プレスリリース
(研究成果) いもち病菌胞子の効率的形成法と長期保存技術を確立

- 飼料作物の安定生産に向け、牧草・穀類のいもち病対策を加速 -

情報公開日:2026年4月 8日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、牧草や穀類に深刻な被害を及ぼすいもち病菌について、対策研究を進めるために不可欠な胞子を安定的かつ効率的に形成する技術を開発しました。またこの胞子が半年間保存できることを示しました。本技術は、近年の温暖化に伴い被害が拡大している飼料作物ライグラス類のいもち病対策を加速し、耐病性品種1)の育成を効率化する基盤となります。

概要

いもち病は、世界のイネ科植物に深刻な被害をもたらす主要な病害です。病原菌(Pyricularia oryzae)は多くのイネ科作物に感染し、葉や穂に斑点や枯れを生じさせ、収量や品質の低下を引き起こします。

各種イネ科植物に発生したいもち病の写真
図1 各種イネ科植物に見られるいもち病

A : イネ。穂首いもちにより穂が枯死し、収量が大きく減少します。 B : ハイブリッドライグラス。いもち病により多数の葉が枯死。C : アワ(撮影:台湾農業部 台東農業改良場 張方宜 助研究員) D : 野生エンバク(アヴェナ ストリゴサ、 セイヨウチャヒキ)

近年は地球温暖化の影響でいもち病の発生地域が拡大し、従来は被害が少なかったライグラス類やエンバク、コムギ、アワなどの温帯性の牧草や穀類でも新たな被害報告が相次いでおり、家畜飼料や穀類の安定生産を図るうえで深刻な課題となっています。特に国内の栽培面積で約8万haを占めるライグラス類では、いもち病による立枯れや夏枯れによる草地の利用期間の短縮が顕在化しています。

いもち病の対策として耐病性品種の作付が有効ですが、耐病性品種を開発するためには大量かつ安定したいもち病菌胞子の確保が不可欠です。しかし、いもち病菌の人工培地上での胞子形成は難しく、得られた胞子も1週間ほどで病原力2)が低下するため、研究や育種の現場で大きな制約となっていました。

本研究では、従来の胞子形成法を改良した新たな胞子形成法(フィルターペーパー法)を確立し、13種のイネ科植物由来の多様な23菌株を用いて、従来法との比較により胞子産生能を検証しました。フィルターペーパー法では、この23菌株の約8割で、安定的かつ大量の胞子生産が可能であり、従来法より高い適用性を示しました。さらに、簡単な乾燥処理と−40℃での保存により、半年間にわたり病原力や活力を維持できることも明らかにしました。

この成果により、いもち病研究の効率と精度が向上し、ライグラス類をはじめとするイネ科牧草・穀類のいもち病対策技術の開発や耐病性品種育成の加速が期待されます。また、詳細な実験手順の公開により、再現性の高い共通手順として幅広い現場での活用が見込まれます。

関連情報

予算 : 科研費 研究活動スタート支援・24K23136課題名『Strategic Monitoring of Ryegrass Blast Population Genetics for Sustainable Disease Management』

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構東北農業研究センター 所長若生 忠幸
研究担当者 :
同  農地高度利用研究領域 研究員歐 玠皜
広報担当者 :
同  広報チーム長山下 圭子

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

世界的脅威のいもち病

いもち病は、世界のイネ科植物に深刻な被害を与える主要な病害であり、安定した食料供給を脅かす要因となっています。近年、地球温暖化の影響で発生地域は拡大し、従来は暖地が中心だった被害が、寒冷地の重要な牧草種であるライグラス類やエンバク、コムギ、アワなどの穀類でも発生する例が増えています(図1)。これらの作物は家畜飼料や穀物生産の基盤であり、いもち病の拡大は食料安全保障に直結するリスクとなっています。

胞子が研究のカギを握る

いもち病菌の胞子は風に乗って遠方まで運ばれ、植物表面に到達すると細胞壁を破って侵入します。胞子は病害拡大の中心的な役割を担う存在です。

耐病性育種の際には、この胞子を作物に人工接種して抵抗性を評価し、品種育成を進めます。しかし、いもち病菌は人工培地での胞子形成が困難で、得られた胞子も1週間で病原力が低下するため、研究の進展が大きく制約されてきました。

