プレスリリース
「土壌伝染性フザリウム病の被害軽減技術に関する 研究成果集」を公表

- 長期間維持可能な土壌pH矯正による被害軽減技術を開発 -

情報公開日:2015年9月30日 (水曜日)

ポイント

  • 土壌伝染性フザリウム病は、広範な作物に発生し、土壌消毒や耐病性品種による防除対策では十分な効果が得られないことから野菜産地では脅威となっています。
  • 農研機構では、転炉スラグを用い、これまで適正値とされていたpH6.5より高いpH7.5程度を長期間維持することにより被害軽減を図る技術を開発しました。
  • 本技術に土壌消毒や耐病性品種などを併用することで被害軽減効果が更に向上し、野菜の安定生産に貢献します。

概要

  1. 農研機構は、東京農業大学、青森県産業技術センター農林総合研究所、岩手県農業研究センター、宮城県農業・園芸総合研究所、福島県農業総合センターと共同で、転炉スラグ1) (図1) による土壌pH矯正を核とした土壌伝染性フザリウム病2)の被害軽減技術を開発し、研究成果集として公表しました。
  2. 農研機構では、農林水産省の3年間のプロジェクト研究 (共同研究) で、転炉スラグを使用することで消石灰や苦土石灰などの従来の石灰質肥料では困難だった次作以降にも持続する土壌pH矯正を実現しました。さらに、野菜栽培では適正値とされるpH6.5より高いpH7.5程度を維持することで様々な野菜において土壌伝染性フザリウム病の発生を抑制し、被害を軽減させる技術を開発しました。
  3. 公表した研究成果集は、「研究成果集」、「研究成果集 (詳細版) 」の2種類です。前者は、生産者や普及・指導担当者を対象にしており、後者は、具体的な試験条件や得られたデータを記載し、主に研究者を対象にしています。

研究成果集の入手方法

農研機構のホームページからダウンロードしてご利用ください。

なお、冊子体をご希望の方は情報広報課へFaxまたはe-mailでお申し込みください。

Fax: 019-643-3588 / e-mail: www-tohoku@@naro.affrc.go.jp (このアドレスはコピー&ペースト後に@を一つ削除してから使用してください)

関連情報

予算: 農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「転炉スラグによる土壌pH矯正を核としたフザリウム性土壌病害の耕種的防除技術の開発」 (平成24~26年度)


詳細情報

研究の経緯

土壌病害の発生は産地の崩壊を招くほどの被害をもたらすもので、中でも土壌伝染性フザリウム病は様々な作物において栽培上の大きな問題となっています。現時点での主な防除対策としては、薬剤や太陽熱等による土壌消毒と抵抗性・耐病性品種利用の2つがありますが、この対策だけでは十分な効果が得られないため新たな技術の開発が求められています。

一方で、土壌伝染性フザリウム病は土壌pHが高くなるにつれて発生が少なくなる傾向があることが1950年代から報告されています。これは、土壌pH矯正という極めて基礎的な対策が本病に有効であることを示すものです。しかし、消石灰や炭酸カルシウムなどを主成分とする石灰質肥料では持続的なpH制御が難しく、作期の終わりには土壌pHが低下して被害軽減効果も十分なものではありませんでした。

