発酵食品に適用できる食中毒菌の損傷度測定法

要約

食品、特に発酵食品への混入時における食中毒菌の損傷度評価は、食品残渣および共存微生物の影響を受けるため難しい。本損傷度測定法は、損傷菌の増殖遅延時間を定量PCRにより算出し、これを指標とすることにより、発酵食品に混入した場合の食中毒菌の損傷度を段階的に評価できる。

  • 担当:食品研究部門・食品安全研究領域・食品衛生ユニット
  • 代表連絡先:電話 029-838-8014
  • 分類:研究成果情報

背景・ねらい

食品やその原材料、製造現場に生息する微生物は、加工や殺菌処理時のストレスによって損傷を受ける。細胞損傷の程度が甚大な場合は死滅するが、それより軽微な場合は、処理中に生死が定まらない状態に留まる。この状態にある微生物を損傷菌と呼ぶ。損傷菌は回復条件が整った際に増殖可能となることから、食品の安全性を脅かす因子として考えられている。損傷菌の評価には、培養法を用いた2重平板法をはじめ、複数の手法が考案されているが、特に発酵食品への混入時においては食品残渣や共存微生物の影響を受けるため、既存評価法の適用は困難である。本研究では、過年度までに開発した食中毒菌の遺伝子迅速検査技術を基に、(1)食品残渣および共存微生物の影響を抑えながら食中毒菌の定量を行う技術、(2)損傷菌の回復培養時の増殖曲線を取得する技術、を組み合わせることにより、発酵食品に混入した場合にも適用可能な損傷度測定法を開発する。

成果の内容・特徴

  • ストレスを受けることで損傷した菌は、条件の整った環境(回復培地等)に接種すると遅れて増殖する。損傷菌の回復過程の増殖曲線を取得した結果から、増殖遅延時間を計測し、損傷度を評価する(図1)。
  • 高食塩濃度環境下では有害微生物は徐々に死滅するが、損傷状態となった菌は従来の寒天平板法による菌数計測法では検出されず、偽陰性と判断されることがある。本研究で開発した損傷菌評価法では、高食塩濃度TSB培地に混入させた大腸菌O157:H7について、保存時間に伴って増殖遅延時間が徐々に延長する過程が認められ、最終的に死滅(回復培養不能の状態)に至るまでの様子を観察できる(図2)。
  • 発酵食品には乳酸菌、酵母等の共存微生物が多量に存在する。故に、これらの食品から食中毒菌を検出する場合は、共存微生物の発育抑制を目的とした選択剤を使用する必要がある。しかし、損傷菌は選択剤により発育に影響を受けるため、発酵食品中に混入している損傷菌を選択的に検出することは困難である。一方、本法は定量PCRを原理とするため、食中毒菌のみを特異的に定量することができることから、発酵食品に混入した食中毒菌についても、選択剤を含まない回復培養条件下で損傷度を評価できる(図3)。本法は、食経験上安全とされている伝統的な発酵食品についても、科学的に微生物学的安全性の根拠を示すことができる。

成果の活用面・留意点

  • 本研究で用いる損傷度測定法は、PCR法を基本とする。したがって、供試食材中の成分等が核酸抽出やPCR反応に与える影響を事前に確認する必要がある。
  • これまでに、加熱処理、高食塩濃度ストレス、pHストレスによる増殖遅延現象の知見が取得されており、さまざまなストレスに対して活用が考えられる。
  • 食中毒菌の特異的遺伝子検出に用いるプライマーの設計次第で、幅広い菌種に対して適用できる可能性がある(2019年12月現在、大腸菌O157:H7、サルモネラ、リステリアの3菌種で適用性を確認)。

具体的データ

図1 定量PCRを用いた増殖遅延観察による損傷菌評価法,図2 15%食塩濃度TSB培地に混入させた
大腸菌O157:H7の増殖遅延時間の変動
,図3 味噌中に混入させた大腸菌O157:H7の増殖遅延時間の変動

その他

  • 予算区分:交付金、委託プロ(損傷菌プロ)
  • 研究期間:2016~2019年度
  • 研究担当者:細谷幸恵、川﨑晋、稲津康弘、小関成樹(北大農学部)
  • 発表論文等:
    • Kawasaki S. et al. (2018) LWT. 90:499-504
    • Hosotani Y. et al.(2018)LWT. 96:426-431