プレスリリース
(研究成果)害虫の発生調査の自動化に向けたモニタリング装置を開発

- 飛来性害虫の発生動態の解明や緻密な害虫管理への活用に期待 -

情報公開日:2023年9月 5日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、IoTカメラ1)フェロモントラップ2)を組み合わせることで害虫を自動で捕殺・廃棄し、日単位で捕殺した害虫の画像を遠隔地から収集する技術を開発しました。これまでの害虫の発生調査では、定期的(5~7日ごと)に調査地に赴き、害虫を計数・廃棄する労力がかかりましたが、本技術により省力的かつ日単位での害虫発生データの収集が可能になりました。本技術はデータに基づく緻密な害虫管理への応用が期待されます。

概要

ほ場等での害虫の発生情報は、害虫の基礎的な生態把握や薬剤散布などの時期を見極めるために必要な基盤的情報です。従来の発生調査では、プラスチック製容器や紙の粘着板にフェロモン剤(同種の虫を誘引する化学物質)を利用し、特定の害虫を捕殺し、調査者が目視で捕殺数を確認していました。しかし、既存手法では調査者が直接現地に行き、捕獲した害虫を毎回カウントした後に廃棄する労力が必要でした。特に蛾類などの飛来性害虫は日単位で移動・分散するので、既存手法では毎日現地に行って確認しない限り、日々の発生を把握することは困難でした。

そこで農研機構では、撮影した画像をメールで送信することやクラウド上へ保存可能なIoTカメラを使用し、1日ごとに捕殺した個体の画像をメール送信し、その後捕殺した個体を自動で廃棄する機能を有する装置を開発しました。開発した装置を導入することで、これまでは約1週間間隔で確認していた害虫の発生状況を、遠隔から日単位で確認できるようになりました。本技術は、広域を飛来する害虫の移動・分散に関する生態解明や、外来種のモニタリング、適期適所での効率的な薬剤散布といった、より先進的かつ省力的な害虫の防除対策の策定に寄与し、害虫調査の省力化や飛来性害虫の蔓延防止に貢献します。

関連情報

予算:科研費若手研究「ビッグデータ解析によるハスモンヨトウの好適発生条件の解明と発生予測手法の開発」(JP21K14951)、世界で活躍できる研究者戦略育成事業「大学×国研×企業連携によるトップランナー育成プログラム(筑波大学) TRiSTAR」

特許:特開2022-127613 害虫モニタリング装置


詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

作物の安定生産には、害虫の適切な防除が必要不可欠ですが、多くの害虫が夜行性で、葉の裏や地際などに隠れているため、作物生産ほ場において害虫がどの程度発生しているのかを把握することは容易ではありません。害虫の防除はその発生状況に応じて行うことが重要であるため、害虫の発生状況を適切なタイミングかつ簡易に把握できる技術が求められています。

害虫の発生調査は、都道府県等の公設試験場による重要害虫の調査や植物防疫法に基づき都道府県に設置された病害虫防除所等が実施する発生予察事業3)などで行われることが一般的です。害虫の発生調査は、特定の害虫を誘引する効果のあるフェロモン剤などを利用したトラップを複数地点に設置して、調査者が定期的に巡回して捕殺数を確認しており、調査にかかる労力やコスト面から、一般的には5日から1週間間隔で行われています。しかしながら、蛾類などの多くの害虫は日単位で移動・飛来し、気象条件などによって発生状況が変わるため、既存の調査方法では日単位で害虫の発生状況を把握することが困難でした。

そこで、市販のIoTカメラと特定の害虫のみを誘引するフェロモン剤、そして一定の時刻になると捕虫した害虫を廃棄する技術要素を組み合わせることで、日単位で捕殺した害虫の画像を収集し、遠隔から害虫の発生状況を確認できる技術を開発しました。今回は、ダイズや野菜等の重要害虫の一種であるハスモンヨトウを対象に、開発した装置を利用して得た画像をもとに目視で確認した捕殺数と、調査者が直接調査地に行って確認した捕殺数を比較・検証しました。

研究の内容・意義

1.害虫モニタリング装置の概要
害虫モニタリング装置は二段式の構成で、上段のフェロモン剤によって害虫を誘引し、捕殺する空間と、下段の捕殺した害虫の写真を撮影する空間に分かれています(図1)。
上段の誘引・捕殺する空間には特定の害虫を誘引する効果がある市販のフェロモン剤を設置し、上部の侵入部分については既存のトラップと同じ部品を使用しています。上記空間で誘殺した害虫は毎日一定時刻になると、上記空間の底面が開くことで下段に自由落下し、下段上部に設置したカメラによって所定の時刻に下段底面の写真が撮影されます(図2)。そして写真の撮影が完了すると、1日に1回所定の時刻に下段の底面が開閉されて、自動的に捕殺した害虫が廃棄される仕組みになっています。廃棄された害虫は下段の下に設置可能なプラスチックバッグに集められるか、そのまま地面に廃棄されます。下段上部に設置しているカメラは市販のIoTカメラを使用しており、毎日撮影した画像(図2)が登録したメールアドレスに自動で送信される仕組みになっています。

