新品種育成の背景と経緯
食料自給率向上のため日本めん用小麦に加えて、特に自給率の低いパン・中華麺用小麦の作付拡大が求められています。温暖地ではパン用小麦品種「ニシノカオリ」や「ミナミノカオリ」などが栽培されていますが、「ニシノカオリ」はパン用の輸入小麦銘柄に比べて製パン性が劣り、また日本めん用小麦品種に比べて収量が低いことが問題です。「ミナミノカオリ」は製パン性が向上しましたが輸入小麦には及びません。また、栽培上では赤かび病や穂発芽に弱いという問題があります。
そこで農研機構では、赤かび病や穂発芽がこれまで栽培されてきた日本めん用小麦と同等でかつ製パン性に優れる品種の開発を進めてきました。「せときらら」は、兵庫県や岡山県で栽培されている日本めん用小麦品種「ふくほのか」を母本として、製パン性を向上させる3つの遺伝子をDNAマーカーと連続戻し交配5)の技術を用いて導入し開発しました。
新品種「せときらら」の特徴
1.「せときらら」は、中国151号(「ふくほのか」)にグルテンを強くする高分子量グルテニン6)遺伝子Glu-D1d、グルテンの伸展性を高める低分子量グルテニン遺伝子Glu-B3hおよび種子を硬質性7)にする遺伝子Pinb-D1cの各遺伝子を導入するための交配を行い、DNAマーカーによって選抜しました(図1)。選抜の効率化により通常の育成方法では品種登録まで10年以上かかるところを8年間で育成しました。
2.パン用小麦「ニシノカオリ」より出穂期は2日早く、成熟期は同程度の早生の品種で、収量は約4割多く、「ふくほのか」と同じく多収品種です(表1)。穂発芽や赤かび病に対しては「ニシノカオリ」と同程度の強さです。
3.種子の特性は、千粒重は「ニシノカオリ」と同程度で、容積重はやや高くなっています。外観品質はパン用小麦としては優れています(表1)。
4.製パン試験では、製パン作業性に優れ、パン比容積やパン評価点が高く、製パン性は「ミナミノカオリ」よりも優れます。また、「ニシノカオリ」よりも優れています。(表2、図2)。
生産上の留意点
多収のためタンパク質含有率が低くなりがちなので、品質評価の基準値のタンパク質含有率を得られるように出穂期以降に実肥を施用する必要があります。
品種の名前の由来
瀬戸内海を中心とした温暖な地域できらきらと輝くような品種として愛される小麦になることを期待して名付けられました。
今後の予定・期待
山口県において「ニシノカオリ」に替えて奨励品種に採用され、今年の秋から本格的に栽培される予定です。また、岡山県津山市でも地産地消向けのパン用品種として試験栽培に取り組んでいます。「せときらら」は温暖地のパン用小麦として作付け拡大が期待されます。




用語の解説
1)穂発芽
小麦の収穫時期に降雨が続いた場合に、種子が穂についたまま発芽する現象。程度が軽い場合でも種子中のアミラーゼ活性が高まることにより、でんぷんが分解されます。穂発芽した小麦は商品価値がなくなります。
2)赤かび病
出穂期以降に湿潤な気象条件が続く場合に、フザリウム属菌が感染することによって発生します。収量の低下をもたらすほか、病原菌の産生するカビ毒、デオキシニバレノール(DON)が基準値を超えると出荷することができません。
3)DNAマーカー
目的の遺伝子をもっているのかを効率的に調べる方法の一つ。DNAを調べることで確認します。
4)パン比容積
パンの体積をパン重量で除した値。製パン性の指標のひとつです。この値が高いほど、ふっくらとしたパンになります。
5)連続戻し交配
ある品種の特定の遺伝子だけを入れ替える方法です。最初にもとになる品種と入れ替えたい遺伝子をもつ品種をかけ合わせます。できた種子は、両親から半分ずつ遺伝子を受け継いでいます。入れ替えたい遺伝子を選びながら、もとになる品種を繰り返してかけ合わせることで、入れ替えたい遺伝子以外はもとになる品種に近づいていきます。
6)グルテニン
小麦粉中のタンパク質は、弾力のもとになるグルテニンと粘りのもとになるグリアジンとよばれるタンパク質に分けられます。グルテニンは、大きさの違いでさらに高分子と低分子に分けられます。これらのグルテニンの遺伝子の組み合わせによってパン生地の強さやパンのふくらみが異なります。
7)硬質性
小麦の種子は硬くて割れにくい硬質小麦と柔らかくてつぶれやすい軟質小麦に分けられます。パン用には硬質小麦が利用されています。この種子の硬さを決める遺伝子には、いくつかの種類があります。