プレスリリース
(研究成果)乾田直播栽培体系におけるノビエ防除支援システム標準作業手順書「中国地域版」を公開

情報公開日:2022年4月 7日 (木曜日)

ポイント

水稲の乾田直播栽培1)では、生育初期の乾田期間に雑草が生育しやすく、除草剤の散布適期を逃してしまう事例が多く発生しています。そこで農研機構は、栽培上特に問題となる雑草であるノビエの防除適期の把握に役立つ「ノビエ防除支援システム」の利用手順を、「標準作業手順書2)」として中国地域を対象に取りまとめました。本システムでは、ノビエの防除適期の目安となる葉齢を日平均気温から推定し、指定した日付の葉齢を簡単な操作で確認できます。本システムの具体的な利用方法を記載した本手順書を活用して適期に除草剤散布を行うことで、ノビエの繁茂が効果的に抑えられ、乾田直播栽培における雑草防除の安定化につながると期待されます。

概要

水稲の乾田直播栽培では、水田に水を張らない乾田状態で生育初期を管理することから雑草が生育しやすく、生産現場では除草剤の散布適期を逃して雑草が繁茂する事例が多く発生しています。特にノビエは防除対策が必要になる雑草であり、除草剤を適期散布するためにはノビエの最大葉齢(ほ場内で生育の最も進んだ個体の葉齢)を把握することが重要になりますが、葉齢をほ場全面を歩いて観察によって把握することは現実的に困難です。そこで農研機構では、日平均気温から推定したノビエの最大葉齢を表計算ソフトMicrosoft Excel上の簡単な操作で確認できる「ノビエ防除支援システム」を開発しました。本システムは、ほ場の位置情報に対応した気温データを、農研機構が開発したメッシュ農業気象データシステム3)と連動させて取得してノビエの最大葉齢を予測・表示するもので、その概要について研究成果パンフレット等でこれまで紹介してきました。

このたび、従来の研究成果パンフレットでは紹介しきれなかった、システムの具体的な利用手順や入手方法、ノビエ葉齢推定式の解説等、生産現場で活用するにあたって必要となる情報を、「乾田直播栽培体系におけるノビエ防除支援システム標準作業手順書(中国地域版)」として取りまとめ、本日、農研機構のHPで公開しました。

【標準作業手順書】乾田直播栽培体系におけるノビエ防除支援システム「中国地域版」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/152175.html

この手順書をもとに本システムを活用し、適期に除草剤散布を行うことでノビエの繁茂が効果的に抑えられ、乾田直播栽培における雑草防除の安定化につながると期待されます。現在、中国地域および近畿地域で乾田直播栽培を行っている生産者や普及指導機関で本システムが先行的に利用されています。本システムで利用しているノビエ葉齢の推定式は中国地域で調査したデータに基づいていることから、他地域における適合性を確認しながら段階的に普及を図る予定です。

関連情報

予算:農林水産省革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)「水田里山の畜産利用による中山間高収益営農モデルの開発」、運営費交付金


詳細情報

開発の社会的背景

近年、農業従事者の高齢化や後継者不足等を背景に、農業経営の大規模化や農地の集積化が進んでいます。特に大規模水田作経営では、規模拡大のために育苗や代掻き等の春作業を省略して労働時間・生産コストを低減できる乾田直播栽培の導入に期待を寄せており、近年栽培面積も増加しています。

しかし、乾田直播栽培は出芽・苗立ちの不安定性等から、収量は移植栽培に比べて約1割低下すると言われており、その要因の一つが雑草です。乾田直播栽培では移植栽培とは異なり、水稲生育の初期は水田に水を張らずに管理するため雑草が生育しやすく、除草剤の散布適期を逃してしまうと除草効果が十分得られずに雑草が繁茂する事例が多く発生しています。したがって、除草剤の散布適期を正確に把握し、雑草防除の安定化を図ることが重要です。

研究の経緯

ノビエは水稲作において全国共通の代表的な雑草で、水田で用いられる除草剤の多くは、「~ノビエ5葉期」のようにノビエの葉齢を用いて使用時期が記載されています。除草剤を適期散布するためにはノビエの最大葉齢を把握することが重要ですが、葉齢をほ場全面を歩いて観察によって把握することは現実的に困難です。そのため、気象データに基づいてノビエの葉齢を推定する手法が従来から研究されてきましたが、生産者自身がいつ防除適期となるかを知るために利用できる簡便なシステムはありませんでした。

本研究のきっかけは、岡山市で大規模に水稲乾田直播栽培に取り組む生産者から寄せられた、ほ場毎に防除適期の目安となるノビエの葉齢が把握できるシステムの開発に対する強い要望です。これを受け、研究プロジェクトにおいて、ノビエ葉齢を気象データから予測する推定式を主に農研機構西日本農業研究センター(広島県福山市)や岡山市での調査データに基づいて作成するとともに、その推定式を生産者が簡便に利用できるよう、一般によく用いられている表計算ソフトMicrosoft Excelを用いて、「ノビエ防除支援システム」を2019年に開発しました。

