ポイント
農研機構は、放牧牛の水飲み行動を利用して体重を自動計測する個体管理システムに用いる誘導路(シュート)を改良し、牛同士の攻撃行動1)が起こりにくい新型シュートを開発しました。
出口を斜め前方に設けることで牛が前進して退出でき、攻撃行動の発生率は15.5%から7.0%へと半減しました。その結果、牛にとっての安全性が高まるとともに、牛の観察や体重データの安定的な取得がしやすくなりました。
本技術は、公共牧場や放牧を行う肉用牛生産者が、現場で安全かつ省力的に個体管理を行うことを想定して開発したものです。大規模な専用設備を必要とせず、放牧牛の自然な行動を活かして利用できる点が特長です。
概要
中山間地域を中心とした肉用牛生産では、担い手不足や高齢化を背景に、餌やりや畜舎の掃除など日常管理作業の省力化が重要な課題となっています。また、畜産物の安定供給には、国際情勢の変化や輸送コストの高騰によるリスクを軽減するため、輸入飼料への依存を抑え、地域資源である牧草を活用することが求められています。
放牧は省力化と牧草の活用という二つの課題に同時に対応できる有効な方法の一つです。しかし、放牧地では牛が自由に動き回るため、牛の発育状況の指標となる体重計測や薬剤投与などの個体管理には、体重計枠への誘導や追い込み作業などが必要となり、生産者にとって大きな負担となっています。
農研機構は、こうした課題に対応するため、放牧牛が自発的に利用する水飲み行動を活用した「放牧牛体重計測システム」(以下、「体重計測システム」)の開発を進めてきました。この体重計測システムは、水飲み場前に体重計とシュートを設置し、首輪装着式のRFIDタグ2)を用いて水を飲みに来た牛の体重を自動計測・記録し、遠隔で発育状況を確認する仕組みです。しかし、従来の体重計測システムで用いていた直線型シュート(以下、「従来型シュート」)は、入口と出口が同一で、牛が退出する際に後退する必要がありました。そのため、混雑時や後退時に牛同士の接触や、後方の牛が前方の牛を頭で押すといった攻撃行動が頻繁に確認されていました。牛の攻撃行動は、シュートの破損や攻撃された個体の負傷につながる場合もあり、安定した体重計測や個体管理の妨げとなるだけでなく、アニマルウェルフェアの観点からも、この攻撃行動を抑制できる仕組みが求められていました。
そこで本研究では、牛が前進して退出できる構造を持つ「斜め分岐型のシュート(以下、「新型シュート」)」を開発しました(図1、写真)。
新型シュートの導入により、牛が後退することなくスムーズに退出できるようになり、攻撃行動の発生率は従来型シュートの15.5%から7.0%へと半減しました。
従来型シュートでも体重計測システムによる体重の自動計測は可能でしたが、本改良により、牛同士の攻撃行動を抑え、牛が安全に利用できる環境が確保されたことで、システムの利用回数が増え、体重データをより安定して取得できるようになりました。本技術は、公共牧場や放牧を行う肉用牛生産者が、現場で安全かつ省力的に個体管理を行うことを想定して開発したものです。大規模な専用設備を必要とせず単管パイプ等を用いて設置することが可能で、放牧牛の自然な行動を活かして利用できる点が特長です。
今後、追加機器を設置して発情発見や薬剤投与などの作業にも対応できるようにすることで、放牧牛の健康管理の高度化や生産性向上への貢献が期待されます。
関連情報
予算 : 運営費交付金
特許 : 特開2025ー181798 「個体管理装置及び個体管理システム」
詳細情報
開発の社会的背景と研究の経緯
中山間地域の肉用牛生産では、担い手不足や高齢化を背景に、餌やりや畜舎の掃除など日常管理作業の省力化が重要な課題となっています。また、畜産物の安定供給を図るためには、輸入飼料への依存を抑え、地域資源である牧草を活用して飼養を安定させることで国際情勢の変化や輸送コストの高騰によるリスクを軽減する必要があります。
このような課題への対応策として、放牧を活用した飼養は有効な選択肢の一つですが、放牧地では牛が自由に行動するため、牛の発育状況の指標となる体重計測や病気予防のワクチン接種、駆虫剤の投与など個体ごとの管理には、多くの時間と労力を要するという課題があります。
農研機構は、放牧下でも省力的に個体管理を行うことを目的として、体重計測システムを開発してきました。この体重計測システムでは、水飲み場前に体重計とシュートを設置し、RFIDタグ等を用いて個体識別と体重記録を行います。
しかし、これまでの体重計測システムで用いていた従来型シュートは、電牧線や単管パイプで囲った直線構造で、入口と出口が同一でした。そのため、飲水後に牛が後退して退出する必要があり、後ろに並んだ牛が同じシュート内で前の牛を頭で押す攻撃行動が生じやすいという課題が、実証の過程で明らかになっていました。牛の攻撃行動は、シュートの破損や攻撃された個体の負傷につながる場合もあり、安定した体重計測や個体管理の妨げとなるだけでなく、アニマルウェルフェアの観点からも、この攻撃行動を減らす仕組みが求められていました。
