プレスリリース
カンキツの点滴かんがいのためのソーラーポンプシステム

―自然エネルギー利用でマルドリ方式導入―

情報公開日:2015年8月10日 (月曜日)

ポイント

  • 太陽光発電を用いた揚水システムを開発しました。
  • 本システムを用いると、傾斜地カンキツ園等においてマルドリ方式栽培を、容易に安く導入することができます。
  • 本システムの設計、設置および管理法のマニュアルを公開しました。

概要

  • 農研機構は、傾斜地カンキツ園においてマルドリ方式1)などで用いる点滴かんがいの水源を確保するために、太陽光発電を用いた揚水システムを開発しました。
  • マルドリ方式は、高品質なカンキツ生産を可能にする技術です。プラスチックのシートで地面を覆って雨を防ぎ、点滴かん水施肥を組み合わせ、緻密な水管理を行います。
  • 傾斜地では、場合によりトラックで水を運搬したり、大がかりな揚水施設を整備したりする必要がありました。しかし、このソーラーポンプシステムを利用することにより、容易に、また安価に水源を確保できます。
  • このシステムは、小規模な太陽光発電システムと小型ポンプを組み合わせ、高所に設置したタンクに揚水し、自然圧力でかん水することが特徴です。かん水しないときに長時間揚水を行い、自然圧力で一気にかん水することができます。また、ライフサイクルコストを低減するためにポンプの間欠運転を行います。
  • システムの設計、設置手順を示したマニュアルをウェブで公開しました。

予算:運営費交付金、攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業(うち産学の英知を結集した革新的な技術体系の確立)

関連リンク:マルドリ方式のためのソーラーポンプシステムマニュアル

開発の背景と経緯

近年、高品質果実へのニーズの高まりや、農家の所得向上および省力・軽労化のために、カンキツやその他の果樹栽培に対して、高効率かつ自動化しやすい点滴かんがいの導入が増えつつあります。カンキツへの導入は、雨を遮るマルチと組み合わせて緻密な水分管理を行う「マルドリ方式」での利用などのように、温州ミカンを中心に果実高品質化や生産効率向上を主な目的として行われています。また、中晩柑への導入も進みつつあります。

しかし、特に傾斜地では、適切な水源を整備できない場合が多くあります。必要な量の水源があっても位置が低いことが多く、何らかの方法で圧力を加える必要があります。ポンプを使おうとしても、多くの場合に電源がありません。そのような場面で、太陽光発電を用いて圧力を確保する技術を開発しました。

太陽光発電は、近年、系統連系形2)の比較的大規模なものや、街灯や交通標識など極めて小規模なものは急速に普及しています。それに比べて、農地で小規模な電気機器を利用するのに使いやすい小規模な独立形システム2)はほとんど商業ベースに乗っておらず、農業で利用しようとしても、適切な設計や管理の方法に関する情報や対応できる業者はほとんどありません。そこで、設計、設置、および管理法をまとめたマニュアルを作成しました。

内容・意義

【基本コンセプト】

ポンプで点滴チューブに水を送ろうとすると、量と圧力が同時に要求され、消費電力約1 kW以上の大きなポンプが必要です。市街地から離れた果樹園では、電源を確保できない場合が多く、エンジンポンプでは運転の自動化が困難です。さらに、カンキツ園で点滴かんがいを行う場合、かん水時間は1日に1時間前後が一般的であり、その短時間のために大きなポンプを整備するのは非効率的です。

図1 システムの機器構成そこで、十分な高さにタンクなどを設置して、そこへ小さいポンプで長時間かけて揚水してから、必要なときに落差の力(自然圧)でかん水する方法としました。それにより、太陽電池の利用が現実的に可能となります。

 【システムの機器構成】

システムは、図1のような機器構成とします。

ポンプはやや特殊なもので、直流電源で毎分に3~5 L程度の水を40~90 m程度まで揚げられるものです。バッテリーは、深い放電3)を行える「ディープサイクル」タイプ4)の鉛蓄電池を使います。上のタンク(ヘッドタンク)には溢水防止のために、また、下の井戸や水槽にはポンプの空運転防止のために、それぞれ、フロートスイッチを設置します。「制御ボックス」には、充電・放電コントローラや後で述べる間欠運転のためのタイマーなどが入っています。ほとんどの機材は市販品です。ただし制御ボックスについては、市販の部品から製作するか、専門業者に製作を依頼します。