図1 開発した害虫モニタリング装置の写真(a)と動作の流れ(b)

図2 装置から送られてきた画像の一例

2.装置が撮影した画像を利用した捕虫数の確認試験
ダイズ・野菜等の重要害虫で、蛾類の一種であるハスモンヨトウを対象に、2021年に装置を運用した結果、本装置で得られた画像を目視でカウントして求めた捕虫数と、装置内から回収された実際の捕虫数との相関係数4)は0.9以上であり、その1日あたりの平均誤差(誤差の絶対値の平均値)は約5匹でした(図3)。捕虫数が200匹を超える場合、捕殺した個体が重なって画像から計数することが困難になる課題はありますが、実用上おおむね問題なく害虫の発生状況をモニタリングできることが分かりました。

図3 装置で得られた画像から目視で計数した捕虫数と実際の捕虫数の関係
実線は散布したデータに基づく回帰直線を表しており、
点線はy=xの直線を意味している。

今後の予定・期待

今回ご紹介した害虫モニタリング装置を用いて飛来性害虫の緻密な発生データを複数地点で収集し、飛来性害虫が大発生する要因の解明や、移動の動態について明らかにする研究を行います。また、ハスモンヨトウ以外の害虫についても装置の適用性を検証予定です。このようなモニタリングの仕組みを利用することで、日単位の害虫の発生動向をとらえた効率的な防除ができ、農薬の過剰散布を避けて客観的事実に基づく適期散布が可能になり、費用や労力・環境への負荷が低減できると期待されます。またツマジロクサヨトウなどの海外から飛来する害虫の早期モニタリングは植物防疫上重要であり、本装置を活用することで、外来害虫の迅速なモニタリングも可能となり、蔓延防止に貢献できます。開発した装置はプロトタイプであり、民間企業との取り組みを積極的に進めて市販化を目指します。

用語の解説

1)IoTカメラ:
IoT(Internet of Things=あらゆるモノがインターネット接続されること)技術を活用し、インターネットを利用して撮影した画像データ等を、クラウドやメール等で情報通信することができるカメラのこと[ポイントへ戻る]

2)フェロモントラップ:
昆虫が体外に分泌し、同種の個体間に作用するために生成されたフェロモン成分を人工的に合成・利用して対象とする害虫を誘引するトラップのこと[ポイントへ戻る]

3)発生予察事業:
発生予察事業とは、有害動物又は植物の繁植、気象、農作物の生育等の状況を調査して、農作物についての有害動物又は有害植物による損害の発生を予察し、及びそれに基づく情報を関係者に提供する事業のこと
国は、植物防疫法(昭和25年法律第151号)第23条に基づき、都道府県の協力を得て指定有害動植物(*)の発生予察事業を実施し、都道府県は、同法第31条に基づき、指定有害動植物以外の発生予察事業を実施する。
(*)有害動物又は有害植物であって、国内における分布が局地的でなく、又は局地的でなくなるおそれがあり、かつ、急激にまん延して農作物に重大な損害を与える傾向があるため、その防除につき特別の対策を要するものとして、農林水産大臣が指定するもの[開発の社会的背景と研究の経緯へ戻る]

4)相関係数:
2種類のデータや測定値の間の直線的な関連性の強さ(相関関係)を示す指標で、-1~+1の範囲の値をとる。1に近いほど、正の相関関係(一方が高くなると、もう一方も高くなる関係)が強くなる。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Kawakita Satoshi, Sato Tatsuya,2023, Towards automatic monitoring of insect pests using IoT camera-equipped pheromone traps: a case study for Spodoptera litura(Lepidoptera: Noctuidae). Applied Entomology and Zoology

https://doi.org/10.1007/s13355-023-00830-z
からダウンロード可能

研究担当者の声

研究開始当初の試験風景

農研機構西日本農業研究センター
中山間営農研究領域 研究員川北哲史
研究担当者の紹介動画
(TRiSTARフェロー紹介・第1期フェロー)はこちらから


研究開始当初は、写真のように既存のトラップをそのまま使い、市販のビデオカメラを使って害虫を直接観察する仕組みからスタートしました。そこから、機械工作を得意とする技術専門職員と試行錯誤を繰り返し、装置を作ることができました。これから装置を使って色々な研究にチャレンジしたいと思います。
研究開始当初の試験風景