その後、広島県・岡山県の中山間地域や鳥取県での調査データを加えて、中国地方の広範な地域に対応した推定式を新たに作成するとともに、気象条件が異なる複数地点の葉齢予測値を1枚のシート上でまとめて確認可能な仕様にするなど、中国地域で広く普及できる使いやすいシステムに改良を進めました。

研究の内容・意義

今回取りまとめた標準作業手順書(図1)では、従来の研究成果パンフレットでは紹介しきれなかった、システムの具体的な利用手順や入手方法、ノビエ葉齢推定式の解説等、生産現場で活用するにあたって必要となる情報をまとめて掲載しています。この手順書をもとにノビエ葉齢を事前に把握して適期に除草剤散布を行うことにより、雑草防除を安定化させることが期待されます。

1.本手順書のI章では、「ノビエ防除支援システム」の普及対象者や対象とする作業体系、システムの構成内容や入手方法等を整理し、II章では、本システムと連動して使用するメッシュ農業気象データの利用手続きについて、III章では、防除対象ほ場の位置情報等、本システムの初期設定方法について説明しています。

2.IV章において、本システムの利用方法を詳しく紹介しています。本システムでは、ほ場の所在する地点の日平均気温データを農研機構メッシュ農業気象データシステムから取得して有効積算温度4)を計算し、ノビエ葉齢推定式をもとに対象ほ場のノビエの最大葉齢を予測してシート上に表示します(図2)。III章で紹介した初期設定を行っておくことで、その後は、① 気温データの更新、② 播種日・防除日等の入力、③ 推定日の指定、の3ステップで簡易にノビエ葉齢が確認でき、シート上に表示される葉齢値が防除適期を超えない時期までに除草剤を散布することで高い除草効果が期待できます。また、イネが出芽前である場合は、イネ出芽の目安となる播種後の有効積算温度を表示し、出芽前に処理する非選択性除草剤5)の散布時期の把握を支援します。

3.V章では、本システムで用いるノビエの葉齢推定式の詳細等について解説しています。推定式の作成にあたっては、農研機構西日本農業研究センターでの試験のほか、乾田直播栽培を行っている岡山県、広島県、鳥取県の農家ほ場で2016年から現地調査を行いました。その結果、前回除草剤を散布してノビエを枯らした日を新たなノビエの生育起点として計算した有効積算温度が実際のノビエ葉齢に密接に関係していること、また、有効積算温度は日平均気温が7°C以上を対象にして積算した場合に両者の関係が最も強くなることを明らかにしました。除草剤散布による防除効果を高めるには、ノビエの最大葉齢を把握する必要があるため、得られた結果をもとに、有効積算温度から最大葉齢を予測するための精度の高い推定式を作成して、本システムで利用しています(図3)。

今後の予定・期待

現在、中国地域および近畿地域で乾田直播栽培を行っている生産者や普及指導機関で本システムが先行的に利用されています。本システムで利用しているノビエ葉齢の推定式は中国地域で調査したデータに基づいていることから、他地域における適合性を確認しながら段階的に普及を図る予定です。

用語の解説

1)乾田直播栽培:

種籾を畑状態の本田に直接播種する栽培法で、移植栽培に比べて育苗の手間が省け、省力的な稲作が可能となります。全国の乾田直播栽培面積(令和元年、農林水産省穀物課調べ)は14,400haで水稲作付面積の1%程度。

2)標準作業手順書:

技術の特徴、技術が必要とされている背景、技術導入の条件、具体的な作業手順、導入事例、導入の際の留意点等が記載されているものであり、普及担当者や生産者に配布して、技術の指導・導入の現場で用いられます。

3) メッシュ農業気象データシステム:
気象情報が農業現場で有効に活用されることを目指して、農研機構が開発・運用する気象データサービスシステムです。全国の日別気象データを、約1km四方(基準地域メッシュ)を単位にオンデマンドで提供することができます。提供可能な気象要素は14種類で、提供可能な期間は1980年(一部2008年)1月1日から現在の1年後の12月31日までです。

4) 有効積算温度
基準温度以下の温度は生育に寄与しないという考え方に基づき、日平均気温が基準温度以上となる日について、日平均気温から基準温度を差し引いて合計した値。

5) 非選択性除草剤
散布する場所に生育する雑草をすべて防除することを目的とし、ほとんどの種類の植物に有効な除草剤。乾田直播栽培では、播種したイネ種子が出芽する直前に散布することで、出芽への影響を小さくしたうえでほ場に生育した雑草を枯殺することができます。

*Microsoft Excelは、米国Microsoft Corporationの、米国およびその他の国における登録商標または商標です。

発表論文

1. 藤本寛・橘雅明・高橋英博、中国地方の乾田直播圃場における有効積算温度によるノビエ葉齢の推定、日本作物学会紀事、91(1)、39-48.(2022年1月)

参考図

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