が低下する障害が発生します。この発生要因やメカニズムは未解明な部分も多く現在盛んに研究が行われています。平成22年の異常高温では、東北、北陸地方でも高温障害が多発して大きな被害となりました。
イネいもち病
イネいもち病は糸状菌(カビ)が引き起こす空気伝染性の病害であり、発病が急速に進展するばかりでなく減収などの被害に直結します。日本で広く栽培されている「あきたこまち」、「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」などの品種はいもち病に比較的弱く、本病は発生量の年次変動が大きいものの、日本で最も重要なイネの病害であり、世界のイネ栽培国の多くで極めて重要な病気とされています。
イネ紋枯病
比較的高温、高湿度の条件で発生が助長され、日本では発生面積が最も多い病害です。水際部の初期病斑から菌糸によって上方の葉鞘に感染して、さらに隣接する株へも感染が広まります。止葉など上位の葉鞘に発病するほど、未熟粒の増加や米粒品質の低下等の被害が大きくなります。また、紋枯病は倒伏の発生も助長します。