前後鼻腔経路嗅覚ディスプレイを用いた嗅覚-味覚促進の観測
要約
ヒトの味嗅覚情報統合の特性の解明のために、呼吸状態を計測しながら時間制御して前・後鼻腔経路に香気成分を呈示する装置を用いて観測すると、後鼻腔経路からの香気が前鼻腔経路の香気よりも味覚強度をより高める。
- キーワード:嗅覚ディスプレイ,前鼻腔経路,後鼻腔経路、強度評定
- 担当:食品研究部門・食品健康機能研究領域・感覚機能解析ユニット
- 代表連絡先:電話 029-838-7991
- 分類:研究成果情報
背景・ねらい
香りは、食物の嗜好形成に関わる最も重要な因子の一つである。ヒトを対象とする場合、香りの評価を行う方法としては、鼻孔から香気成分を含む空気を呈示する前鼻腔経路による実験が多いが、嗅覚による味覚促進(例えば、バニラの香りによって甘味の知覚強度が増強する)については、口側から鼻咽頭を通る空気とともに香気成分が運ばれる後鼻腔経路の重要性が古くから注目されている。しかし、前鼻腔経路と後鼻腔経路の知覚現象の差については、それぞれの経路の香気成分の違いについての解析がほとんどで、嗅粘膜に香気成分を運ぶ呼吸との関連は検討されていない。
そこで、後鼻腔経路と前鼻腔経路の違いを検討するために、実験参加者の呼吸タイミングに合わせて前・後鼻腔経路に刺激を呈示できる嗅覚ディスプレイを開発し、呼吸と連動した後鼻腔、前鼻腔の両経路からの嗅覚刺激呈示に対する味覚強度の増強度を観測する。
成果の内容・特徴
- 実験参加者の呼吸のタイミングに合わせて嗅覚刺激の時間と量を精確に制御して呈示するための装置である(図1)。本装置は、鼻孔の近くに温度変化を測定するセンサを設置し、呼吸の状態を把握できる。また、モータの回転の強さと時間を調整でき、ポンプ、呼吸センサの複合装置と香料を入れる匂い瓶からチューブで香気成分を鼻孔に呈示できる(図2)。
- 嗅覚ディスプレイが時間を精確に制御して匂い呈示ができるかどうかを計測すると、嗅覚刺激の切り替えの遅れは約0.21 秒(標準偏差=0.02)である。一般成人の平均的な呼吸数が毎分12~20回であり、呼吸を2秒に1回するように実験中に指示することから、呼気・吸気に連動させて匂い呈示することが可能な時間精度がある。
- 本装置を用いて、実験参加者10名に溶液の味の強度を評価させる。嗅覚刺激にはバニラエッセンスを、味覚刺激にはショ糖溶液を用いる。味覚刺激呈示では、溶液の入ったシリンジを参加者に持たせ、画面の指示に合わせて呼吸させ、溶液を飲ませる。嗅覚刺激を味覚刺激に先行して2回の呼気にわたり前鼻腔経路で呈示する条件と、味覚刺激後に2回の吸気にわたり後鼻腔経路で呈示する条件、嗅覚刺激を呈示しない条件を設ける。刺激呈示後、評定尺度を用いて味の強度の評価をさせる(実験1)。強度評定についての統計処理(2要因分散分析)結果によると、溶液濃度と匂い条件の両者が味の強度の評価に影響する。匂い条件については、後鼻腔経路を通った香気成分の方が、前鼻腔経路を通った香気成分よりも溶液の味の強度を強く評価させる(図3左)。また、後鼻腔経路条件では匂いなし条件下よりも味覚強度が高い。
- 後鼻腔刺激を味覚刺激よりも先に呈示し、前鼻腔刺激を味覚刺激よりも後に呈示する条件下(実験2:実験参加者8名)では、嗅覚による味覚促進は観察されない(図3右)。
成果の活用面・留意点
- 前鼻腔経路と後鼻腔経路への嗅覚刺激の強度評価には大きな個人差がある。今回の実験では、両経路の香気成分に対する強度評定に有意な差が無い実験参加者を対象とした。本装置を用いてデータを収集する場合には、実験目的に合わせて実験参加者のスクリーニングなどを行う必要がある。また嗅覚刺激と味覚刺激との時間的関係も規定要因である。
具体的データ
その他
- 予算区分:競争的資金(科研費)
- 研究期間:2014~2016年度
- 研究担当者:和田有史、日下部裕子、河合崇行、角谷雄哉、鳴海拓志(東大)、小早川達(産総研)
- 発表論文等:Kakutani et al. (2017) Sci. Rep. 7(1):8922. doi:10.1038/s41958-017-07285-7