新品種育成の背景と経緯
東北・北陸地域では、この地域向けパン用小麦として平成14年に育成された「ゆきちから」の栽培が拡大してきました。しかし、「ゆきちから」は準強力小麦のため、製造できるパンの種類が限定されます。また、穂発芽しやすく、赤かび病が発生しやすいという短所があり、ここ数年は生産量が頭打ちになっていました。
そこで農研機構では、たんぱく質の組成を改良してパン生地の力を強くし (強力小麦)、「ゆきちから」より穂発芽しにくく、赤かび病にやや強い新品種「夏黄金」を育成しました。
新品種「夏黄金」の特徴
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「夏黄金」は「ゆきちから」より高い製パン適性を示します (表1) 。さらに、「ゆきちから」ではパン生地の力不足から製造の難しかった食パンを始め、ほとんどの種類のパンを製造することができます (写真1) 。
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「夏黄金」のたんぱく質含量は「ゆきちから」と同程度ですが、たんぱく質組成を改良することにより「夏黄金」はパン生地の力が強く、伸びがよくなりました (表2) 。
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穂発芽性が「難」、赤かび病耐病性が「中」で「ゆきちから」より優れています。また、小麦の重要病害である縞萎縮病(6)にも強い品種です (表3) 。
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成熟期、収穫量は「ゆきちから」と同程度で、「ゆきちから」に準じた栽培を行うことができます (表3) 。「ゆきちから」より草丈が低く、穂は褐色で芒が無く、粒の品質は同程度です (写真2、写真3) 。
栽培適地と栽培上の留意点
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栽培適地は東北・北陸地域の平坦部です。雪害(7)に対する強さは中程度で(表3)、おおよその目安として連続積雪日数 (根雪期間) が100日以内の地域で栽培できます。積雪日数が100日以上の地域では、融雪剤や雪害防除のための薬剤の使用が必要です。
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赤かび病に対しては「ゆきちから」より強くなりましたが、薬剤防除は必要です。
品種の名前の由来
初夏に収穫期を迎える小麦をイメージし、地域の繁栄と豊かな食生活への期待を「黄金」という言葉にこめています。
今後の予定・期待
宮城県の奨励品種に採用されています。宮城県で行われた栽培試験では「ゆきちから」より約1割程度多収で赤かび病にやや強いため、同品種に替えて400ha程度の栽培が予定されています。
「夏黄金」の小麦粉や加工品は、平成31年から本格的に販売される予定です。
種子入手先に関するお問い合わせ先
農研機構東北農業研究センター 企画部 産学連携室 産学連携チーム
電話: 019-643-3443
ファックス: 019-641-7794
利用許諾契約に関するお問い合わせ先
農研機構本部 連携広報部 知的財産課 種苗チーム
電話: 029-838-7390
ファックス: 029-838-8905
用語の解説
- パン生地の力
パン生地の力はエキステンソグラムという装置で測定しています。この装置で生地を引き延ばすのに必要な力の最大値が生地の強さで、伸張抵抗と呼んでいます。引きちぎれるまでに伸びた距離が生地の伸びを表し、伸長度と呼んでおり、伸張抵抗と伸長度を併せて生地の力の程度を表します。強力小麦は生地の力の程度が大きく、パン用として優れています。「ゆきちから」は伸張抵抗が中程度のため生地の力の程度が1ランク小さい準強力小麦となります。
- 穂発芽
収穫期頃に降雨が続くと収穫前に種子が発芽することがあります。これを穂発芽と言い、小麦粉の品質が著しく低下します。穂発芽のしやすさは品種により大きく異なります。
- 赤かび病
赤かび病は出穂期以降に湿潤な気象条件が続く場合に、フザリウム属菌に感染することによって発生します。収量の低下をもたらすほか、病原菌の産生するカビ毒、デオキシニバレノール (DON) が基準値を超えると出荷することができません。赤かび病に強い品種は知られておらず、最も強い品種でも「やや強」で、多くの品種は「中」に区分されます。このため、防除には薬剤散布が必須です。
- 強力小麦、準強力小麦
小麦は生地の強さにより、生地の力が弱く菓子用に使われる「薄力小麦」、生地の力が強くパン用に使われる「強力小麦」、その中間でうどん等のめん類に使われる「中力小麦」に分類されます。さらに強力小麦のうち、生地が比較的弱めでパンや中華めんに使われるものを「準強力小麦」と分類します。また、生地が強力小麦よりさらに強い「超強力小麦」もあります。
パンに含まれる油脂や糖類等の副原料は食味向上のほか、製パンを助ける効果もあるため、準強力小麦は副原料の多い菓子パン類やあまり膨らませないタイプのパンに使用されています。強力小麦は菓子パンにも使用されますが、副原料が少なく強い生地の力が必要な食パンの製造にも適しています。
- たんぱく質組成
パン生地の力はたんぱく質の含量と組成によって変わります。小麦に含まれるたんぱく質の大部分はグルテンと呼ばれるたんぱく質です。グルテンには、パン生地を強くするものから弱くするものまで、多くの種類があります。品種改良により生地を強くする種類のグルテンを増やすことにより、たんぱく質の量を増やさずに製パン適性を高めることができます。
- 縞萎縮病
土の中に潜む病原ウイルスにより発生する病気で、葉にかすり状の病斑ができ、生育が悪くなります。薬剤による防除が難しく、病気に強い品種を栽培する必要があります。
- 雪害

他品種における雪腐病の被害例
積雪下では日光が小麦に届かず、積雪が長期間にわたると小麦は徐々に消耗していきます。しかし、多くの場合は消耗しきって枯死する前に雪腐病というかびによる病気が発生します。このため通常、雪害は雪腐病による被害として現れます。なお、初めて小麦を栽培する畑では雪腐病菌がいないため、100日を越えても「夏黄金」に雪害が発生しないことがあります。逆に小麦を連作して雪腐病菌の密度が高くなっている畑では100日以下でも雪害が発生することがあります。
参考図
表1
夏黄金の製パン特性
比容積の数値が大きいほど、よく膨れることを指します。
( ) は各項目の配点で合計100点になります。「すだち」は内層の気泡の状態を評価します。
試験は農研機構北海道農業研究センターで実施。
表2
夏黄金の品質特性
パン生地特性を調べる装置 (エキステンソグラム) で測定。
表3
夏黄金の耐病性、障害耐性、成熟期、収量性
成熟期と収穫量は農研機構東北農業研究センター内の畑 (岩手県盛岡市) における成績です。成熟期は穂が完全に黄色く熟れ、粒から水分が抜けて硬くなった日で、収穫期の目安となります。
写真1
食パンの比較。東北農研(盛岡)における製パン試験で作製 (平成26年3月) 。
写真2
草姿の比較。左から、夏黄金、ゆきちから、銀河のちから、ナンブコムギ。
写真3
穂と粒の比較。左から、夏黄金、ゆきちから、銀河のちから、ナンブコムギ。