プレスリリース
小麦の製粉性に関わる遺伝子を多数発見 !

- 遺伝情報を用いた育種による品種開発の効率化に期待 -

情報公開日:2015年10月 8日 (木曜日)

ポイント

  • 小麦品種「きたほなみ」の育成の系譜を足がかりとして、小麦粉の性質 (製粉性) に関わる21個の遺伝子を発見しました。
  • これら遺伝子のうち18個は、「きたほなみ」の育成過程で交配を繰り返し、製粉性が優れる個体を選び続けた結果、集積されたことが分かりました。
  • 今回明らかにした遺伝子の情報を使うことで、より早く、正確な製粉性の改良が期待できます。

概要

  1. 農研機構は、北海道立総合研究機構北見農業試験場および長野県農業試験場と共同で、小麦品種「きたほなみ」の育成の系譜をたどる新しい解析法により、製粉性1)に関与する21個の遺伝子を発見しました。
  2. 「きたほなみ」は北海道の軟質小麦2)品種で、国内の小麦生産量の約50%を占めます。この品種は、他の軟質小麦品種に比べて一定量の小麦の粒からより多くの小麦粉が得られる (製粉性が高い) という特徴があります。
  3. 「きたほなみ」は製粉性に関与する21個の遺伝子のうち18個を持ち、これが「きたほなみ」の製粉性を向上させていること、粉品質の良い小麦を長い年月をかけて選んできた育種過程で、これらの製粉性に関する遺伝子が集積されてきたことを明らかにしました。
  4. 現在、製粉性に関するこれらの遺伝子情報を使ったデザイン育種3)に関する技術開発とこれを全国的に運用するための体制作りに取り組んでおり、数年後には北海道だけでなく、全国各地の小麦の品種改良で製粉性の改良が開始される予定です。

関連情報

予算:
運営費交付金
農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」 (2008-2012)
農林水産省委託プロジェクト「次世代ゲノム基盤プロジェクト」 (2013-2014)
論文:
Ishikawa et al. (2014) Association mapping and validation of QTLs for flour yield in the soft winter wheat variety Kitahonami. PLoS ONE 9(10):e111337. DOI: 10.1371/journal.pone.0111337


詳細情報

研究の経緯

小麦は、主に小麦粉として消費されます。そのため、一定量の小麦の粒から得られる粉の量を表す「製粉性」は、実質的な収量と粉の品質、加工コストを決める重要な要因です。同じ小麦でも品種によって製粉性の良し悪しに差があるため、品種改良では、実際に少量で製粉試験を行い、製粉性の良いものを地道に選び続けてきました。2006年に北海道立北見農業試験場 (当時) で育成された日本めん用の小麦品種「きたほなみ」は、我が国の軟質小麦品種の中で最も優れた製粉性を持っています。「きたほなみ」は他にも製めん適性、収量などが優れることから、北海道の主力品種であった「ホクシン」に置き換わり、現在、我が国で最も広く栽培され、国内の小麦生産量の約50%を占めるまでとなっています。

ではなぜ、「きたほなみ」の製粉性がこれほど良いのでしょうか?   最近の北海道の主力品種の変遷をみると、1990年代の「チホクコムギ」から、2000年代の「ホクシン」、2010年代の「きたほなみ」に至るまで、製粉性が着実に向上し、特に「きたほなみ」では大きく向上していることが分かります (図1) 。過去の品種を調査した場合でもこの傾向は変わらず、品種改良が進むにつれて製粉性が良くなっています。おそらく、品種改良の過程で製粉性を良くする遺伝子が集積されたためと考えられます。これらの遺伝子が分かれば、「きたほなみ」を材料にして品種改良をする場合、他の品種との交配によって製粉性遺伝子の組合せが一旦崩されたとしても、遺伝子情報を基にして効率的に元の組合せに戻せることが期待できます。

