プレスリリース
(研究成果)積雪地帯におけるブドウ根頭がんしゅ病の発生拡大の原因を解明

- 効果的な防除対策の開発へ -

情報公開日:2024年1月24日 (水曜日)

農研機
北海道大

ポイント

農研機構は、北海道大学と共同で、積雪地帯におけるブドウ根頭(こんとう)がんしゅ病1)の発生拡大の原因が高い病原菌密度であることを解明しました。ブドウ樹が雪で覆われることで病原菌が冬眠状態で保存され、ブドウ樹の表皮やがんしゅ(樹に形成される大きなこぶ)内部の菌密度が高く保たれることが明らかになりました。本成果は、ブドウ根頭がんしゅ病菌の季節変動を正しく理解し、効果的な被害対策を講じるために欠かせない知見となります。

概要

ブドウ根頭がんしゅ病は、ブドウ樹に大きなこぶ(がんしゅ:癌腫)が形成されて生育を阻害し、枯死を引き起こす土壌伝染性の難防除病害です(図1)。本病は、凍害等により樹に傷が付くことで発病が誘発されることが知られていましたが、雪で覆われると極端な低温にならず凍害を回避できることから、積雪地帯では本病の発生は少ないと考えられてきました。しかし、近年、世界でも有数の積雪地帯である北海道のワイン醸造用ブドウ栽培で本病の発生が目立ち、大きな問題になっています。

今回、農研機構と北海道大学の研究グループは、この矛盾点を検証し、積雪地帯における本病の発生拡大の要因を解明するため、北海道内の発病樹で根頭がんしゅ病菌(以下、病原菌)の調査を行いました。その結果、病原菌は、発病樹では密度が季節変動しながら年間を通じて生存すること、冬に向けて病原菌の密度が増加することが明らかになりました。また、冬の間は病原菌が雪に守られて高い密度で維持されることもわかりました。これらの病原菌は翌年の伝染源として機能すると考えられます。

本成果は、積雪地帯で生じるブドウ根頭がんしゅ病の発生拡大の理解に役立つとともに、今後の対策手法を検討していくために重要な知見となります。

図1 ブドウ根頭がんしゅ病の症状(赤い矢印が、形成されたこぶ)

関連情報

予算:JSPS科研費 JP17H03778、JP20K20572、JP21K05606


詳細情報

開発の社会的背景

ブドウは食卓を彩るフルーツの一つとして、そしてワインの原料として世界中で栽培されている果物です。特にワインについては、国税庁が定める「果実酒等の製法品質表示基準」によって、国産ブドウのみを原料とし、日本国内で製造された果実酒を「日本ワイン」とする基準が2018年から適用されて以降、全国各地で日本ワインの生産とワイン用ブドウの栽培が盛んになっています。中でも北海道では、2022年から北海道大学が中核となり、北海道内のワイン業界や経済界などが参画する「北海道―ワインプラットフォーム」を立ち上げ、ワインの生産振興を進めています。しかし近年、北海道を含め全国各地で根頭がんしゅ病の発生がブドウの安定生産の脅威となっており、効果的な防除方法を開発するために、本病の多発要因を解明することが求められています。

研究の経緯

これまで一般的に、凍害等によりブドウの樹に物理的な傷が付くことで根頭がんしゅ病が誘発されることが知られていました。一方で、雪で覆われると凍害を回避できることから、積雪地帯では本病の発生は少ないと考えられてきました。しかし近年、積雪地帯である北海道においても本病の発生が増加しており、ブドウ栽培上の大きな問題になっていることから、これまで推測されていたものとは違う本病の発生メカニズムが存在する可能性が考えられました。そのため、積雪地帯における本病の多発要因を解明することを目的として、農研機構と北海道大学は共同で、本病の発生実態調査を進め、病原菌の生態を調査し、その結果を解析しました。

研究の内容・意義

北海道のブドウ農家、ワイナリーの協力の下、2021~2023年にかけて現地調査を行いました。根頭がんしゅ病が発生しているブドウ樹(図1、2)のがんしゅ組織および表皮組織で病原菌の調査を継続的に行った結果、どちらの組織からも高い密度で病原菌が検出され続けました。また、病原菌の密度は年間を通じて大きく変動することがわかりました。そこで、病原菌密度の推移と関連する環境要因を調べるために、統計学の一手法であるベイズ推定2)を応用した階層ベイズモデル3)という統計モデルを用いて要因分析を行った結果、特に気温の変動が関連することがわかりました。

図2 ブドウ根頭がんしゅ病の症状
左側の写真の樹の中心に写っているがんしゅ(癌腫)と呼ばれるこぶ(赤い矢印)が、本病の典型的な症状です。植物にこぶが形成され、生育が悪くなり、最終的に枯死してしまいます。右側の写真は樹の全身に多数のこぶが形成された結果、枯死した樹です。

病原菌密度の変動が気温に影響されることがわかったので、次に、病原菌の密度が季節によっても変わることを明らかにするため、ベイジアン・チェンジポイント・ディテクション4)という統計手法で解析した結果、秋から冬にかけて病原菌の密度が増加することがわかりました(図3)。また併せて、積雪のある冬の間は病原菌密度の変化が少なく、高い病原菌密度が保たれていることもわかりました(図3)。このことから、積雪により、病原菌密度が高く維持されると考えられました。

