獣類捕獲囲いわなへのICT導入における損益分岐点は年間30頭の捕獲である

要約

ニホンジカを捕獲するための囲いわなを対象に、従来型の捕獲方法であるけり糸による捕獲と、ICTを利用した捕獲の1頭当たりの費用対効果を算出すると、年間30頭の捕獲が損益分岐点であることが判明し、この値からICT導入における経営的な判断基準が示される。

  • キーワード:ICT、囲いわな、ニホンジカ、費用対効果分析、損益分岐点
  • 担当:中央農業研究センター・虫・鳥獣害研究領域・鳥獣害グループ
  • 代表連絡先:電話 029-838-8481
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

ニホンジカは個体数増加に伴い深刻な農業被害を及ぼしており、捕獲の必要性が社会的に強く認識されている。そのため、効率的・省力的な捕獲のためICTを活用した捕獲が注目されているが、技術的・人的な課題により費用対効果が疑問視され、捕獲及びICTの機材が補助金を利用していることからも、損益分岐点を検証する必要がある。そこで、被害防止のために2009年に長崎県五島市に設置された囲いわなを対象として、2016年に仕掛け部分をけり糸からICTに変更した前後において、従来手法とICTの費用対効果を比較し、導入判断指針となる損益分岐点を明らかにする。

成果の内容・特徴

  • 従来型のけり糸を用いた囲いわなを途中から、画像通信により捕獲者が稼働の判断を下すタイプのICTの活用に切り替えると、わなの巡回数が減少し、従来型で生じていた稼働のロスが減少したため1日あたりの捕獲頭数が多くなり、導入の効果がみられる(表1)。なお、本地区は1)狩猟ではなく有害捕獲であること、2)当該地区に生息する大型獣はシカのみであり、錯誤捕獲の可能性が極端に低いこと、3)一般道から見えない場所であり、部外者に見つかる可能性が低いこと、4)もし誤って人が入ったとしても蓋は数キロのため簡単に持ちあがること、を理由にICTを導入する前(従来型を適用していた時期)から巡回頻度は週2.5回と少なめである。捕獲檻のサイズは高さ1.8m、床は楕円形(長径16.2m、短径10.5m)である。
  • 佐藤ら(2017)による捕獲技術体系モデルに従い、捕獲に係る変動費の単価を項目別に算出する(表2)。ICT導入に係る費用、わな設置に係る費用等の初期投資費は、現地ヒアリング及び佐藤ら(2017)に準拠し、減価償却した費用を費用対効果分析に用いる。なお、ICT導入後についても従来型わな設置に係る費用(ICT機器に変更した仕掛け部分以外)は含まれているが、わなは2009年設置のため、減価償却を考慮すると計上された金額はわずかである。
  • 一頭の捕獲にかかる費用の推移をみると(図1)、従来型は10頭前後以降横ばいであり、ICTを活用した場合との損益分岐点は単年度で30頭程度である。
  • 損益分岐点である30頭に到達するまで、従来型は320日、ICT利用は280日である。

成果の活用面・留意点

  • 本調査はわな、場所、捕獲者が同一の条件で比較している。
  • 当該ICTを導入する前に、損益分岐点の捕獲頭数を見込めるか判定することが大事である。
  • ICT導入の判断には人手不足対応が含まれる。調査地は捕獲者とわなの位置が遠く、管理労力の減少(巡回数は2割低減)、多数の捕獲実績があったことで導入の有用性が証明されたが、管理労力がかからない場所や捕獲数が見込めない場所では経営的な判断として導入は薦められない。
  • ICTの活用により、捕獲・誘引技術の向上や、他業務との調整という捕獲にかかる経費以外のメリットがある。
  • 従来型の見回り頻度が週3回であればICTの損益分岐点は20頭になる。状況に応じて変動することに留意する。

具体的データ

表1 対象わなの捕獲実績,表2 対象わなによる捕獲に係る作業単価と時間,図1 ICT利用前後の捕獲わなにおけるシカ1頭あたりに係る費用の比較

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)、その他外部資金(27補正「地域戦略プロ」)
  • 研究期間:2017~2018年度
  • 研究担当者:中村大輔、佐藤正衛、平田滋樹、山端直人(兵庫県立大)、竹内正彦
  • 発表論文等:中村ら(2019)農業経営研究、57(2):83-88