イネの高温障害に関わるホスホリパーゼDと活性酸素消去系遺伝子

要約

イネの3種類のホスホリパーゼD (PLD)遺伝子抑制系統は、いずれもイネの高温障害が低減する。OsPLDβ2の発現抑制による高温耐性には活性酸素消去系遺伝子であるOsCATAの発現上昇が関わっている。PLDとCATA遺伝子の発現を制御することで、高温耐性イネの育種的改良が可能である。

  • キーワード:イネ、高温障害、ホスホリパーゼD、カタラーゼ
  • 担当:中央農業研究センター・作物開発研究領域・育種素材開発・評価グループ
  • 代表連絡先:電話 0298-38-7930
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

夏季の高温による白未熟粒の形成(イネの高温障害)は、一等米比率の著しい低下をもたらすため、農業所得の大幅な減少を招く。そのため高温障害が起こらない品種の開発が求められている。植物の環境耐性にリン脂質代謝が重要であることが広く認められているので、本研究ではイネのリン脂質代謝酵素であるPLD遺伝子の抑制と高温障害における機能、さらにそのメカニズムを明らかにすることにより、高温耐性品種の開発に貢献する。今回発見した遺伝子をこれまでの育成品種に付与することができれば、品種の品質面での高温耐性強化に寄与することが期待され、地域農業で大きな問題になっている高温気象対策技術になる可能性がある。

成果の内容・特徴

  • イネの17個のPLD遺伝子のうちOsPLDα1OsPLDα3OsPLDβ2をRNA干渉で抑制した系統(KD)はいずれも高温による品質障害が顕著に低減する(図1)。
  • OsPLDβ2-KD系統の高温栽培種子では、活性酸素量の低下と活性酸素消去活性の増加が観られ、さらに活性酸素消去系酵素の1つであるカタラーゼ遺伝子(OsCATA)の発現が顕著に誘導される(図2)。
  • OsCATAの高発現系統(ox)は高温による品質障害が顕著に低減する(図3)。
  • 以上の結果より、OsPLDβ2-KDの高温耐性はOsCATAの高発現により誘導されることが示唆される。

成果の活用面・留意点

  • この研究成果は遺伝子組換え技術を用いたPLD遺伝子の発現抑制によるものである。3つのPLD遺伝子の突然変異系統が見つかれば、交配技術により高温障害を低減する品種の開発が可能となる。さらにゲノム編集技術の直接的遺伝子導入法を用いれば、高温障害を低減する簡便な品種開発が可能となる。
  • この成果はイネの高温障害に活性酸素の形成が関係していることを示唆している。高温下での種子における活性酸素産生のメカニズムと、活性酸素による白未熟粒形成のメカニズムを明らかにすれば、高温障害を低減するさらなる手法の開発が期待できる。
  • 本技術は高温障害の低減については極めて有効であるが、収量性等への影響をさらに解析する必要がある。

具体的データ

図1 イネPLD遺伝子抑制系統(KD)とControlの白未熟粒の形成,図2 OsPLD2-KD系統とControlの種子中のカタラーゼ(CAT)遺伝子の発現解析,図3 イネCAT遺伝子高発現系統(ox)とControlの白未熟粒の形成

その他

  • 予算区分:交付金、委託プロ(次世代ゲノム、スマート育種システム)
  • 研究期間:2011~2019年度
  • 研究担当者:山口武志、山川博幹、黒田昌治、中田克、羽方誠
  • 発表論文等:
    • Yamaguchi T. et al. (2019) Biosci.Biotechnol.Biochem. 83: 1102-1110
    • 山口ら「イネ科植物の高温障害を低減させる方法、及び高温耐性イネ科植物」特許第5812386号(2015年10月2日)