そこで、土壌pH矯正効果を長期間維持する特性を持つ鉄鋼副産物の転炉スラグを活用したところ、実用的な被害軽減効果を発揮させる手法を開発することができました。

研究の内容・意義

  1. 公表した「研究成果集」は、開発技術を直接栽培現場に普及させるため、生産者や普及・指導担当者を対象にしています。 内容は、まず各ほ場での転炉スラグ施用量の決め方 (図2) を解説しています。次に、実際に土壌pHを矯正した場合の被害軽減効果として、土壌伝染性フザリウム病であるホウレンソウ萎凋病、レタス根腐病、イチゴ萎黄病、およびセルリー萎黄病についての被害軽減事例を記載しています (図3) 。
  2. 「研究成果集 (詳細版) 」は、具体的な試験条件や得られたデータを記載しており、主に試験研究関係者を対象にしています。 開発技術を他の地域や作物、作型に適用する際に参考となります。
  3. 転炉スラグは他の石灰質肥料とほぼ同様の価格で販売されています。土壌をpH7.5程度に矯正するには初年目に経費がかかりますが、2年目以降の施用量は少なくなります。薬剤防除を毎年実施する場合と比較すると、必要経費は同等以下です(表1)。
  4. 研究成果集の技術活用に当たっては、以下にご留意ください。
    1. 土壌をpH7.5程度に矯正しても、病原菌は殺菌されません。また、土壌微生物相3)も大きな変化はありません。ここで、被害軽減メカニズムについての詳細は明らかになっていませんが、土壌pHを高くするにつれてその効果も高くなることを明らかにしました。そのため、本技術では土壌pHの維持が最も重要です。また、土壌中の病原菌密度を低下させるための土壌消毒や、耐病性品種などを併用することで被害軽減効果は向上します。
    2. 本成果はすべての種類の土壌病害に効果があるわけではありません。例えば、バーティシリウム属菌が引き起こすナス半身萎凋病4)は土壌pHを高くすると発病が促進される場合があります。また、転炉スラグを施用して土壌pHを矯正すると土壌中の有機物の無機化が促進され、窒素発現量5)が多くなります。そのため、地力の変化に応じた減肥栽培が必要であり、また地力の消耗を回復させる対策も必要です。

今後の予定・期待

2種類の研究成果集を活用し、土壌伝染性フザリウム病対策に取り組んでいる普及機関、JA等と連携して、栽培現場への本格的な普及の取組を進める予定です。

また、本成果は太陽熱を利用した土壌消毒、あるいは耐病性品種との併用で被害軽減効果が向上します。これらの技術と効果的に組み合わせることで、さらに持続性の高い土壌病害制御技術の確立が期待されます。

用語の解説

  1. 転炉スラグ

    製鉄所の製鋼過程で副産物として生産される鉱さい (スラグ) 。「転炉さい」とも呼ばれる。ケイ酸カルシウムを主成分とし、マグネシウム、リン酸、鉄、マンガン、ホウ素などの作物の生育に必要な元素も含んでおり、石灰質肥料としても利用されています。ケイ酸カルシウムは、消石灰 (水酸化カルシウム) や苦土石灰(炭酸カルシウム)と比較して水に溶けにくいため、長期間にわたって土壌中に存在することで土壌pHの持続効果が発揮されます。

  2. 土壌伝染性フザリウム病

    フザリウム属菌 (Fusarium oxysporum, F. solaniなど) が引き起こす土壌病害。120種以上の作物に発生することが報告されており、本菌に感染した作物はしおれや根腐れ等を引き起こし、多大な被害を受けます。

  3. 土壌微生物相

    土壌中には様々な細菌、糸状菌、線虫などの微生物が生息しています。それらの微生物は、土壌環境が変化するとそれに伴って密度や種類が変化します。これを利用して、転炉スラグ施用が土壌環境へ与える影響の程度を評価しています。

  4. ナス半身萎凋病

    バーティシリウム属菌 (Verticillium dahliae) が引き起こす土壌伝染性病害。病勢が進むと株全体の葉がしおれて枯死するため、発生すると大きな被害が出ます。土壌pHの酸性側よりもアルカリ側で病害発生が多い傾向があります。

  5. 土壌からの窒素発現量

    作物が吸収する窒素は、一般に施肥由来と土壌由来に区別されます。土壌pHを7.5程度に高めると、土壌有機物を分解して無機態窒素を作り出す微生物の活性が高まり、土壌からの窒素発現量が多くなる「アルカリ効果」という現象が起こります。

写真と図表

図1
図1.転炉スラグの市販例。 本品の場合、転炉スラグは粉状。
図2
図2.転炉スラグ施用量を求める方法。 矯正しようとする土壌に転炉スラグを少しずつ加えていくと、土壌pHが徐々に変化します。それをグラフにすると、目標とするpHに矯正するための転炉スラグ施用量が推定できます。この土壌の場合、土壌pH7.5に矯正するには3t/10a (10cm深) を施用します。
図3
図3.ホウレンソウ萎凋病に対する被害軽減効果。
表1.コストの試算例 (薬剤処理とのコスト比較)
表1
岩手県内のホウレンソウ栽培農家の事例。栽培面積:7a。年間4~5回作付けするが、夏場の2回分はフザリウム病である萎凋病が発生して収穫が大幅に減収しており、その対策が必要。これまでは農薬 (クロルピクリン剤) による防除であったが、平成26年から転炉スラグ施用による土壌pH矯正手法に順次切り替えている。農家からの聞き取りでは、農薬使用に比べて収量は若干低下するが、作業時期を選ばない、作業が簡単なこと等、メリットがあるとのこと。