胞子形成が難しい理由

いもち病菌(Pyricularia oryzae)は宿主植物との長い共進化3)により、環境や栄養条件に非常に敏感に反応します。自然界では、菌は宿主の組織の限られた部分からわずかな栄養を吸収し、その資源を効率的に使って胞子を形成します。しかし、無駄な胞子形成は生存上不利であるため、菌は「発芽して感染を広げられる最適な条件」でのみ胞子を作る仕組みを備えています。温度や湿度、光、通気性、宿主の栄養状態、さらには菌自身の成熟度を総合的に感知し、条件が整ったときだけに胞子を形成します。この高度な環境応答性が、人工環境下での安定的な胞子形成を難しくしている要因です。人工的に胞子形成を促すには、自然環境に近い複数の要素を整え、「いもち病菌をだます」ような工夫が必要となります。

研究の内容・意義

二段階培養法とその課題

二段階培養法は、まず栄養豊富な条件で菌を十分に生育させ、その後に培養環境を急激に切り替えることで、自然界の環境変化を模倣し4)、胞子形成を誘導する方法の総称で、世界各地の研究機関で培地や手順が開発・改良されてきました。例えば、国際稲研究所(IRRI)ではプルーン寒天培地を用いる方法、日本の国際農林水産業研究センター(JIRCAS)ではエンバク(オートミール)寒天培地を用いる方法が報告されています。台湾農業試験所(TARI)では、ゼリー状の寒天培地を用いず、液体培地で培養する方法も用いられています。培養条件の切り替えの際に、歯ブラシで菌糸をこする、またはミキサーで菌糸を細かくするなどの処理を行い、胞子形成を誘導します。これらの方法は、イネいもち病の研究を支えてきました。

しかし、これら従来の二段階培養法には課題があります。生産される胞子の量や質には菌株ごとのばらつきが大きく、特に近年拡大傾向にあるイネ以外の宿主由来の菌群5)への適用性は十分に検証されていませんでした。さらに、従来の手法に関する報告は白黒写真や簡単な説明にとどまり、経験の少ない研究者には再現が難しい状況でした。手順や条件も統一されておらず、研究機関間で標準化が進まないため、結果の比較や連携も難しい状況でした。加えて、胞子の保存性が低く、培養から1週間を過ぎると病原力が低下するため、多数の菌株や植物材料を同時に扱う研究では大きな制約となっていました。

本研究の改良点と新しいフィルターペーパー法

本研究では、従来の二段階培養法を改良し、新たにフィルターペーパー(ろ紙)を用いた胞子形成法を確立しました。この方法では、ショ糖と酵母エキス入りの液体培地をしみ込ませたろ紙上でいもち病菌を培養し、菌糸を十分に増やします。次に、水でろ紙中の栄養分を洗い流して低栄養状態へ切り替え、同時に高い湿度を保つことで、短時間で胞子形成を誘導します(図2)

この方法をイネおよび他のイネ科植物12種に由来する23菌株で評価した結果、約8割の菌株で大量の胞子が安定的に生産可能であることを確認しました。さらに、ろ紙は固体であるため、一晩乾燥後にそのまま−40℃で冷凍保存でき、半年間保存しても発芽率や病原力の低下は認められませんでした(図3)

いもち病菌胞子形成法の実験手順の作成

発表論文では、試験データと併せて、フィルターペーパー法の手順をSupplementary Information(補足資料)として掲載しています。この資料では、フィルターペーパー法に加え、過去に国際的な研究機関で使用されてきた4種類の方法を整理し、未経験者にも理解しやすいように写真や図を豊富に用いています。この資料は、具体的な操作手順だけでなくコスト試算やよくある問題とその対処法も盛り込まれており、研究初心者から熟練者まで幅広く活用できます(図4)

本研究の成果が、気候変動の進行に伴い研究需要が高まっている国内外のいもち病研究に対し、重要な基盤技術となることが期待されます。

フィルターペーパー法の手順を示した画像
図2 フィルターペーパー法の流れ

① いもち病菌の菌糸を含む培地液をろ紙にしみ込ませます。② ろ紙をシャーレに置き、約5日間培養します。③ ろ紙全体に菌糸が広がります。④ シャーレのろ紙に滅菌水を加えます。⑤ 水を捨て、ろ紙中の栄養分を洗い流して低栄養・高湿度の状態にします。⑥ さらに2~3日おくと、ろ紙の上で胞子が大量に形成されます(拡大図⑦ 橙色矢印は胞子塊の一例です)。

