麹菌の光応答遺伝子の網羅的解析

要約

本成果は光照射の有無による全麹菌遺伝子発現の増減を網羅したデータセットである。本成果を用いる事により、醸造に重要な役割を果たす酵素遺伝子の光による発現量の変化を知る事ができる。

  • キーワード:麹菌、光応答、網羅的発現解析、醸造食品、酵素生産
  • 担当:食品研究部門・食品生物機能開発研究領域・食品醸造微生物ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8013
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

味噌、醤油等の伝統醸造食品の製造において最も重要な段階は製麹である。原料穀物に麹菌を接種し培養することで、その食品製造に適した比率で各種酵素を麹菌に生産分泌させる技術が最終製品の品質に決定的な影響力を持つ。醸造食品の製造工程は長い歴史を経て既に限界まで最適化されており、既存技術の延長では更なる生産性の向上は困難である。製麹期間中の温度経過及び湿度をコントロールすることで酵素バランスをコントロールするという既存技術に加えて、新規の人為操作可能なパラメーターを利用した技術の開発が求められている。
そこで、本研究では光により麹菌の遺伝子発現プロファイルが大きく変化する現象に着目し、醸造関連酵素遺伝子の光による発現制御技術の基礎データを得るため、全麹菌遺伝子の光による発現量の変動を次世代シーケンサーによる網羅的発現解析によって取得したものである。

成果の内容・特徴

  • 2種類の麹菌株RIB40株とRIB1187株を培養し、白色光(30μmol・m-2・s-1)を照射したものとしないものからそれぞれ全RNAを抽出し全発現遺伝子を解析したデータである。
  • 麹菌には光によって胞子形成を促進する菌株と抑制する菌株が存在する(図1)。麹菌胞子は暗緑色をしており、胞子の付いていない菌糸は白色である。
  • 光による酵素遺伝子発現制御の1例として、RIB40株では光照射によって、清酒醸造に非常に重要なαアミラーゼ及びグルコアミラーゼの発現が抑制される(図2のalpha-amylase4と10、glucoalylase glaA参照)。本図表では上部の凡例に示した通り、遺伝子発現量が多いと赤色に、発現量が0に近付くに従って青色が濃くなるように表示されている。これにより、RIB40株を用いた製麹は暗所で行う方がデンプン分解能が高くなる事を予想可能となる。一方デンプン以外の例えばセルロース等のバイオマス系難分解性繊維の分解酵素は明暗それぞれで働く酵素が違う事が予想される(図3)。図2及び3における発現量は次世代シーケンサーによるリード数を統計的に補正し標準化した数値である。

成果の活用面・留意点

  • 光による各酵素、個々の発現の制御が明らかになる。それによって、味噌、醤油、清酒等の各種醸造食品に必要とされる酵素バランスに適した明/暗培養条件の切り替え条件を選択できる。
  • 1.により醸造に必要な各種酵素の活性が高まることによって、原料利用率の向上、あるいは、熟成期間短縮による製造設備回転率の向上により、全般的なコストダウンを図ることができる。
  • 将来的には、本データで示された光による酵素遺伝子発現変動という現象の元となる細胞内分子機構を明らかにすることにより、より精密に酵素毎の人為的制御を可能にすることが期待される。それにより、コストダウンだけではなく、例えば特定の旨み成分あるいは機能性成分を生成する酵素の個別制御によって製品の品質向上にも寄与することが期待される。
  • 菌株による光応答様式の相違に留意し、それぞれの生産者の使用菌株の光特性を十分に確認して用いる必要がある。

具体的データ

図1 麹菌の菌株による光への応答の違いで胞子の形成量が変化する,図2 光によるデンプン分解関連酵素遺伝子の発現変化,図3 光によるデンプン以外の糖質分解酵素遺伝子の発現変化

その他

  • 予算区分:交付金
  • 研究期間:2015~2019年度
  • 研究担当者:鈴木聡、楠本憲一
  • 発表論文等:
    • Murthy P.S., Suzuki S., Kusumoto K-I. (2015) FSTR, 4(21),631-635
    • MurthyP.S., Suzuki S., (2018) JARQ 52(1),23
    • Suzuki S., Kusumoto K-I. (2020) JARQ 54 (1), 13-20