ネギネクロバネキノコバエの同定を確実にするための簡易な非破壊的DNA抽出法

要約

ネギネクロバネキノコバエの虫体から、形態的特徴を損なわず非破壊的にDNAを抽出する本手法を用いることで、同一個体の成虫において、分子生物学的手法による識別と形態学的手法による同定を確実に行うことが可能である。

  • キーワード:Bradysia odoriphaga、種特異的プライマー、DNAバーコーディング
  • 担当:中央農業研究センター・虫・鳥獣害研究領域・生物的防除グループ
  • 代表連絡先:電話 029-838-8885
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

ネギネクロバネキノコバエ(Bradysia odoriphaga Yang & Zhang)は、ネギ、ニンジン、ニラ等の 地下部を加害する害虫である。2014年に埼玉県北部で初めて発生が確認され、現在は群馬県の一部地域でも発生している。本種による被害の拡大を防ぐためには、圃場で発見される個体を迅速かつ正確に種同定し、発生初期の低密度段階で適切な防除を行う必要がある。
一般的に、クロバネキノコバエ科の同定は成虫の形態的特徴に基づいて行われる。しかしながら、圃場では本種との形態的な識別が困難な近縁種も発生する。また、我が国におけるクロバネキノコバエ科の種はあまり解明されていないため、本種と形態が類似した未記載種や日本未記録種が存在する可能性もある。そのため、同一個体の分子生物学的手法による識別と形態学的手法による同定を確実に行うことが可能な手法を開発する。
本研究では、本種の種特異的プライマーを用いたPCRとDNAバーコーディングによる識別に適用可能な非破壊的DNA抽出法について検討する。併せて、DNA抽出後の成虫を形態的特徴に基づいて正確に同定することが可能か否かを確認する。

成果の内容・特徴

  • 本抽出法は、PrepMan® Ultra Sample Preparation Reagent (Applied Biosystems, CA,USA) に虫体を浸漬して100°Cで20分間加熱後、虫体を取り出してから25°Cで15,000rpm・3分間遠心することにより、形態的特徴を破壊することなく簡易にDNAを抽出できる。
  • 種特異的プライマーを用いたPCRでは、成虫と蛹のPCR成功率は90%を超えることから(表1)、本抽出法は本種の迅速な識別に有用である。
  • 昆虫のDNAバーコーディングに利用されるミトコンドリアCOI領域についても、成虫と蛹のPCR成功率は90%を超え(表1)、PCR増幅産物の塩基配列解析により種の識別が可能であるため、本抽出法はDNAバーコーディングにも適用できる。
  • DNA抽出後の成虫は、同定に用いる部位の損傷はなく、永久プレパラート標本作製後に形態的特徴に基づき正確に同定することが可能である(図1)。

成果の活用面・留意点

  • 本手法は、ネギネクロバネキノコバエが発生している埼玉県や群馬県の病害虫防除所、公設試やこれらから同定依頼を受ける植物防疫所において活用できる。
  • 本手法を用いた場合の幼虫や卵のPCR成功率は高くないため(表1)、これらの発育ステージでは確実にDNA抽出が可能な従来の破壊的手法を用いることが望ましい。
  • 本手法では、99.5%エタノールに保存した累代飼育虫を用いた。そのため、黄色粘着板により採集された紫外線によりDNAが劣化した成虫からは、十分量のDNAを抽出できない可能性がある。
  • 本手法では、虫体全体をDNA抽出に用いた。そのため、虫体の一部からは十分量のDNAを抽出できない可能性がある。

具体的データ

表1 ネギネクロバネキノコバエを同定するための非破壊的DNA抽出法を用いたPCRの成功率,図1 非破壊的DNA抽出後のネギネクロバネキノコバエ雄成虫の形態的特徴

その他

  • 予算区分:交付金、その他外部資金(レギュラトリーサイエンス)
  • 研究期間:2018~2019年度
  • 研究担当者:有本誠、日本典秀、長坂幸吉、吉松慎一、小俣良介(埼玉農技研)、岩瀬亮三郎(埼玉農技研)、末吉昌宏(森林総研)
  • 発表論文等:Arimoto M. et al. (2020) Appl. Entomol. Zool. 55:181-185