図3 ブドウの樹における病原菌の季節変動
青色の折れ線グラフはブドウの樹に形成された「がんしゅ」の中の病原菌密度の変動、緑色の折れ線グラフはブドウの樹の表皮に生育している病原菌密度の変動を示しています(折れ線グラフの濃い色の帯はデータの50%信頼区間、薄い色の帯はデータの95%信頼区間。信頼区間は、データの統計学的な正しさを示す指標の一つ)。この図は、1地点の5樹からがんしゅ組織および表皮組織を月に1回の間隔で収集してデータを得ました。秋から冬にかけて病原菌が増加し、冬は雪の下(点線の区間)で多くの病原菌が「冬眠」状態で保存されていることがわかります。

同一のブドウ樹内で、雪に覆われている部分と覆われていない部分に分けて、病原菌の密度を比較した結果、雪に覆われている部分からは、覆われていない部分に比べて約100倍の密度で病原菌が検出されました(図4)。病原菌は0℃以下で活動を休止(冬眠)することが知られています。このことから、雪に覆われることによって病原菌が冬眠し、高い病原菌密度が維持される環境条件では、凍害等による大きな傷がなくても本病が発生しやすくなると考えられました。さらに、春には雪溶けと共に病原菌が土壌に流れて翌年の伝染源になる可能性も考えられました。

図4 ブドウの樹における雪に覆われている部分と覆われていない部分の病原菌密度
この図は、任意のブドウ8樹を選び、同一ブドウ樹内で雪に覆われている部分と覆われていない部分から表皮組織を5サンプル/樹(合計40サンプル)収集して得られた病原菌密度のデータの平均値を示しています。ブドウの樹の表皮に生息している病原菌密度は、雪に覆われている部分は覆われていない部分と比べて100倍近く高い菌密度で生息していることを示しています。

今後の予定・期待

本成果により、積雪地帯でブドウ根頭がんしゅ病が発生しやすい理由の一つが、雪の下で保存された高い病原菌密度であることを初めて明らかにしました。加えて、病原菌は発病樹の表皮やがんしゅの内部で年間を通じて生存していることも明らかになりました。今回得られた知見を踏まえて、今後は、病原菌の密度を低下させて感染を防ぐような防除技術の開発が期待されます。

用語の解説

1) ブドウ根頭(こんとう)がんしゅ病:
土壌中に生息する植物病原細菌Allorhizobium vitis(別名Rhizobium vitis)によって引き起こされ、植物の根や茎などにがんしゅ(癌腫)と呼ばれるこぶを形成する土壌病害です。根や地面に近い部位に傷等から植物体内に侵入して感染すると考えられています。定植したブドウが繰り返し発病することで、長期的な生育不良、あるいは枯死に至るため、生産現場にとって大きな経済的被害をもたらす深刻な病害です。[ポイントへ戻る]

2) ベイズ推定:
ある条件における事象の確率(事後確率)を、既知の確率(事前確率)と観察された結果から導く統計方法です。条件付き確率の要素を含むデータを解析する時に用いられることがあり、多くの統計モデル、機械学習で応用されています。一般的な使用例として、迷惑メールを選別するシステムに応用されています。[研究の内容・意義へ戻る]

3) 階層ベイズモデル:
ベイズ推定の理論に基づき、一つのパラメータに影響を与える別のパラメータの影響を考慮した統計モデルです。この方法は、不確実性を含む複雑な構造を持つ事象において、ある結果に関連する要因がどのくらい影響を及ぼしているのかを明らかにするメリットがあります。[研究の内容・意義へ戻る]

4) ベイジアン・チェンジポイント・ディテクション(Bayesian Changepoint Detection):
階層ベイズモデルの構造を応用して、時系列データにおけるデータの変化点を検出する機械学習の一つです。様々な要因が混在する条件でも、変化が起こった点における特徴を捉えて検出できるメリットがあります。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Akira Kawaguchi, Manabu Nemoto, Sunao Ochi, Yosuke Matsushita, Tomoyuki Sato, Teruo Sone (2023) Insight into the population dynamics of pathogenic bacteria causing grapevine crown gall in snowfall areas: snow cover protects the proliferation of pathogenic bacteria. Frontiers in Plant Science 14:1198710

https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1198710
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研究担当者の声

本人の写真

農研機構西日本農業研究センター
中山間営農研究領域 上級研究員川口 章

最初に積雪地帯でこの植物病害の大発生を見た時は、どうしてここまで発生するのかが本当に疑問でした。これまでの定説ではあり得ない現象だったからです。だからこそ定説を疑い、ゼロから試行錯誤しながら長期間の調査を行い、粘り強い解析の結果、発生原因を突き止めることができました。事象の原因を突き止めるのは研究者冥利に尽きる仕事です。しかし、原因究明の次はこの病害をしっかり防除することが仕事ですので、今後も精力的に研究を行い、農業生産者の皆様のお力になれるように精一杯努めてまいります。