プレスリリース
(研究成果)「カンキツ用簡易土壌水分計の利用方法」標準作業手順書を公開

情報公開日:2022年3月 7日 (月曜日)

ポイント

農研機構は、高品質カンキツ生産に役立つ簡易土壌水分計の利用手順を「標準作業手順書1)」として取りまとめました。簡易土壌水分計とは、ポーラスカップ(多孔質のセラミック)と透明の塩ビ管を接着したシンプルな構造の土壌水分計です。塩ビ管内の水位低下量からカンキツが受けている乾燥ストレスを判定し、ストレスの高低に応じてかん水を調節します。簡易土壌水分計の具体的な利用方法を記載した本手順書に沿ってかん水管理を行うことにより、糖度の高い高品質な果実の安定生産につながると期待されます。

概要

カンキツの果実糖度は土壌水分の影響を受け、適度な乾燥ストレスを与えることにより糖度が上昇し、高品質となります。しかし、乾燥ストレスを与えすぎると、果実の酸度が高まったり、樹体にダメージを与えたりするなどの問題が生じます。高品質なカンキツを安定して生産するためには、カンキツ樹に過度の乾燥ストレスを与えることなく、果実糖度が上がる適度な乾燥ストレスを付与する必要があります。そのためには、カンキツが受けている乾燥ストレスを把握し、かん水管理によって乾燥ストレスをコントロールすることが重要になります。そこで農研機構は、カンキツの受ける乾燥ストレスの把握に適した、低水分領域での土壌水分の測定に特化した簡易土壌水分計を開発し、この水分計の特徴や設置・修理方法を中心に成果情報やマニュアルにより紹介してきました。

このたび、これまで公表してきた内容を集約するとともに、かん水の要否判定の具体的方法(例えば温州ミカンの場合、1日当たりの水位低下量が① 4cm未満の場合はかん水不要、② 4~8cmの場合はこの範囲を維持するようにかん水を実施、③ 8cm以上の場合はかん水量を増やす、など)や改良した設置方法などを新たに追加した、「カンキツ用簡易土壌水分計の利用方法標準作業手順書」を取りまとめました。

【標準作業手順書】カンキツ用簡易土壌水分計の利用方法
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/151558.html

本手順書をもとに簡易土壌水分計の水位低下を指標としてかん水管理を行うことにより、糖度の高い高品質な果実の安定生産につながると期待されます。

関連情報

予算:革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「養水分制御を基盤とした樹体管理技術の確立による高品質カンキツ果実連年安定生産の実証」、運営費交付金

特許:特許第4840803号


詳細情報

開発の社会的背景

カンキツでは果汁が蓄積する時期に適度な乾燥ストレスを付与することにより、糖度が上昇し、商品価値が高まります。カンキツに乾燥ストレスを付与する目的で園地にマルチシートが敷設されますが、高品質果実を毎年安定して生産するには適切な乾燥ストレスを付与することが重要です。しかし、カンキツが受けている乾燥ストレスの判定は、葉の巻き加減や葉色、樹勢などを判断材料に、生産者の経験と勘に頼っているのが現状です。そのため、乾燥ストレスの判定に習熟していない生産者(例えば新規就農者等)が乾燥ストレスをかけ過ぎて果実が酸っぱくなったり、樹体にダメージを与えたりする場合があります。逆に、乾燥ストレスが不十分で、ブランド基準を満たさない低糖度果実となることもあります。このため、カンキツが受けている乾燥ストレスを把握する技術が求められています。

研究の経緯

カンキツが受けている乾燥ストレスを土壌水分から判定する試みは古くから行われています。しかし、従来の土壌水分計では、カンキツが乾燥ストレスを受け始める前に測定限界に達したり、測定値が変化しなくなったりするため、カンキツの乾燥ストレスを判定するツールとしては不十分でした。そこで農研機構は、カンキツが受けている乾燥ストレスを判定するツールとして、低水分領域の測定に特化した簡易土壌水分計を開発しました。これを活用し、カンキツ果実の高品質化に役立つ利用方法の研究を進めています。これまでは成果情報やマニュアル等により、簡易土壌水分計の特徴や設置・修理方法を個別に紹介してきましたが、今回、情報を集約するとともに、新たな内容を追加し、生産現場でより実践的に活用できる標準作業手順書に充実させました。