新鮮胞子と冷凍保存6か月後の胞子を比較した顕微鏡写真及び接種病斑の画像
図3 新鮮胞子と冷凍保存6か月後の胞子の比較

−40℃で冷凍保存6か月後の胞子も新鮮な胞子と同様に、発芽率は99%以上で、10時間以内に付着器を形成しました。付着器はいもち病菌が植物に感染するための特殊な構造です。つまり、胞子が付着器を作れることは、感染能力を保っていることの指標になります。ライグラス葉への接種試験においても、冷凍保存した胞子は新鮮胞子と同等の病原力を示しました。右の病徴写真は、いもち病菌接種5日後のペレニアルライグラス葉に形成された病斑です。

手順書の一部を抜粋して紹介した画像
図4 本研究で作成した実験手順の抜粋

本実験手順は、詳細な手順説明に加え、わかりやすい写真解説とコスト分析を収録しています。必要な資材の購入リストと概算費用を一目で確認でき、世界中の研究機関が短時間で導入判断と準備を進められる構成です。

今後の予定・期待

本研究で確立された効率的な胞子の形成法は作物への接種試験や遺伝子解析など幅広い研究に活用でき、基礎研究から育種・防除技術の開発にまでつながるものと期待されます。特に育種では、本法で得られる多様ないもち病菌株の大量の胞子を活用することで、複数菌株を同一条件で同時に接種する選抜が可能となります。その結果、特定の菌株にのみ有効な品種ではなく、幅広い菌株に対して抵抗性を発揮する品種を育成することにより、国内におけるイネ科作物の安定生産の実現が期待されます。

用語の解説

耐病性品種
病原菌の感染に強く、発病しにくい性質を持つ作物の品種。いもち病研究では、胞子を使って耐病性品種の評価を行う。[ポイントへ戻る]
病原力
病原菌が植物に感染して病気を引き起こす力のこと。同じ種でも菌株によって病原力の強さが異なり、研究や育種では重要な指標となる。[概要へ戻る]
共進化
宿主植物と病原菌が長期間にわたり互いに影響し合いながら進化してきた関係を指す。いもち病菌は植物の防御反応に対応する仕組みを進化させており、その結果、胞子形成や感染に高度な条件依存性を示す。[胞子形成が難しい理由へ戻る]
環境条件の切り替えと胞子形成
いもち病菌は、多くの生物と同様に、生育環境が不利になると、増殖を続けるよりも広がるために胞子形成へ切り替わりやすい。従来法では、歯ブラシで菌糸をこする、またはミキサーで菌糸を細かくするなどにより菌糸に傷をつけ、胞子形成を誘導する。 一方、本研究の方法では、ろ紙中の栄養分を洗い流して低栄養状態に切り替えることで、菌に「ここでは増殖しにくい」という状態を与え、胞子形成を誘導する。[二段階培養法とその課題へ戻る]
いもち病における菌群
いもち病菌(Pyricularia oryzae)は、遺伝的特徴や宿主範囲(感染できる植物の種類)から見ると、複数の多様な菌群(系統)に分類されている。ただし、これらの菌群の間には遺伝的な交流が可能であるため、同一の種として扱われている。各菌群は特定のイネ科植物に適応しており、イネ群、ライグラス群、コムギ群などに区分される。近年は地球温暖化の影響により、従来は発生が見られなかった地域や作物でも被害が報告されるようになってきた。宿主の違いにより、生育特性や病原力も異なるため、新しい病害の理解や防除戦略を考える上で重要な概念である。[二段階培養法とその課題へ戻る]

発表論文

Ou, J. H., Okazaki, K., Kubota, A., Huang, G. Y., Chen, Y. N., & Chen, C. Y. (2025). A practical guide to two-stage sporulation of Pyricularia oryzae: introducing a filter paper method and comparison with existing methods using strains from diverse grass hosts. Plant Methods, 21(1), 151.