研究の内容・意義
新型シュートは、単管パイプ等を用いたシンプルな構造で、公共牧場や既存の放牧地においても、現場条件に応じた設置が可能です。この新型シュートの効果を検証するため、従来型シュートと新型シュートを用いた体重計測システムについて、牛の攻撃行動の発生率および飲水行動の安定性を比較しました。
1.通路の構造と攻撃行動減少の原理
従来型シュートは直線型で、電牧線や単管パイプで囲う出入口が同一の簡易構造でした。改良した新型シュートは単管パイプ製の斜め分岐型で、黒毛和種繁殖雌牛の体型に合わせ、長さ約230cm、幅約80cmとしました。
従来型シュートでは、牛は水を飲んだ後、後退してシュートから出ますが、今回開発した新型シュートは、従来型シュートの前方に約45度の角度で新たな専用出口を設けています。後退よりも前進の方がしやすい牛の行動特性と、社会的順位の低い個体3)が社会的順位の高い個体4)を回避する行動に着目し、入口から水飲み場、出口へと自然な動線を確保し、牛同士の接触や攻撃行動の発生を低減させています。仮に、この専用出口から牛が進入して飲水しようとしても、専用出口の角度により、水飲み場までの動線が遮られ、牛は水を飲むことができません(図2)。
2.牛の行動観察と体重計測
従来型シュートと新型シュートを比較するため、両シュートの入口上部に動体検知監視カメラを設置し、牛の行動を記録しました。また、体重計測システムを用いて水飲み時の体重を自動記録しました。その結果、1日の1頭あたりの利用回数は従来型の平均1.5回から1.9回に増加し、1回あたりの滞在・飲水時間も、2.2分から3.2分に増加しました。攻撃行動の発生率は15.5%から7.0%へと半減しました(図3)。さらに、新型シュートでは、入口付近に他の牛がいる場合、シュート内の牛が前方の専用出口から退出することで、前もって攻撃行動を回避する傾向が多く見られました。
新型シュートの設置により、牛の攻撃行動が減少するため、社会的順位の低い牛でも攻撃行動を回避しながら落ち着いて水を飲む行動が多く確認されました。また、新型シュートを組み合わせた体重計測システムを活用することで、水飲み場の利用回数が増加し、放牧下でも個体ごとの状態を把握しやすくなります。今後は、新型シュートに追加機器を設置することで、発情発見や駆虫剤投与などの作業も可能となり、放牧牛の健康管理の高度化や生産性向上への貢献が期待されます。
今後の予定・期待
今後は、本研究で開発した新型シュートについて、公共牧場や放牧生産者が現場で活用できる技術としての普及を進めていきます。
具体的には、体重計測システムの簡易化と低コスト化を進めるとともに、生産者自らが設置・運用を検討できるよう、構造の考え方や設置上の留意点を整理した手順書の作成を予定しています。本プレスリリースでは、その基本的な考え方と効果を紹介しています。あわせて、実施許諾先企業の確保を図ることで、周年親子放牧や放牧肥育を行う農家および公共牧場への導入を加速させることを目指します。
新型シュートを備えた体重計測システムの導入により、放牧管理における安全性の向上と人手不足の緩和に寄与し、持続可能な畜産経営への貢献が期待されます。
用語の解説
- 攻撃行動(aggression behavior)
- 群れの中で、社会的順位形成、資源獲得および退避の強制などを目的として、他個体に対して、頭突き押しなど物理的な圧力を加える行動。 [ポイントへ戻る]
- RFIDタグ(Radio Frequency Identification)
- 電波を使って物や人、動物などを直接触れずに識別するための小さな電子タグ。タグには番号が記録されており、専用の読み取り機(リーダー)の近くに来ると自動的に情報を読み取ることができます。目で見たり触ったりする必要がなく、多くの場合、電池を使わずに動作します。 [概要へ戻る]
- 社会的順位の低い個体(low‐ranking individual)
- 群れの中の序列において、資源への優先アクセスや闘争・威嚇場面での優劣の傾向から、相対的に下位に位置づけられる個体。 [研究の内容・意義へ戻る]
- 社会的順位の高い個体(high-ranking individual)
- 群れの中の序列において、資源への優先アクセスや闘争・威嚇場面での優劣の傾向から、相対的に上位に位置づけられる個体。 [研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
Huricha, Hirano, K., Tsutsumi, M., Kakihara, H., & Watanabe, N. (2026). Development of a chute for improving cow movement and reducing agonistic behavior. Grassland science. https://doi.org/10.1111/grs.70023