研究の内容・意義

今回とりまとめた標準作業手順書(図1)では、乾燥ストレスの指標値をもとにしたかん水要否判定基準や改良した設置方法等を新たに追加し、これまでに確立した簡易土壌水分計の利用方法について具体的に記載しています。この方法に準じてかん水管理を行うことにより、高品質果実の安定生産につながることが期待されます。

1. 本手順書のI章では、カンキツの受けている乾燥ストレスの従来の判定方法と課題について整理し、II章ではその課題を解決するために農研機構で開発した簡易土壌水分計について、構造(図2)や測定メカニズム、カンキツの乾燥ストレス評価に利用する際の基礎となるデータをまとめました。簡易土壌水分計の指示値は塩ビ管内の水位として表示され、1日当たりの水位低下量はカンキツが受けている乾燥ストレスの指標になり(図3)、水位低下量を日々積算した値は果実糖度の指標になること(図4)について解説しています。

2. III章では、簡易土壌水分計を用いたかん水の要否判定技術について、技術の導入先や適用条件、かん水の要否判定を行う具体的な手順を解説しています。例えば、温州ミカンを対象にした場合、簡易土壌水分計での1日当たりの水位低下量が4~8 cmの範囲が高品質化に適した乾燥ストレスに相当するため(図3)、糖度を上げるために乾燥ストレスを与える7月以降の時期について、1日当たりの水位低下量に応じて、① 4cm未満の場合はかん水は不要、② 4~8cmの場合はこの範囲を維持するように点滴かん水等を実施、③ 8cm以上の場合はかん水量を増やす、という判断方法を提示しています(図5)。また、簡易土壌水分計を用いて実際にかん水の要否を判定した事例をIV章に紹介しています。

3. V章では、簡易土壌水分計の設置方法およびメンテナンス・修理方法を解説しています。従来の方法からポーラスカップの周囲を水田土壌に置き換えて設置する方法に改良し、土壌中の水とポーラスカップ内の水とが強い力で繋がり、従来の方法で生じていた、土壌が乾燥しても簡易土壌水分計の水位が下がらない現象を回避できるようにしました。

今後の予定・期待

本技術は、農研機構が開発した簡易土壌水分計の利用を前提にしています。現在、簡易土壌水分計は農業関連機器メーカーの(株)藤原製作所が「土壌水分目視計」の商品名で販売しています。カンキツ用の完成品は1本9,500円、ポーラスカップや塩ビ管等の部品のみを販売する組み立てキットは1セット6,000円です。簡易土壌水分計はJA等の代理店あるいは通販サイトで購入できます。

簡易土壌水分計は塩ビ管内の水位を生産者が目視で確認し、かん水管理に役立てる使い方を想定しています。その一方で、スマート農業にも活用できるように、簡易土壌水分計の水位を自動計測し、測定値をウェブ上で公開することにより産地全体で情報を共有するシステム開発に取り組んでいます。

用語の解説

1)標準作業手順書:

技術の特徴、技術が必要とされている背景、技術導入の条件、具体的な作業手順、導入事例、導入の際の留意点等が記載されているものであり、普及担当者や生産者に配布して、技術の指導・導入の現場で用いられます。

2)葉内最大水ポテンシャル:

カンキツが受けている乾燥ストレスを最も正確に示す指標です。葉内最大水ポテンシャルは水ポテンシャル測定装置を用いて、日の出前に測定されます。カンキツが受けている乾燥ストレスは日中に増大し、夜間に回復するため、日の出前に乾燥ストレスが最も小さくなります。乾燥ストレスが最も小さくなった時の葉の水ポテンシャルが葉内最大水ポテンシャルです。葉の水ポテンシャルはマイナスの値のため、乾燥ストレスが最も小さい時に最大値となります。葉の水ポテンシャルの単位は圧力を示すMPaです。

発表論文

1.黒瀬義孝ら、ウンシュウミカンと中晩生カンキツ'はれひめ'における簡易土壌水分計を用いた水分ストレスの把握、園芸学研究、15(2)、139-144、2016.
2.黒瀬義孝、ポーラスカップの空気侵入特性を利用した簡易な土壌水分計の開発、農業気象、66(4)、245-253、2010.

参考図

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