無塩の伝統的発酵漬物「すんき」の乳酸菌叢と成分組成の包括的解析

要約

伝統的に無塩で製造される乳酸発酵漬物には独特な乳酸菌が多様な構成比で存在しており、菌種構成と成分組成とは明確に関連している。包括的解析法の併用は発酵食品研究に効果的であり、本成果は伝統発酵技術に学ぶ新規な野菜類発酵スターター菌の開発に活用することができる。

  • キーワード:発酵食品、乳酸菌、漬物、メタゲノミクス、メタボロミクス
  • 担当:食品研究部門・食品生物機能開発研究領域・微生物機能ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8013
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

長野県木曽地方に伝わる伝統発酵食品「すんき」は、食塩を用いずに生産される世界的にも希少な無塩漬物である。無塩発酵させた野菜の加工品は、塩分摂取量の低減に有効なだけでなく、豊富に含まれる乳酸菌による健康増進効果を期待することができる。しかし、味や香りの品質不安定性やpH低下不良等の問題が生産現場で生じている。この問題の背景には無塩条件下での菌叢形成があり、野菜類の無塩発酵技術開発における課題となっている。しかしながら、無塩漬物に関しては基礎的な知見が乏しく、品質向上に寄与する乳酸菌や成分が明らかでない。
本研究では木曽地域の各家庭で製造されたすんき試料を収集し、多検体の乳酸菌叢と成分組成を包括的に解析するメタゲノミクスとメタボロミクスの技術を併用し、両者の関連性について基礎的知見を得ることを目的とする。

成果の内容・特徴

  • すんきの菌叢はほとんどLactobacillus属乳酸菌のみで構成されるが、菌種構成は試料により大きく異なる。L. plantarumのように環境から広く検出される菌種のほか、塩蔵の漬物では一般的にみられないL. delbrueckiiなどの菌種も優勢菌として存在する場合がある(表1)。
    優勢種として最も高頻度に検出される乳酸菌はL. fermentumであり、無塩条件下での野菜の乳酸発酵に高い適応性を有すると評価される。また、その占有率は各試料の有機酸量や試料pHとの相関性を示す(図1)。
  • すんきの成分組成も試料によって大きく異なる。水溶性成分では乳酸、酢酸、エタノール、マンニトール、コハク酸、各種アミノ酸、アミン類などが、揮発性成分ではエチルエステル類、ニトリル、イソチオシアネートが多様性に寄与する。
  • すんきの菌種構成は、そのパターンから大きく3つの菌叢タイプに分類することができる(図2)。菌叢タイプは成分の含有量に明確な関連性を示す(図3)。
  • 乳酸菌叢と成分組成の包括的な解析結果を利用して、野菜の無塩発酵において望ましい味や香りを付与する乳酸菌種を効率的に選択することができる。独特の菌種の組み合わせを複合発酵スターター(発酵種)として利用することにも期待できる。

成果の活用面・留意点

  • メタゲノミクスとメタボロミクスを併用した包括的解析法はすんきに限らず有用であり、発酵食品の複雑な情報の中からでも重要な菌と成分を絞り込むことができる。
  • 優勢菌種であっても好ましくない特徴に寄与してしまう場合があり、すんきにおいてはL. fermentumの占有率が試料pHと正の相関を示す。他菌種と組み合わせた複合発酵スターターの利用などにより、到達pHと酸度を適切に制御できると考えられる。
  • 本研究で検出された乳酸菌は野菜類の無塩発酵スターターとして適用可能性を有し、すんきに限らず、他の野菜の新規無塩漬物、野菜ジュース、野菜スープ、ドレッシングなど、乳酸発酵食品・乳酸菌飲料・発酵調味料への活用が考えられる。

具体的データ

表1  メタゲノム解析により29試料のすんきから検出された乳酸菌,図1 L. fermentumの占有率と試料pH、乳酸(LA)、酢酸(AA)信号強度との相関性,図2 すんきの各菌叢タイプが示す構成菌種とその平均占有率の違い,図3  菌叢タイプにより信号強度に差異の見られる成分

その他

  • 予算区分:交付金、競争的資金(科研費)
  • 研究期間:2016~2019年度
  • 研究担当者:冨田理、渡辺純、中村敏英、遠藤明仁(東農大)、岡田早苗(木曽町)、高崎健大(木曽町)
  • 発表論文等: