新品種育成の背景・経緯
イネWCSは、水田を有効活用できるイネの利用法として注目されています。しかし、イネの籾は牛の消化性が悪く、未消化のまま排泄される割合が高いため、栄養の損失が問題になっていました。また、サイレージ調製には乳酸菌のエネルギー源となる糖が必要ですが、籾を多く着ける従来品種ではイネの糖含有率が低いことも問題となっていました。
農研機構は2010年に、牛にとって消化の良い茎葉の割合が高い品種「たちすずか」を育成し、さらに2016年には「たちすずか」に縞葉枯病の抵抗性を付与した「つきすずか」を育成しました。糖含有率も高く発酵性が優れ、良質のイネWCSが生産できることから、イネWCS用品種として関東以西の広い地域で普及が進んでいます。一方で、生産現場からは「たちすずか」より高い茎葉収量を望む声が挙がっています。また、「たちすずか」では麦後栽培や作業分散を目的とする晩植で、消化性が劣る籾の割合が増える問題がありました。
そこで今回、「たちすずか」の優れた特性を保ちながら、さらに茎葉収量が高く、晩植栽培でも籾の割合が少ない「つきことか」を育成しました。
新品種「つきことか」の特徴
<来歴>
「ホシアオバ」に由来する極短穂突然変異体系統「05多予II-15」と地上部乾物重が多収の「中国飼189号」を交配して育成した品種です。
<主な特徴>
- 「つきことか」は、普通期移植栽培での地上部乾物重は2,125kg/10aで、「たちすずか」より19%多収です。全体に占める籾の重さの割合(籾重割合:従来型の品種「タチアオバ」は35~40%程度)は「たちすずか」の7.9%に対して1.6%と少なく、消化性が優れる茎葉部乾物重は27%多収です(表1、図1)。
- 糖含有率は15.6%であり、「たちすずか」の17.0%と同様に高く、良好な発酵が期待できます(図1)。
- 晩植栽培では籾重割合が「たちすずか」の16.0%に対して2.5%と少なく、茎葉部乾物重は「たちすずか」より22%多収です(表1、図1)。
<その他の特徴及び栽培上の留意点>
- 育成地である瀬戸内沿岸部での出穂期は9月23日頃で「たちすずか」より3週間程度遅く出穂します(表1)。出穂特性の日長反応性程度は「たちすずか」と同様に強く、移植時期が変動しても、出穂期の変動は小さく、育成地では9月下旬から10月初めに出穂します。
- 稈長は138cm程度と「たちすずか」より20cm近く長い極長稈で、穂長は「たちすずか」よりやや短い草型をしています(表1、写真1、2)。
- 縞葉枯病に抵抗性で、縞葉枯病が発生しやすい地域でも栽培できます(表2)。
- 極長稈で倒伏リスクが高いので、疎植栽培や中干しなどを行い倒伏リスクの低減に努める必要があります。
- 葉いもち病抵抗性が弱いので、常発地帯での栽培は避け、防除を励行する必要があります。
品種の名前の由来
「つきすずか」と同様に縞葉枯病抵抗性が付いていること、9月下旬から10月にかけて出穂することから、"ここのつ-とお"の頭文字を取り命名しました。
今後の予定・期待
「つきことか」は、晩植栽培で「たちすずか」の籾重割合が増えてしまう暖地・温暖地における稲麦二毛作地帯への普及が見込まれます。また、「たちすずか」または「つきすずか」と組み合わせて作付けすることで、移植時期の拡大や収穫作業の分散ができ、良質な飼料の増産が図れます。
トウモロコシのような長稈作物に対応した収穫機を保有する法人等での規模拡大や収益向上が期待できます。
11月8日(木曜日)~11月9日(金曜日)に三重県鈴鹿市で行われる平成30年度「高品質・低コストのイネホールクロップサイレージ生産体系」に関する現地検討会において、本品種の紹介を行います。詳しくは以下URLをご覧下さい。
http://www.naro.affrc.go.jp/event/list/2018/08/082285.html
種子入手先に関するお問い合わせ先
農研機構西日本研究センター 企画部 産学連携室 産学連携チーム
TEL: 084-923-4107 FAX: 084-923-5215
利用許諾契約に関するお問い合わせ先
農研機構本部 連携広報部 知的財産課 種苗チーム
TEL: 029-838-7390 FAX: 029-838-8905
用語の解説
1)WCS(ホールクロップ・サイレージ)
- 子実だけではなく茎や葉も一緒に収穫し、乳酸菌などで発酵させた牛用の飼料。
2)たちすずか
- 穂が小さく、茎葉に比べて籾の割合が極めて小さいイネWCS用の品種。重心が低く、茎が固く強いため倒伏にとても強い品種です。飼料特性として、糖含有率が高く発酵性に優れるとともに、繊維の消化性に優れ、TDN(用語の解説6参照)収量も高い特長があります。イネWCS用品種として関東以西の広い地域で普及が進んでいます。
3)糖含有率
- ブドウ糖、果糖、ショ糖の含有率の合計値。糖は乳酸発酵の基質となります。サイレージ調製においては、糖含有率が高いほど発酵性が良くなります。
4)つきすずか
- 「たちすずか」の長所を引き継ぎ、欠点である縞葉枯抵抗性を改良した品種。稲麦二毛作地帯などの縞葉枯病が発生しやすい地域でも作付けが可能です。
5)(イネ)縞葉枯病
- イネ縞葉枯ウイルスによって引き起こされる病害です。ヒメトビウンカによって媒介されます。多発すると収量の減少につながり、ウイルスを保有したヒメトビウンカが増加して地域の稲作へも影響します。ヒメトビウンカは麦類を好むので稲麦二毛作地帯で発生が多い傾向があり、近年は全国的に増加傾向にあります。
6)TDN(可消化養分総量)
- 飼料に含まれる栄養のうち、牛等の家畜により消化・吸収される養分の割合または総量を示します。正確な数値を得るには給与試験を行う必要がありますが、飼料成分の組成からも推定できるようにいくつかの計算式が作られています。
参考図