関東以北の小麦の品種改良では、収穫から播種までの期間が短いため、この間に十分な品質調査をできず、育種に時間がかかることが問題となっています。もし、遺伝子を調べるだけで優れた製粉性を持つ個体を選ぶことができれば、これら地域の品種改良を格段に加速させることができます。

研究の内容・意義

  1. 農研機構、北海道立総合研究機構北見農業試験場および長野県農業試験場は、2008年から「きたほなみ」の優れた製粉性に着目した共同研究を開始しました。「きたほなみ」の育成過程で利用された品種やこの品種を親にして得られた有望系統を材料に用いれば、この特徴がどのように遺伝しているのかが分かるのではないかと考えたのです。
  2. 最初に取り組んだのは、製粉性が栽培環境の影響を受けるのかどうか、つまり、「きたほなみ」を北海道以外で作った場合でも、同じように優れた製粉性を示すのかを調査しました。「きたほなみ」の系譜上の品種など65の品種や系統を用いて、環境の大きく異なる北見、盛岡および長野の3箇所で3年間にわたり丹念に製粉性を調査しました。その結果、「きたほなみ」はどの環境でも優れた製粉性を示し、この特性は遺伝子によって強く支配されていることが明らかになりました (図2) 。
  3. さらに、これらの材料からDNAを取り出し、65品種の間で、小麦の染色体全体に分布する約4,000箇所のDNA配列の違い (多型) があることを見つけました。これらの多型と製粉性との関連性を統計的に解析することによって、21個の遺伝子が製粉性に関わっていることを発見しました。「きたほなみ」はそのうち、18個を持ち、これが「きたほなみ」の製粉性を向上させていることがわかりました。
  4. 見つかった遺伝子を目印に系譜をたどると、これらの遺伝子がどのように伝播してきたかが分かります (図3) 。日本の品種が古くから持っている遺伝子と、約60年前に外国から導入された幾つかの遺伝子が出会った時、優れた製粉性を持つ「きたほなみ」が生まれたという事実が明らかとなりました。長年、製粉試験を重ねて粉品質の良いものを着実に選んだことが、少しずつこれらの遺伝子を集積させたと言えます。

今後の予定・期待

「きたほなみ」は数々の優れた特徴を持つ品種ですが、縞萎縮病に弱いなど改良の余地があります。また、収穫期などが北海道に適応した品種であるため、本州以南の栽培には適しません。「きたほなみ」の優れた製粉性を導入して、全国各地の品種を改良するためには、本品種を交配親に用いて、その子孫から製粉性の優れたものを選び直す必要があります。

本研究により製粉性を決定する多数の遺伝子の存在が明らかとなったため、時間と手間のかかる製粉試験に頼らず、遺伝子情報をもとに優れた製粉性を持つ個体を効率的に選ぶデザイン育種を行える可能性が出てきました。現在、多数の遺伝子の組合せを同時に効率良く調べるための技術開発およびこれを全国的に運用するための体制作りに取り組んでいることから、数年後には北海道だけでなく、全国各地の小麦の品種改良で製粉性の改良が開始される予定です。

用語の解説

  1. 製粉性

    本来は製粉のし易さ全般を指す言葉ですが、ここでは一定量の小麦の粒から得られる粉の量を表す「製粉歩留」を指しています。

  2. 軟質小麦

    小麦の品種は粒の硬さから軟質と硬質に明瞭に分類されます。軟質小麦は主に菓子や日本めん、硬質小麦はパンや中華めんに適するとされます。軟質小麦は硬質小麦に比べ、製粉時の粉のふるい抜けや流動性が劣るため製粉性が低い傾向があり、軟質を主に生産する国内産小麦においては製粉性の向上が大きな課題のひとつでした。

  3. デザイン育種

    目的の形質 (ここでは製粉歩留) を調査せず、DNAを調べることでその形質が優れる個体を予想して選抜する品種改良のやり方を指します。

写真と図表

図1 図2 図3