揚水量1日平均800L、揚水高さ40m揚水管長150m、補償日数5)3日を使用条件とする装置の設置費用は、社会情勢や入手経路などにより様々ですが、一例として30万円程度です。

 【間欠運転によるライフサイクルコストの抑制】

図2 連続運転(上)と間欠運転(下)の比較本システムではライフサイクルコスト(LCC)低減のために、ポンプの間欠運転、つまり、例えば15分動かしたら30分止めるといった運転を行います。間欠運転により、一気に放電することがなくなり、バッテリー劣化の原因となる低電圧状態が長く続きにくくなるとともに、低電圧状態でポンプを動かすと生じやすくポンプの劣化につながる、ポンプのオン・オフが繰り返される現象および極端な温度上昇が起こりにくくなります。

図2に、連続運転の場合と間欠運転の場合とのバッテリー電圧などの変化を模式的に示します。間欠運転とすることで、ポンプの寿命が2倍近くに伸びました。また、バッテリーも電圧が下がりにくくなり劣化が抑制されます。

これらの効果により、LLC低減が可能となります。

 【マニュアルの作成と公表】

本システムは、ほとんど市販製品により構成されています。そのため、設計さえできれば、各製品をユーザーが任意の手段で調達して組み立てることもできます。それにより、機能やコストにユーザーの意向を自由に反映させることができます。しかし、厳密な設計を行おうとすると多くの知識や技術が必要になります。そこで、できるだけ手順を簡略化した上で、それをわかりやすく解説するマニュアルを作成し、農研機構のウェブサイトでも公開しました。マニュアルには、設置や管理の情報も含みます。

 

今後の予定・期待

本システムは、カンキツだけでなく、他の作物への導入も可能なことから、生産地における太陽光発電の利用拡大が期待されます。

用語の解説

1)マルドリ方式

ウンシュウミカンの高品質果実安定生産を目的として農研機構近畿中国四国農業研究センターで開発した技術で、従来のマルチ栽培に点滴かん水施肥を組み合わせることを基本とします。「マルドリ」は、「マルチ」と「点滴(ドリップ)かん水」に因んだ名称です。ウンシュウミカンは水分条件により品質が大きく左右されるため、マルチで雨による過湿を防ぎ、点滴かんがいで過乾燥を防ぐことにより、樹の水分を適確に制御します。また、液肥を混ぜてかん水することにより、極めて効率の高い施肥を行うことができます。果実高品質化の他にも様々なメリットがあり、中晩柑への活用も広がりつつあります。

 2)独立形と系統連系形

「独立形」とは、太陽電池で発電した電力だけを利用して、電力が余ったらバッテリーに蓄えるか、または利用しない形式です。

これに対して「系統連系形」は、電力会社の送電線と接続して、発電が足りない場合は送電線から電力を補います。また、送電線に逆に電力を送り込んで売電するものもあります。なお、JISでは「独立形」「系統連系形」と表しますが、一般には「独立型」「系統連系型」と表すことが多いようです。

3)深い放電

充電式のバッテリーは、それぞれ充電できる電気の量が決まっています。充電した電気を取り出すことを放電といいます。放電するとき、放電された電気の量は、電流の大きさと放電時間で決まります。電流が大きくても放電時間が短ければ放電量は少なく、逆に電流が小さくても放電時間が長ければ放電量は多くなります。充電量の大部分またはすべてを放電するような場合を深い放電といいます。

 4)ディープサイクルタイプ

一般の自動車に搭載されエンジン始動に使われるバッテリーは、「鉛蓄電池」と呼ばれるものです。エンジン始動の際は短時間に大電流が流れますが、充電した電力を大量に(深く)放電することはありません。これに対して「ディープサイクルタイプ」または単に「ディープサイクル」と呼ばれるものは、基本的な仕組みは自動車用と同じ鉛蓄電池ですが、エンジン始動よりは小さい電流を長時間にわたって流し続け、深く放電させる用途に適した構造となっているものです。

5)補償日数

日照がなく発電できない場合に必要電力をバッテリーで賄える日数で、必要なバッテリー容量に大きく影響します。設計時に、状況に応じて設定します。